第32話 ロッキーロード伯爵家の問題? ミッキーは俺が救ってやる!
「ん? 君たちはミッキーの知り合いかい?」
そう言いながら、日焼けしたガタイのいい茶金髪のダンディなおじさんが現れた。
この人も半袖にジーパンみたいな格好、恐らく農作業の姿だ。
「多分、私に会いに来たんだと思う、スタードから。いい? お父さん」
お父さん? ってことがこの人がロッキーロード伯爵か。
俺はすかさず伯爵の前に進み出て、地面に手をついた。
「ロッキーロード伯爵、お願いがあります! 娘さん、ミッキーさんを、スタードに戻してあげてください!」
俺は土下座のような形で地面に頭をこすりつけながら言った。
2人は顔を合わせて黙っている。
顔を上げると、ロッキーロード伯爵は大笑いした。
「はっはっは! 初対面の貴族にそんなことを言えるなんて面白いね君は。スタードでミッキーの友達だったのかい?」
「はい。俺はラックって言います。ミッキーさんにはスタードでとてもお世話になりました。ミッキーさんは、スタードに必要な人なんです。俺にとっても、みんなにとっても。お願いします、伯爵!」
俺は、思い切って伯爵に言ってみた。
伯爵はふむふむ、やはりと言わんばかりの顔をしている。
「君がラック君か、なるほど確かにユニークだ。ミッキーから聞いていた通りだな」
伯爵はあごに手をやりながら感心したようにこっちを見ている。
てかちょっと待て。
ミッキーが伯爵に俺のこと話してるってこと? うれしいけど、なんでだろ。
にしてもこのおじさん、いや伯爵マジでイケメンだな。見た目40代になったかどうかって感じだけど、若い頃はそれはモテただろうな。
「うーん、まず、その伯爵っていうのやめてほしいな。僕は確かに伯爵家の長ではあるが、皆にはなるべくリッキーと呼んでもらっているんだ。そもそも、この土地と伯爵号は僕の祖父であるロッキーが王主催の拳闘大会で優勝した褒美としてもらったものなんだ。ほら、家の上に銅像があるだろう? あれが祖父のロッキーだ」
あのボクサーの銅像って、ロッキーロード家の始祖ってことか。なんか、どっかのボクサー映画と同じような話だな。
「昔はここ一帯は何もないところでね。それを祖父のロッキーと親父のレッキーが切り開いて今の田んぼや畑があるんだ。だから、僕はそのおこぼれに預かっているただの農家のおやじだよ。貴族なんて名ばかりなんだ」
なんか、すごい謙虚な貴族だな。でも、こんな貴族はほんとに好感度が高いだろうな。領民がああやって慕ってたのも納得だわ。
「えっと、じゃあ、リッキーさん、でいいんですか」
「ああいいとも。それで、ミッキーの件だが」
すると、ニコニコ顔だった伯爵、いやリッキーさんの表情が、少し固くなった。
「それは難しい相談だな。できない、と言っていいだろう」
「なぜですか」
すかさず俺は食いつく。
リッキーさんは言葉を選んでいるようだ。
「うーん、まずミッキーは自分の意思でここに帰ってきた。それは分かるね? そして、我が家は今少し困ったことになっている。それをどうしても解決しなくちゃならない。でも、それは君たちにどうにかなることじゃないからだよ。だから、ミッキーは帰れない」
ん? ミッキーが自分で帰ったのは知ってるけど、困ったこと?
「困ったことって、何かあるんですか?」
「お父さん!」
ミッキーが、話を止めるようにリッキーさんに声をかける。
その時、家の中から女の人が出てきた。
リッキーさんと同じくらいか少し下のように見えるけど、薄金髪の短い髪に穏やかな表情。
腕の中にはまだ生まれてあまりたっていないだろう赤ちゃんの顔が見える。
とにかく美人なお母さんだ。そして、ミッキーによく似ている。
間違いなく、ミッキーのお母さんだろう。
「あらあら、遠くからミッキーのお友達? 上がっていったらどう? 農繁期で、お茶くらいしかないけど」
ミッキーはお母さん(と今は呼ぶしかないよな)の方を向いた。
「お母さん。ちょっと、出てきてもいいかな」
「いいわよ」
お母さんがミッキーと俺の顔を交互に見ながらふふっと微笑みそう言うと、ミッキーは俺の方を向いた。
「ラック、話たいことがあるから一緒に来て。マジョ達は、遠慮せずに家に入ってね」
何か、訳がありそうだな。
「分かった。行こう」
「フフッ。私たちは一旦待っておこうかねぇ。どうも、マジョリティ公爵家長女マジョです。お世話になります」
マジョはこういう時、本当にわきまえているよな。自分が出るべきかどうかっていうタイミングを。
「ええ! マジョリティ公爵家の? まあ。どうぞ、入ってください。お二人も、さあどうぞ」
お母さんは驚きの顔でマジョ達を家に迎え入れた。
「それじゃあ、マウスちゃん後は頼んだよ」
「任せたからね、ラック」
マジョとプリンがそう言いながら入っていった。パワーは食べ物がほしくて仕方がなさそうだ。
「じゃ、行こっか。おすすめの場所、あるんだよね」
2人になったミッキーは少しうれしそうだ。俺はミッキーについて行くことにした。
しばらく歩き、丘を登っていったところにそれはあった。
日本で言う東屋? みたいな、ちょっと眺めが良くて休憩できる場所だ。
「ここ、私のお気に入りの場所なんだよね。子供のころ、毎日のように登ってたな。ここからだとロッキーロード家の領地が全部見えるからね。ほとんど農地なんだけど、季節によって見え方が変わるから。今は冬になる前で、紅葉がきれいだから一番おすすめかな」
俺は黙ってミッキーの話を聞いている。
本当はたくさん聞きたいことがある。
なぜ、ミッキーは伯爵家の娘なのに家を出てスタードにいたのか。
なぜ、スタードを突然何も言わず去って行ったのか。
そして、ロッキーロード伯爵家の抱える「問題」とは何なのか。
でも、俺は待つことにした。
ミッキーが俺を1人だけ呼んだってことは、話してくれるってことだからだ。
俺はじっと、次の言葉を待った。
「……私ね、昔この家を飛び出したんだ」
ずいぶんたった後、思いをミッキーは絞り出すように話し始めた。
「どうして? リッキーさんも、お母さんも、すごくいい人そうなのに」
「うん。さっき、母さんが弟のラッキーを抱いていたでしょ。でも、当時の私はずっと1人っ子で、いずれはロッキーロード家を継ぐ必要がある、って考えてきた。幼い頃から、両親にそう言われてきたの」
「そうだったんだ」
「うん。それで、私が16歳の誕生日を迎えたときに、父さんがうちに養子を迎えるって言い出して。それに私、ものすごく反発したの」
「養子、ってことは」
「つまり、私の結婚相手ってことね。私は16歳で、農作業よりも冒険に興味があったし、当時の私は家に縛られるのも、恋もしたことないのに知らない人と結婚するのも嫌でたまらなかった。相手はヴェネッツの貴族で、お父さんの知り合いの息子だけど、会ったことはないよ」
マジか。
「そうか。そりゃ嫌だよな」
「うん。だから、夜中に家出したんだよね。お母さんだけは私の気持ちを分かってくれてて、こっそりお金をくれたんだ。それで、私は馬車に乗ってスタードに行ったの」
「そういう流れでスタードに来たんだな」
「そう。ほんと、スタードでの日々は楽しかったな。色んなパーティーにお世話になって、危険なこともあったけど、冒険者って楽しいなって。で、私みたいに困ってた冒険者が多かったから、冒険者同士が助け合えるようにキャラバンを作ったんだ」
だから、ミッキーはあれだけ、人のために頑張ってたんだな。
「俺も、それに助けられた1人だよ」
「ラックは、私が最初に荷物持ちとしてクロのパーティ―に派遣したの、怒ってる?」
俺は首を横に振る。
「怒ってなんかないよ。あの時俺がこの世界で生きるためには、それしかなかったって今なら分かるから」
「そっか。私、スタードで楽しい時間を過ごさせてもらってたけど、いつかは冒険者やめないといけないって思ってたんだ。いつまでもわがままが通るわけじゃない。もう子供じゃないんだし、いつかは帰らなきゃって」
貴族だから、それはあるんだろうな。
「それで、帰ったの?」
俺たちに理由を言わずに帰ったことについては、今更何も言うつもりはなかった。
「ううん。お父さんから手紙が来たの。お父さん、私がスタードにいるのずっと知ってたみたい。でも、私を無理にロッキーロード家に帰そうとはしなかった。ただ、手紙の内容を見て、帰らなきゃ、って思って、帰ることを決めたんだ」
手紙の内容、か。気になるな。
「そうか。いいお父さんだね。それで、手紙の内容って?」
一転、ミッキーがとても辛そうな顔を見せる。
そんなに、言いづらいことなのか。
俺は、どんなことでも受け止める覚悟だ。その覚悟が何を意味するのか、今は考えないけど。 」
「言ってほしい。俺たち、いや俺にできることなら何でもしたいんだ。リッキーさんは俺たちにできることはないって言ってたけど、俺の運があればどんな奇跡だって起こしてみせる。だから、話してくれないか」
俺はもしかしら、できもしない大言壮語を吐いたのかもしれない。
でも、言わずにはいられなかった。
ミッキーはずっと黙っていた。
どれくらい時間が経っただろう。俺は、じっとミッキーの言葉を待っている。
昼過ぎに頭の上あたりにいた太陽も、ずいぶん西に傾いてきた。
風が頬を振れるように舞っていった時、ミッキーは再び話し始めた。
「……お父さんからの手紙には、助けてほしいって、それだけ書いてあったんだ。でも、それだけでただ事じゃないって分かったよ。だって、伯爵家の長が何の力もない家出娘に助けてほしいなんて普通言わないでしょ。だから、絶対帰らなきゃって思って。そして、帰ったらもう2度とスタードには戻れないって」
「そんなことないだろ」
ミッキーは強く首を振る。
「そんなことあるんだよ。こっちに帰ったらやっぱり、もうスタードには帰れないなって分かった。だから、誰にも言わずにスタードを出たんだよ」
「気持ちはよく分かる。でも、何で俺に言ってくれなかったんだ。どうにかなったかも知れないじゃないか」
「うちの家が今抱えてる5億イェンの借金が、ラックの力でどうにかなるの?」
「5億イェン? は?」
どう見ても、農業も領地経営もうまくいってそうなロッキーロード伯爵家が、5億の借金だって?
嘘だろ。
それに、5億なんて、確かに俺1人でどうにかなる額じゃない。
「そうなるよね。だから、誰にも相談しなかったんだ。借金の理由についてはお父さんに聞いてほしいけど、私が今この家のためにできるのは、この借金をなくすために、借金相手の貴族に嫁ぐことだけなの」
俺は耳を疑った。
ミッキーが、借金の代わりに相手の貴族と結婚?
「え? ミッキーが嫁ぐってそれ、いいのかよ。無理矢理結婚させられるの嫌じゃなかったのか?」
ミッキーは首を振る。全てを受け入れた、穏やかな表情だ。
「違うよ。今度は私から受け入れたの。お父さんお母さんが困ってた。このままじゃ、伯爵領の大半の土地を手放すことになるって。でも、領民もお父さんやお母さんを慕っているし、今のみんなの幸せな日常を壊したくなかった。その時、相手から縁談の誘いがあったの。私が嫁げば、借金をなくしてくれるって。今まで親に迷惑ばかりかけてた私が、やっと役に立てるんだよ。喜んでお嫁に行くよ」
あのミッキーがここまで言うんだ。もう、受け入れてるんだろう。
でも、俺はミッキーをスタードに絶対に連れて帰るってスタードのみんなに約束したんだ。
それに、これが本当にミッキーの本心なのか?
俺は、どうしても納得できなかった
「ミッキー、それは本当に本心なのか? 俺には本当のことを言ってくれよ。俺は、ミッキーを連れて帰るためにここまで来たんだ。ミッキーの本当の気持ちを聞くまで、俺は帰れないよ」
それまで諦めたような微笑みをたたえていたミッキーの表情が崩れてきた。
「本心、だよ」
その声を聞いて、違う、と俺は確信した。
「違う。ミッキーが本心でその相手と結婚したいと思ってるなんて、俺には思えない。頼む、頼むから、今だけ、俺にだけ本心を言ってくれよ。俺が、俺が何とかするから」
ミッキーらしくない作った笑顔は完全に崩れ、宝石のような金色の両目からは涙があふれ出ていた。
そうして、一歩二歩と俺に近づき、ミッキーは俺に抱きついてきた。
「結婚なんか、ほんとはしたくないよ!! 本当は、スタードのみんなと、ラック達と一緒にいたいよ!! でも、どうすることもできないんだよ。私が、私が犠牲になればみんなが助かるの!」
ミッキーは俺の背中に両手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
俺も、ぎゅっと抱き返す。
「任せてくれ。俺の運はこのためにあったんだ。絶対に、何とかしてやる!」
そのまま10分以上、ミッキーと俺は抱き合っていた。
晩秋の風が、2人を包むように吹き抜けていった。
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