第2話 第三王子の公務
「セシル様……失礼を承知でお尋ねしますが、なぜ、私と一緒にお食事を?」
この部屋に響いたその声には、明らかに動揺とか困惑が混じっていた。
シュエラは背筋を伸ばし、ナイフとフォークを持ったまま、まっすぐ僕を見つめている。
「今までのメイドとは、そのようなこと……なさらなかったと伺っておりますが」
やっぱり、ちゃんと調べてあるんだな。
普段の行動だけじゃない。
僕がどんな人間なのか、きっと仕える前から情報を集めてたんだろう。
「うん。たしかに、今まではしなかった」
ここは、上手く答えないと。
「だけど自分に仕えてくれるメイドのことを知るのも悪くない、そう思っただけ。まぁ気まぐれってやつだ」
シュエラのまっすぐな視線に、僕の心拍は高速に跳ねる。
「それに、目……」
彼女は一度視線を落とし、再びあげた。
「合わせてもお叱りにならないのですね」
一つ一つの質問は、メイドが主人の機嫌を伺っているような内容。
だけどシュエラの意図はきっと違う。
やはり今回のループも、彼女は僕を見定めているんだ。
殺すべきか否かを。
「そんなことをしても、意味ないって分かったから。本当の信頼は得られないって」
僕は咄嗟にそう答えた。
「……聡明な方にお仕えできて、私シュエラは光栄でございます」
彼女はそう言って食事を再開した。
なんだろう。
ただその場しのぎの回答だったはず。
信頼とか言ってれば、きっとそれなりの言葉になると思って口から吐き出したに過ぎない。
なのにどうして胸が痛いんだ?
まるで自らの過ちを厳しく指摘されたような。
「過ち、か……」
「セシル様?」
思わず口から漏れてしまった言葉に、シュエラは小首を傾げて問いかけてくる。
「いや、なんでもない」
上に立つ者に必要なのは、支配力。
従わせ、恐れられ、頼られる者こそがこのディアゴルド家の当主に相応しい器だと、幼少の頃から教え込まれてきた。
これが過ち?
そんなわけがあるか。
改めて自分の思想が正しいと確信を得たのち、僕は残りの食事を平らげていった。
* * *
食事を終え、ひと息ついたところで、
「ではセシル様、今日のご予定ですが――」
シュエラが説明をし始めた。
「馬車はあらかじめ用意しております」
と、新人の割に準備は万端なようで。
だけど僕はもう驚かない。
言わずもがな、これも十回目だからだ。
それからすぐ外へ出て、僕は馬車に乗る。
そして城から少し離れた郊外へと向かってゆっくりと走り出した。
馬車の窓から差し込む光が、座席を柔らかく照らしている。
「……あのさ」
隣で姿勢を正すシュエラに呼びかけると、彼女は少しだけ顔を向けた。
「セシル様、どうかされましたか?」
「君は、どこの家の出なんだ?」
できるだけ自然に聞いた。
少しでもシュエラのことを知りたい。
どこまで正直に答えてくれるか分からないが、僕、もしくはディアゴルド家を憎む理由がそこに隠れているかもしれないから。
これはそのための情報収集だ。
「セシル様に語れるようなことは何も……」
「なんでもいいから、君のことを教えろ」
そう言うと、彼女は目を大きく見開く。
僕がここまで食い気味になるとは思いもしなかったんだろう。
僕自身もそうだ。
つい焦りが出てしまった。
「そうですね。大した話ではありませんが……」
とシュエラは視線を落とし、口を開く。
「私は辺境の農村生まれです。エルネス高地、という地をご存知ですか?」
「あーいや」
「無理もありません。ディアゴルド家が統治しているこのフロイデン地方の端に存在しているのですから。私はその土地の農村に住んでおりました」
当然僕のような未熟な三男に、父は領地の管理なんてものは任せない。
だから知らなくても仕方ないかもしれないけど、まさか耳にすらしたことのないとはな。
「そうか。それでそのエルネス高地から、なぜこのフロイデン中央都市まで?」
「ある年、異常気象による大寒波が村を襲いました。作物は枯れ、皆が飢えに苦しみました。――その時、ディアゴルド家の騎士団が救援に来てくださったのです」
一つ、疑問が浮かんだ。
果たして、本当に今のディアゴルド家が、辺境の農村ひとつを助けるだろうか?
この地方を領土に持つディアゴルド公爵家、そして現当主の父が、辺境の地へわざわざ騎士団を派遣するとは思えない。
「私はその縁で、この地へと移り住み……今こうして、セシル様に仕えているのです」
だが彼女は感謝を口にし、 和やかな微笑みを浮かべている。
違和感は少し残るが、今の僕にこの真実を辿る術はこれ以上ない、か。
「……大変だったんだな」
わずかな同情と偽善を含んだ一言に、
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
彼女は淡く微笑んだ。
まぁなんにせよ、十度目のループでようやくシュエラのことを少しだけ知れた。
この情報は、必ず活かせる。
彼女の過去に、ループの鍵が隠されているかもしれない。
あとで資料室にでも行ってみるか。
それからしばらく進み、
馬車が止まって扉が開く。
「――到着いたしました、セシル様」
御者の言葉に、俺は軽くうなずいて外へと降り立つ。
ここはフロイデン中央都市の行政本庁。
この地方一の規模の事務処理が行われている
「……シュエラ、いくぞ」
「はい」
彼女は僕のすぐ後ろをついて歩く。
にしてもすごい視線の数だな。
まぁそれも当然のこと。
齢十二の少年が、貴族として公務をこなそうとしているのだから。
しかも今回の仕事は視察を兼ねた民の陳情対応。
つまり集められた国民の声に耳を傾け、是非の判断をしなくちゃいけない。
一度父さんがやっているところを見たからといって、いきなり三男に任せるとは、本当に無謀極まりないと思う。
事務所の扉を開けると、職員たちが一斉に立ち上がった。
「セ、セシル様!」
「本日はお越しいただき、誠に……!」
動揺と敬意が入り混じった挨拶を受けながら、僕は淡々と応じていく。
やはり民は僕のことを恐れてるな。
まぁいつものことだけど。
「案内を頼む。予定通り、まずは資料を見せてくれないか?」
「は、はいっ!」
提出書類の不備、予算配分の見直し、民からの苦情、様々な資料の山に目を通していく。
もう正直、見なくても覚えているが。
「……この項目は、予算が重複している。こちらを削れば帳尻は合う、余った分の予算は別の行政区に回してやってくれ」
「な、なるほど……!」
職員の一人が息を呑む。
だが、それも当然だ。僕はもう、この場に十回立っているのだから。
そして、民の陳情用紙を手に持つ職員。
「セシル様、先日水道の件でご相談させていただいたと思うのですが――」
「覚えている。現場確認と予算の手配は済んでいる。来月中には改修が入るはずだ。進捗が遅れているようなら、報告を回せ」
「……っ、あ、ありがとうございますっ!」
民の目が見開かれる。
その驚きは、周囲へ波紋のように広がった。
「あれが、王家の第三王子だって?」
「まさか、あの年齢でここまで……」
「ディアゴルドの第一王子でも、これほどスムーズにはいかなかったはずなのに」
そんな声が遠巻きに聞こえてくる。
それこそループ前は、この書類の山を見ても何が何だか分からなかった。
その後父に指導を受けるも、完全な理解には及ばなかった。
だけどループをする度にその理解は深まり、そして十回目の今、それはカタチとなって僕の前に現れている。
民から集まる憧憬の眼差し。
そして、
「セシル様」
振り返るとシュエラ。
彼女もまた、そのうちの一人だ。
「お見事でした」
ループの中で何度も聞いたその言葉。
メイドである以上、主人を褒めるなんてのは当たり前のことだからだ。
「……だけど血は変えられない」
その後に何か呟いていたようだけど、僕にその言葉は届かなかった。
しかしシュエラは、どのループの頃よりも穏やかな笑顔で微笑んでいる。
大丈夫だ、問題は無い。
これは間違いなく良い変化。
僕は少しずつ彼女の心を掌握しているんだ。
いいぞ、このまま死を回避してやる。
今度こそループを抜け出すぞ。
「よし、他の書類も見せてみろ」
「しょ、承知致しました……っ!」
そしてフロイデンの民共、優しくしてやってるのも今だけのことだ。
いずれは恐怖で支配してやる。
覚えておけよ。
僕はそんな謀略を抱きながら、続きの書類に目を通していくのだった。
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