第三話『ケータイとステータス』
その場所に集まる人間は、ヌルが村で見たことないほどの異様な雰囲気を持っていた。
殺気だっているというか……ピリピリしているというか。
少なくとも、あまり穏やかな雰囲気とは言い難かった。
たった一人の
「はい、このバッジが冒険者認定試験の参加者である証です。絶対に無くさないでくださいね」
その言葉と共に受付で軽く書類にサインしてから、渡されたバッジをさっそく身につける。
ヌルはメアリーを探すついでに、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回していた。
「ねね。キミ、もしかして認定試験初参加じゃない?」
そう聞かれて、ヌルはやけに甘ったるい香りの香水を使っているその女のほうを見た。
Yシャツにチェックのスカート、右側の方が全体的に髪が長い左右非対称の髪型という出で立ちは、どちらかと言えばカレッジ生のようで、とても冒険者志望のようには見えない。
「そうだけど、キミは?」
「やっぱり! アタシはカスミ、ほら今度はそっちが自己紹介する番だよ?」
「俺はヌル・ノヴェリ! よろしくなカスミ!」
「オッケー、よろしくねヌルっち!」
ヌルっちとはなんぞや? という疑問がヌルの脳裏を過ったが、わざわざ聞くことでもないので、深堀りはしないでおくことにする。
「もし良かったら、アタシがこの試験について少し教えたげよっか? アタシ、今回で試験三回目なんだ♪」
「いいのか⁉︎ カスミは本当にいい奴だな!」
だが当のカスミは少し気まずそうだった。
「そんな褒められたことじゃないって……答えられる範囲ならほらなんでも答えるから、じゃんじゃん聞いて!」
だがそう言い終わる頃には、また笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、カスミの他にも何回も試験に参加してる奴っているのか?」
ヌルがそう聞くと、カスミはいるよと軽く言った。
「例えばあの人。あそこにいるお兄さんは前回第四次試験まで行くほどの実力者だから、戦わないほうがいいよ」
カスミが指差した先では、頭の両側を三つ編みにした黒い外套に身を包んだ鎌使いの男が柵の上に座っている。
「後は……アッチの鎧の人。前回は第二次試験で落ちてたけど、戦闘力だけなら凄く高い」
カスミが今度指差した方には、二メートル近い大きさの首のない鎧が自立していた。
「鎧が参加者なのか?」
今までの人生で、ヌルは
それもそのはずで、魔物と戦闘しながら採掘する必要があるために、鉄といった鉱物資源は大変貴重なのだ。
周りの人間が持っている機械が脳内チップとケータイしかないのには、そういう背景がある。
もちろん剣や槍といった武器も貴重だが、それらはしっかり手入れすれば何度も使いまわせるため、冒険者にとっては十分コスパがいいのだ。
「違う違う。アイツは、ああいう種族なの」
カスミがそう答えた直後、その首なし鎧が身を捩るように動いた。
「スゲー! 首がないのに動いた⁉︎」
「デュラハンは首のない魔族なんだよ。パワーとタフさが凄いから、絶対に正面から戦わない方がいいよ」
そして次にカスミが指差したのは冒険者というよりは、盗賊のようなガラの悪い三人組だった。
「あそこにるアグロ、ライカ、ネロロってやつらはアタシよりも前から認定試験を受け続けてて、初心者狩りで有名な人だから気をつけた方がいいよ」
「初心者狩りか、それは怖いな」
メアリーは大丈夫だろうか? なんて考えてしまうが、自分なりの見立てではメアリーはヌルの三倍は強い。
というか……恐らくは目の前にいるカスミやあの鎌使い、盗賊みたいな三人組よりも全然強い。
むしろ疑問に思うべくは、ここまでカスミの紹介した人間よりもヌルの母親の方が強いということだ。
メアリーが二人いれば、ようやくヌルの母親に勝てるレベルになる。
というのもヌルは生まれてこの方、お袋との『遊び』に何一つ勝ったことがない。
頭を使うようなゲームは当然として、鬼ごっこのような身体を使うような遊びもだ。
それはつまり、三日三晩も飲まず食わずで放浪できるヌルが一切の身体能力で勝てない相手ということになる。
ステータスゼロの人間が何を言うのかという話だが、逆に他人のステータスを見たことないからこそ、観察と考察で相手の力量を図る練習を普段からしていたのだ。
なんてことをカスミに話しても仕方ないので、そのカスミが躊躇うようにしながら最後に指した方を向く。
だがそこに立っていたのは、今までで一番冒険者っぽくない人間だった。
それもそのはずで、剣の一つも装備していない赤いドレスを着た長身の女だったからだ。
「あの人は前回の最終試験まで残ってたらしいんだけど……最後の最後で試験官を殺して不合格になったんだって」
「えっ⁉︎ なんで⁉︎」
そんな奴が今年も試験を受けれるのか? という質問よりも先に飛び出したのは、どうして試験官を殺したのかという単純な質問であった。
試験官がどのレベルかは分からないが、
何故なら、あの女は単純な戦闘力だけならばたぶんお袋よりも上だ。
立振る舞いからして、他の参加者とはまずレベルが違う。
「詳しいことはアタシも知らないけど、噂では試験官の顔が好みだったからって聞いてる……」
「そんな理由で? でもスゲーな、アイツ試験管よりも強かったんだろ?」
試験官は毎年Bランク以上の冒険者からランダムに5人選ばれるそうなのだが、このBランク以上の冒険者というのは全国でも百人未満しかいない。
それもそのはずだ。
Bランク以上の冒険者の条件は、どんな依頼であろうと六〇~七〇%の成功率を誇るプロ中のプロなのだ。
「え? まぁ、そりゃそうだけど……」
冷静なヌルに対して、カスミは困惑したような顔をした。
「……そうだ! 良かったら一緒に一枚記念写真でも撮ってみない?」
「いいのか⁉」
折角だから記念写真くらい撮っておきたいが、一人だとどうもやり方が分からなかったのだ。
「俺、写真の撮り方とか分からないから代わりに撮ってくれないか?」
「オッケー、じゃあちょっとケータイ借りるね」
そう言ってケータイを手渡そうとした瞬間、横からとんでもなく大きな聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ダメェェェッ!」
あまりの声の大きさに軽く飛び上がりながら、ヌルが声の主を方を向くと、メアリーがゼェゼェと息を切らしながら立っていた。
「冒険者が人に名前を名乗ったり、ケータイを渡したりするのは駄目なんだよヌルくん……!」
相当焦っているのか、ホッカイ=ドーのドートー方面から来たと言っていたメアリーの息が上がっている。
「ヌルっち、あんな可愛い彼女いたんだね」
「か、彼女⁉」
悪いことを考えてそうな顔をするカスミとは対照的に、メアリーは頬を真っ赤に染めて固まってしまう。
いくらメアリーが優しいといっても、勘違いされたままじゃきっと迷惑だろうと思ってヌルは慌てて否定した。
「まさか! さっき行き倒れてたところを助けてもらっただけの親切な人だよ!」
「そ? まっそういう人はここだと貴重だから、ちゃんと大切にしてあげなよ~?」
「だろうな! 俺は生まれてこの方、メアリーよりも優しい人間に出会ったことがない!」
当然のことを当然のように言ったつもりだったのだが、カスミはそれがおかしかったのか、クスクスと笑いながら二人から離れていく。
「認定試験受かると良いね、応援ぐらいならしといたげるからさ」
そう言って手をひらひらと振りながら人ごみに紛れてしまうが、安心したようにメアリーはため息をついた。
「よかった、ケータイだけでも取られずにすんだ……」
「ケータイが無くなると、何か困るのか?」
当然の疑問だと思っていたヌルだが、どうやらそれは世間一般ではありえないことだったらしく、メアリーが信じられないといった様子で目を見開いた。
「とっても困るよ! あのね? ケータイは身分証明証も兼ねてるの。それがないと人のステータスも見れないし、再発行もしてもらえないって……知らないの?」
「知ってたらケータイを人に預けたりしないよ……」
そうだよねと、残念そうに言うと一度大きく深呼吸してからメアリーは話を続ける。
「それと人に簡単に名前を教えるのもよくないの。名前が分かれば、ケータイでステータスを調べることができるんだよ?」
「人にステータスを読まれると、なにか困るのか?」
「もちろん! ステータス欄には本人の能力意外にも持ち物や所持金まで記載されるから、冒険者は特にステータスがバレると戦い方までバレちゃうんだよ」
そう言いながら、メアリーは実演すべくケータイでヌル・ノヴェリという名前を調べてみる。
だがそのステータス欄を見て、メアリーは難しい顔をした。
「え……バグかな、ステータスが全部ゼロなんておかしいよね?」
ケータイの画面にはヌルにとっては見慣れた、ステータスも思考性もゼロで、ついでに装備はなし、残金もゼロの貧弱を通り越した虚無で埋め尽くされたステータス欄が映っている。
「そういや言ってなかったな――俺は生まれつき、全てのステータスがゼロなんだ」
「え、えぇぇぇぇぇッ⁉」
そんなバカなとでも言うようなメアリーの声が、天高く響きわたる。
この時になって、ヌルはステータスが全てゼロというのが村の外の住人にとっては驚くべきことなのだということにようやく気が付いた。
to be continued
おまけ
名前:ヌル・ノヴェリ
二つ名:無能
性別:男
種族:人間
所属:一般人
等級:なし
ステータス
筋力:0
体力:0
敏捷力:0
精神力0
知力:0
教養:0
スキル:なし
装備:なし(ひのきの棒、シャツ、ジーンズ、バックパック)
所持金:0G
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