ロスト・キングダム

 戻ってきた三人の内、女が彼らに向かって何かを投げると、そこから大量の濃い煙が広がっていく。



「気を付けろ! 煙幕だ!」

 仲間に警告する男だったが、その直後、彼の横からゴンッと鈍い音が鳴った。先ほど目を負傷した仲間の一人が、派手に吹き飛んだ音だ。


 そして続けざまに、ビシャッと、彼に温かい液体がかかった。もう一人の仲間の身に何が起きたのかを理解すると、彼は戦慄した。

「な、なんて奴らだ……!」


 つい先ほどまで、こちらも相手を殺すつもりで追ってはいた。しかし、相手の反撃には一切の容赦がない。それには狂気を感じるほどだ。



「ゲホッ、ゲホッ……!」

 動揺した男は煙を大きく吸い込んでしまい、強く咽る。


 やがて強風によって煙が晴れていくと、彼の前には、革ジャンを着た男が立っていた。


「さて、残るはお前だけだぜ」

 見た目は、男よりも明らかに年下の若者。年齢は20代前半といったところ。分厚い革ジャンとシルバーアクセサリーを身を纏っている。


 彼は前髪を分けるも、風ですぐに崩れる。その一番長い部分は鼻のあたりまではあるだろう。横髪は頬を覆い隠すほど長く、襟足に至っては確実に襟より下まで伸びている。

 就活の面接だったら絶対にアウトな髪型。ホストやバンドマンを連想させるようなロン毛。



 革ジャンの男と対峙しながら、男は左右で倒れる仲間の姿へ視線をやる。

 既に一人は頭から血を流しながら気を失い、もう一人は胴体を斬られ、血の海で倒れている深刻な状況。


 男は思う。安易に絡むんじゃあなかったと。

 相手は世間知らずの、今時の若い男女三人。舐めた態度を取って調子に乗っていたところを、わからせてやろうと絡んだのだ。

 それは、いつも自分たちが他者へやっている、の延長のつもりだった。

 しかし、それが間違いだった。相手を見誤ってしまったのだ。



「お前、一体何者なんだ……」

 男は一歩も動けなかった。自分の力には自信があるはずだった。

 それなのに、この男たちには勝てないと、まるで第六感が訴えているようだった。


「なんだお前。もう戦意喪失か? 情けねぇな」

「…………」


 革ジャンの男はタバコを咥え、火をつける。

「一応、お前のことは知ってるぜ? 街でやりたい放題やってたらしいな。一体、これまで何人殺した?」

「……5,6人てところだ。そうか……お前、復讐か……」


 革ジャンの男は煙を吐く。

「いや、全然。

 言っておくが、俺は別にお前らのやり方にどうこう言うつもりはねぇ。クズ野郎ではあるが、それを裁くのは俺らじゃあねぇしな。

 ところでお前、俺がなんでここまで逃げて来たかわかるか?」


「…………」

 この革ジャンの男たちに、最初から逃げる必要などなかった。どこで戦闘になっても、絶対に負けないという自信が感じられる。


 一度、強い風が吹く。

 革ジャンの仲間の男女も既に男を取り囲んでいた。逃げ場はもうない。


 革ジャンの男は続ける。

「ここなら、誰にも見られねぇからだ。

 まぁ、今回は相手が悪かったな。そういう活動をしていたら、俺みたいなのと当たることもあるんだぜ」


 そんな革ジャンの男を前に、彼はその場に崩れた。そして、震える声で訴える。

「……た、頼む。命だけは! もうこんなことはしないから!」

 自分のプライドをすべて捨て、生まれて初めての命乞いをした。

 目でわかるのだ。この革ジャンの男は一見冷静だが、自分たち以上にイカれているのだと。



「お前はその命乞いに、一度でも応えたことはあるのか? ねぇよな? あぁん?」

「ご、ごめんなさ――」


 一度、鈍い音が響いた。

 男の口からは数本の折れた歯が飛び出し、そのまま白目を剥いて倒れた。


「うわっ……」

 と、仲間の女は思わず目を逸らす。


 革ジャンの男は鉄の棒を地面に投げ捨てる。

「それからもう一つ、ここに来た理由がある……」


 革ジャンの男は、倒した男に背を向け、歩き出す。

「目的は当然、だからな」




――これは、過去と未来を紡ぐ物語である。

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