ブーメラン

ヤマ

ブーメラン

 今日も、ランクマッチに潜る。





 昔から人気で、シリーズが続いている対戦型格闘ゲーム。

 ランダムで繋がった相手は、初心者に近いランクだった。


「よろしくお願いします」


 ヘッドホンから聞こえる声。

 男とも女とも、若くも老いているようにも聞こえる、不思議な声。


「雑魚が。さっさと始めろ」


 俺の声をマイクが拾う。





 戦闘開始。


 相手の動きは鈍く、攻撃も単調だった。


「弱えな。死ね」


 ガードを崩し、鼻で笑う。


「何やってんだ? 脳みそ腐ってんのか」


 コンボを決めるたび、罵声が口を衝く。


「お前みたいなゴミ、二度とランクマ来んな」





 難なくポイントを重ね、あと数発当てれば決着。





 だが――



「……は?」





 急に、相手の動きが変わった。


 攻撃はすべて読まれ、カウンターを受ける。


 体力ゲージが、削られていく。


 一瞬で逆転され、ポイントを奪われた。


「くそが……、死ねよ」





 気付けば、マッチポイント。


 まったく攻撃が当たらない。


「ふざけんなっ……、くそっ……、死ね、死ね!」


 体力ゲージは半分を切った。


 口から、怨嗟が止まらない。


「死ね死ね死ねっ――」







 ヘッドホンから、ゲーム音以外の音が聞こえたのは、突然だった。











佐伯さえき正志まさし











「……え?」


「■■県■■市――」











 声が、淡々と言うのは。


 俺の、本名と住所だった。











 心臓が跳ね、呼吸が乱れる。


 迷わず切断し、ゲームを落とした。





 早鐘のような鼓動は、しばらく治まらなかった。









   ※









 パソコンを起動し、MMO――多人数同時参加型オンラインゲームを立ち上げる。


 あの対戦型ゲームは、あれ以来していない。


 ローディングが終わり、最近ではすっかり見慣れた画面が表示される。


 見知らぬユーザーから、フレンド依頼が届いていた。











《あなたにお返しします。》











 あのときのプレイヤーと、同じ名前だった。











 下の階――リビングから、物音がしていることに気付く。







 部屋を出て、階段を降りる。


 閉じたリビングのドアが見える。


 動悸が止まらない。


 家族がいるはずだ、と自分に言い聞かせ、開ける――







 息が詰まって、立ちすくむ。









 鉄の匂いが、鼻を刺す。









 目の前にあるのは、血の海と化した床に、転がる家族だった。









 動けない俺の耳に、声が届けられた。


 男とも女とも、若くも老いているようにも聞こえる声。









「あなたのせいではありません」









 ――









「見知らぬ他人に、暴言を吐く。あなたの人間性は、親や家族、育った環境に起因する。ですからこれは、『生産者責任』ってやつですね」



 感情の色を欠いた、不定形の声。



「ただ――」



 一拍置き、淡々と続く声。



「吐いた言葉は、そのままお返しします」



 首筋に、金属の冷たさと、細い圧力を感じて――











「死ね」

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ブーメラン ヤマ @ymhr0926

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