第2話 亀裂と疑念
【シーン6】 些細な違和感①:ゴミ捨て場の異変
(BGM:穏やかなピアノの旋律が、かすかに流れている)
(映像:佐藤さんのアパートでの追加取材日。快晴の朝)
神田 (ナレーション)
「佐藤さんと鈴木さんの心温まる交流は、我々の番組の希望の光となるはずだった。その日も、我々は二人の"理想の隣人関係"を記録するため、カメラを回していた」
(映像:アパートの廊下)
「それじゃあ、デイサービスに行ってきますね」とにこやかに言う佐藤さんを、代行員の鈴木さんが「はい、いってらっしゃいませ。お帰りの頃には、夕飯の準備をしておきますからね」と笑顔で見送る。心温まる光景だ。
鈴木さんは、佐藤さんが出かけて見えなくなると、佐藤さんの玄関前に出されていたゴミ袋を手に取る。そして、自分(隣室)のゴミ袋も持ち、アパートの階段を下りていく。
カメラマンの池田が、何気なくその姿を望遠レンズで追う。
(映像:アパートのゴミ捨て場)
鈴木さんはゴミ捨て場の集積場所にゴミを置く。しかし、彼女はすぐには立ち去らない。あたりを素早く、しかし注意深く見回し、誰もいないことを確認すると、ゴミ捨て場の影になった人目につかない場所へと移動する。
そして、おもむろに佐藤さんのゴミ袋の口を開ける。
池田 (カメラを回しながら、ひそひそ声で)
「……ん?」
(映像:望遠レンズ越しの映像)
鈴木さんは薄いゴム手袋をした手で、ゴミ袋の中から慣れた手つきで中身を取り出していく。
・高血圧の薬の空き袋。
・スーパーのレシート。
・食べ残しの総菜が入ったパック。
・破り捨てられた手紙の切れ端。
鈴木さんは、それらを一つ一つ、無表情でスマートフォンのカメラで撮影する。そして、何かを打ち込んでいる。その表情は、先ほどまでの温和な笑顔とは程遠い、冷たく事務的なものだ。
(映像:夜の編集室)
神田と池田が、モニターに映し出された昼間の映像を見ている。
池田
「神田さん、これ……どう思います? ちょっと気になって、ずっと回してたんですけど」
モニターには、鈴木さんがゴミを漁る映像がスローで再生されている。
神田 (腕を組み、少し考えてから)
「んー……まあ、佐藤さん、目が悪いし物忘れもするって言ってたろ。分別を間違えてないか、ちゃんと確認してくれてるんじゃないか? 薬のゴミを見て、飲み忘れがないかチェックしてるとか。本当に、どこまでも丁寧な人だよ、鈴木さんは」
池田
「……そうですかね」
池田は、神田の楽観的な言葉に釈然としない表情を浮かべ、もう一度、鈴木さんの冷たい目元のアップを再生する。
【シーン7】 些細な違和感②:行き過ぎた親切
(映像:田中家のリビング)
以前よりも整然と片付いているが、どこかモデルルームのような生活感のなさが漂う。高橋さんが、数種類の小学校のパンフレットをテーブルに広げている。
高橋 (にこやかに)
「奥さん、昨日の夜、旦那さんと息子さんの小学校のことでお話しされてましたでしょう?」
田中妻
「え……? あ、はい、少しだけですけど……」
妻の顔に、驚きの色が浮かぶ。
高橋
「やっぱり。それでね、評判のいい私立の〇〇小学校と、あと最近は教育に力を入れていて評価が上がっている学区内の△△小学校。こちらの資料、早速取り寄せておきましたよ。ご参考までにどうぞ」
田中妻
「ええっ!? まあ、ありがとうございます……! 助かりますけど……あの、どうして私たちがその話を……」
高橋 (悪びれず、にっこりと)
「うふふ、壁が薄いのかしらね? お二人の息子さんを想う熱心なお声が、なんだか聞こえてきちゃって。つい、お節介しちゃったわ」
田中妻
「そう……なんですね……」
妻は曖昧に笑い、すぐに「いえ、本当に助かります! ありがとうございます!」と感謝の言葉を重ねる。しかし、カメラは、彼女がパンフレットを受け取るその目に、一瞬だけよぎった不安と戸惑いの色を、はっきりと捉えている。
【シーン8】 些細な違和感③:孤立の兆候
(映像:人通りの多いターミナル駅前)
神田がマイクを手に、サービスの利用者に街頭インタビューを行っている。
神田
「『レンタル隣人』、ご利用されてるんですね。サービスの満足度はいかがですか?」
若い男性 (20代・会社員風)
「ああ、はい。最高ですよ。隣に越してきた代行員さん、同じゲームが趣味で、話も合うし。もう、ただの隣人っていうか、友達みたいな感じです」
神田
「それは素晴らしいですね。以前のご近所付き合いと比べて、何か変化はありましたか?」
若い男性 (少し考えるように)
「ああー……。そういえば、アパートの他の部屋の人とは、全然話さなくなりましたね。回覧板も全部その人がやってくれるし、挨拶くらいはしますけど……。まあ、ぶっちゃけ、その必要がなくなったんで、楽ですけどね」
男性は「楽ですよ」と笑顔を作る。しかし、その言葉とは裏腹に、どこか自嘲するような、寂しげな表情で雑踏の中に紛れていく。神田は、その背中を少し考え込んだ顔で見送っている。
【シーン9】 裏側の顔①:匿名の告発
(BGM:不穏なアンビエントミュージックが低く流れ始める)
(映像:深夜、誰もいない制作会社のオフィス)
神田が一人、PCのメール画面を食い入るように見つめている。
(テロップ:メール画面のクローズアップ)
件名:告発します。
本文:
『レンタル隣人』の真実をお話したい。
あなた方は、政府とこのサービスに騙されている。
明日22時、港区の××埠頭、第3倉庫に来てください。
危険が伴います。必ず一人で来ること。
(映像:夜の埠頭)
冷たい風が吹き、遠くで船の汽笛が鳴り響く。神田が指定された倉庫の前で、不安げに待っている。一台の車が停まり、ヘッドライトが彼を照らす。
車から降りてきたのは、フードを目深にかぶり、マスクとサングラスで顔を完全に隠した男。声はボイスチェンジャーで低く加工されている。
匿名の男
「……ドキュメンタリー・ディレクターの、神田誠さんですね」
神田
「そうだ。あなたがメールをくれた人か。一体、何を知っているんです」
匿名の男 (震えを抑えるような声で)
「俺は……元・代行員だ。半年前までやっていた。……あれは、福祉なんかじゃない。あの仕事は、ただの隣人ごっこじゃないんだ」
男は一歩、神田に近づく。
匿名の男
「俺たちは……"隣人"じゃない。『監視員』だ」
神田 (息を呑む)
「監視員……?」
匿名の男
「そうだ。利用者の行動、発言、交友関係、一日の食事メニュー、ゴミの中身……そのすべてを、専用のアプリを使って毎日センターに報告することが義務付けられている。報告内容が不十分だと、AIから警告と"指導"が入るんだ……」
(回想風のインサート映像:男の主観視点。スマートフォンの画面に赤い警告メッセージが浮かび上がる)
【警告:対象との心理的距離が不足しています。より深い信頼関係を構築し、パーソナルな情報(悩み、経済状況、健康状態)を引き出しなさい】
匿名の男
「もう……人間のやることじゃない……。人の善意に付け込んで、心を丸裸にして、それをデータとして売り渡すようなもんだ。罪悪感で…耐えられなくて辞めたんだ!」
男はそう言い捨てると、車に乗り込み、埠頭の闇へと走り去っていく。神田は、その場に呆然と立ち尽くす。
【シーン10】 裏側の顔②:システムの狂気
(映像:オフィスに戻った神田)
顔色は青ざめている。彼はスマートフォンの連絡先から「ハッカー・K」という名前を探し出し、電話をかける。
神田 (切羽詰まった声で)
「Kか? 俺だ、神田だ。ヤバい仕事を頼みたい。……ああ、報酬は弾む。政府がやってる『レンタル隣人』ってサービスの、マッチングAIだ。裏で何やってるか、探れるか?」
(映像:数日後のオフィス)
神田がPCの前で、神経質に指で机を叩いている。そこに、メッセンジャーの着信音が鳴る。ハッカーKからだ。
(テロップ:チャット画面のクローズアップ)
K: 見つけたぞ。これ、マジで黒い。
K: このAI、表向きは性格診断だが、裏では利用者の許可なく個人情報にバックドアからアクセスしてる。SNSの裏アカ、通販サイトの購入履歴、クレジットカード明細、電子カルテの病歴まで全部だ。
神田は息を呑み、画面を凝視する。
K: で、これが一番ヤバい。マッチングのアルゴリズムだ。添付ファイルを見てみろ。お前、腰抜かすなよ。
神田が震える手で添付ファイルを開くと、そこにはAIのソースコードの一部らしきものが表示される。神田のマウスカーソルが、コード内の特定の記述をハイライトする。
(テロップ:画面に大きく、一つずつ表示される)
【PARAMETER_A: MENTAL_VULNERABILITY (精神的脆弱性)】
【PARAMETER_B: SOCIAL_ISOLATION_INDEX (社会的孤立度)】
【GOAL: MAXIMIZE_CONTROL_EFFICIENCY (支配効率の最大化)】
神田は椅子に崩れ落ちるように座り込み、頭を抱える。これまで信じてきた「善意のサービス」のイメージが、音を立てて崩れ落ちていく。
神田 (絞り出すような、かすれた声で)
「……支配しやすい人間を……わざと、隣に送り込んでるっていうのか……?」
カメラが、恐怖と絶望に染まった神田の顔をアップで捉える。これまで番組を彩ってきた明るいBGMは完全に消え、低く不気味なドローン音が鳴り響く中、フェードアウトする。
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