第22話 逆痛覚ライド
弓道場の横には、少し離れたところに見学できるスペースがある。ちょうど、
的を見据え、弓を引く。こちらにまで緊張感が伝わってくる。
キン!
甲高い音が聞こえたと思ったら、次の瞬間にボスッ!という音が反対側から聞こえてきた。的には4本の矢が
しばらく待つと、制服に着替えた武蔵が出てきた。ちなみに弓道場では一切、視覚ライドは使わないらしい。神聖なる弓道場を自分のよこしまな欲望で汚したくないという。意外に真面目なところがあるんだなと感心する。
「おお、佳央里、お待たせ!」
「大丈夫よ、武蔵。二人と一緒に見ていたの。皆中、スゴかったね!」
「今日は50射引いたけど、最後は5回連続で皆中できた」
「さっすが~。仕上がってるね♪」
佳央里と武蔵は早くも、お互いを呼び捨てにしている。どうやら相性は良いのかもしれない。その相性が、ライド能力にもプラスになっているようだ。
「二人にね、あの技を見せてあげようと思うの」
「オッケー。痛さはちゃんと調節してあげてくれよ」
「大丈夫よ。友だちなんだから」
「あの技って、何なの?」
「じゃあまず、私一人でやってみるね。悪いけど、どっちかが技を受けてくれる?」
「なんだか面白そう! ボクがやるよ」
プロレス好きの
「じゃあ、私からちょっと離れて」
彩理衣から2メートルほど離れ、向かい合わせに立つ佳央里。右腕をあげ、彩理衣の左腕あたりを指で指してみせる。
「ちょっとチクッとするから、ゴメンね」
すると佳央里の指から、ライドの揺らぎが立ちのぼるのが見えた。これは彼女が得意とする痛覚ライドの揺らぎと同じ色合いだ。
「バン!」
「痛っ!」
佳央里が銃で撃つ口真似をした瞬間、彩理衣が叫ぶ。
「あ、ゴメン! 痛かった?」
「大丈夫! 予想してなかったからビックリしただけ。大した痛みじゃなかったよ」
「えっ、いまのって痛みを飛ばしたの!」と驚く杏未那。
「飛ばしたというか、狙った場所に、痛みを発生させたのよ」
「ひょえーっ! 逆痛覚ライドってことか!」
「拳銃の真似をする必要はないけど、こうすると狙いがつけやすいのよ」
「うわーっ、佳央里、カッコいいなあ!」
「その練習にさんざん付き合わされたんだよ。オレもう身体中、痛くてさ」
「だから痛みを感じるだけで、別に怪我も何もないんだってば」
武蔵と佳央里がジャレ合う姿にはまだ若干の嫉妬心を感じるものの、二人が協力しながら能力を開花させてくれるのは、
「そっか、聴覚ライドで相手の頭のなかに直接話しかけられるのと、同じことだね」
「そうなの。杏未那と聴覚ライドでトークできるようになってから、これって痛覚ライドでも同じことができるんじゃないかって思ったのよ」
「スゴいね! っていうことはボクも、自分が見ているものを視覚ライドを使って他人に見せられるのかな?」
「きっとできると思う。問題はそれをどうやって役に立てるのかってことよね」
「面白そう! 考えてみるよ」
「彩理衣ちゃんさ、もっとワクワクする技、見せてあげよっか」
武蔵がニヤリと笑う。そうか、佳央里はさっき「まず、私一人でやってみる」と言っていたから、どうやら武蔵と佳央里による合わせ技があるんだろう。
「じゃあ今度は私が受けようか。どうすればいい?」
「杏未那、大丈夫か? 今度はさっきのよりも痛いぞ」
「ああ、だったら彩理衣にお願いしたいな」
「いいよ、ボクが受けてあげるよ!」
いやはや、彩理衣がプロレス好きで本当によかった。きっと受けの美学があるんだろう。
「じゃあ、向こう端、体育館の壁まで行ってもらえる?」
「けっこう遠いよ? 30メートルくらいあるんじゃないかな」
「大丈夫。弓道場の射距離は60メートルあるし、オレにとってはこれくらい全然近いよ」
「わかった!」
彩理衣がテケテケテケと体育館まで走っていき、壁際でこっちを向く。
「絶対に顔は避けてね。胸とかもダメよ」
「大丈夫、この距離なら確実に腕を狙える」
武蔵に念押しする佳央里。いったいなにをするつもりなのか。
すると武蔵が、弓道の構えを取り、彩理衣に向かって弓を引く。もちろん手には何も持っていない。武蔵の背後に佳央里が立ち、左手をおなかのほうに回してへその下あたりに添える。たしかあそこは『丹田』のはず。最も力が溜まるところだ。
二人から立ちのぼるライドの揺らぎ。彩理衣の痛覚ライドに加えて、武蔵からはこれまで見たことのない色合いの揺らぎが立ちのぼっている。視覚ライドとはまた違った色合いだ。
パシュッ!
そんな音はしていないはずなのに、杏未那には何かが空気を切り裂いていく音が聞こえた。ものすごい速さで宙を飛ぶ揺らぎが、彩理衣に向かって一直線に飛んでいく!
「彩理衣!」と、思わず叫んでしまう。
遠く離れた彩理衣が、先ほどと同じ左腕を押さえているのが見える。距離は遠いものの、顔もしかめっ面のようだ。
聴覚ライドを仕掛けると「痛った、これ、ヤバいよ……」とつぶやいているのが聞こえてくる。思わず走り寄り、声を掛ける。
「彩理衣、大丈夫!?」
「ここがめっちゃ痛いんだけど。でも、やっぱ怪我もなんもしてないんだよね」
彩理衣が左の二の腕を見せる。怪我はもちろん、赤くなったりもしていない。なのに相当痛いらしい。どうやら佳央里の逆痛覚ライドが30メートルもの距離を飛んできたようだ。
「あ、痛くなくなってきた。うわ、これスゴいねえ!」
さっきまで痛がっていたのに、なんだか嬉しそうな彩理衣。どうやらプロレス好きの血が騒いでしょうがないようだ。
「どうだ、オレたちの『
「武蔵ぃ、それ下手なダジャレみたいでダサいから、やめよ?」
彩理衣に駆け寄ってきた武蔵と佳央里が、どうでもいいことで言い合いしている。
「いまのって二人の連携技ってことだよね?」
「そうよ。私の逆痛覚ライドを、武蔵がライドの揺らぎに載せて飛ばすの」
「佳央里の練習台になっていたとき、これがもっと遠くまで届いたらいいのにと思ってさ、頭のなかで弓を引くイメージを描いたら、ライドの揺らぎを飛ばせるようになったんだ」
「スゴい! いまのでどれくらいの威力?」
「彩理衣が相手だから5分の1、いや、10分の1も出してないかな。本気でやったらたぶん、動けなくなるくらい痛いと思う」
「連発はできる?」と、彩理衣がキラキラした目で訊ねる。
「それは武蔵次第かな」
「ただ
「私も痛みを溜めるのに、10秒は欲しいかなあ」
いまので30メートルか。もっと遠くまで飛ばせたら、とんでもない武器になるな。
「最大、どれくらいまで飛ばせる?」
「普段から60メートルで練習しているし、60メートルなら狙いをつけて射てるよ。本物の矢と違って風の影響も受けないしね。飛ばすだけなら100メートル以上いけるけど、相手に
これは身を守る際の大きな武器になる。遠くの敵は
そうなると、杏未那自身も何らかの技が欲しいところだ。左スネの打撲を自宅療養中の蒼汰もそうだろう。彩理衣みたいに雷撃が身に付くといいんだけど。
そうだ、明日、彩理衣が蒼汰の家に行くんだった。お邪魔虫になっちゃうけど、私も和光教授に相談したいから、一緒に行けないかな。
「ねえ彩理衣、悪いんだけど明日、私も一緒に蒼汰の家に行ってもいいかな?」
二人の恋路を邪魔する形だから、無理めのお願いなのは承知の上だ。
「いいよ! むしろ杏未那に来てもらったほうが助かるよ。お父様に会うの初めてだから、緊張して変なこと言っちゃわないかって心配だったんだ」
意外にあっさりとオーケーしてくれた。これは助かる。
「佳央里と武蔵はどうする?」
「オレは明日、一日中、練習なんだよ。昇段審査も近いしな」
「私も明日はクリニックが土曜診療だから、ちょっと難しいと思う」
二人とも決して気を遣っているのでなく、本当に忙しいみたいだ。
そうだ、例の件、武蔵に伝えるの忘れてた!
「武蔵さ、さっき国境の向かい側のコンビニに、蒼汰を殴った相手がいたのよ!」
「マジか! よっしゃ、
「もうとっくにいなくなってるよ。あと、それ本当にダサいから、やめよ?」
佳央里の指摘に頭をかく武蔵。ぜひ、良い名前を考えてほしい。
「名前はデン、川島雷電っていうらしい」
「昔の相撲取りみたいな名前だな。憎っくき名前、忘れないぜ!」
武蔵の言葉に、女子3人がうなづく。共通の敵が現われたことで、ライダーたちの結束はさらに高まったようだ。
まさか敵がさらに増えるとは、この時点では思いもよらなかった。
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