第20話 ジャージ
高1でインフルエンサーの仕事を始めた
アパレルやコスメのイベントでは、インフルエンサーが登壇してのトークショーも定番のひとつ。商品のターゲットとなる世代の女子を招待し、華やかな雰囲気で開催される。
ステージにはクライアント企業側が選んだインフルエンサーやモデルたちが並ぶのだが、とくにモデルには、しゃべるのが苦手というケースも多い。
そのためイベントディレクターが細かく指示を出し、フロアディレクターがカンペを出すものの、そのカンペを読む余裕すらないというモデルは珍しくないのである。
「あのモデル、自分の話ばかりして、商品の話してないじゃないか!」
「おいおい、競合商品の名前を出しちゃったよ」
「左端のモデル、今日まだ一回もしゃべってないぞ」
そんな会話が、イベントスタッフのインカムで交わされている。それをカンペに書き起こすのも大変な作業だし、カンペを見てもらわないと、そもそも指示すら伝わらない。
もちろんトークショーにはフリーアナウンサーなどの司会者もいるのだが、モデルたちはろくにテレビも見ていないのか、元女子アナという肩書きを尊重する風でもない。そのため司会者がなんとか話題を変えようと誘導しても、平気で無視したりする。
そんなとき、
それを続けていれば自然と、スタッフからの信頼も篤くなるのである。
「あみなん、今日も裏回し、ありがとな! 助かったよ」
「全然ですぅ。台本が完璧だから、それに沿ってやらなきゃって思っただけですよ」
「いやいや、モデルさんとかさ、そもそも台本読んでなかったりするんだよ」
「そうなんですか? 私なんて逆に、台本がないと怖くなっちゃいます」
「高校で演劇部に入ってるんだっけ?」
「はい! 将来は女優さんになれたらいいなって思ってます」
「あみなんくらい真面目なら、全然イケるよ。今度、キー局のプロデューサーさんと飲むからさ、あみなんの話もしておくね」
現場で信頼を積み重ねていくと、こんな風に応援してくださるスタッフさんも増えてくる。もちろん自分自身の努力も大切だが、身長もそうだし、やはり聴覚ライドのおかげだと思う場面は少なくなかった。持って生まれたスペックに感謝だ。
ただ、応援してくれる人たちがいる一方で、怪しげな連中もいたりする。女性タレントを「オンナ」としてしか見ていないようなヤツらだ。おそらくはどんな学校や会社にも、そういうヤバい男たちはいるのだろう。ただ芸能界では、そういった悪い噂が耳に入ることも多い。
それは杏未那が何回か商品紹介を担当したことのある、コスメブランドとの食事会だった。日曜日の昼に、話題のアフタヌーンティーを楽しむというものだ。
参加しているインフルエンサーには女子大生など、杏未那より少しお姉さんの世代が多く、可愛らしいワンピースなどで着飾っている人も多かった。
杏未那もそういった可愛い服が良いのかと思ったが、担当マネージャーからは「ジャージで来て」との連絡が。ジャージといっても学校の運動着ではなく、それなりにお高いブランド物のジャージではあるものの、それでアフタヌーンティーに行くのは場違いではないか。
マネージャーに言わせると、せっかく女子高生というブランドがあるのだから、女子大生とは違った格好をしたほうが、若さをアピールできて差別化になるという。
そして結果的に、そのアドバイスは正解だったのである。
アフタヌーンティーは初めてだったが、可愛らしいケーキやミルフィーユ、カヌレやパイといった美味しいスイーツに加え、生ハムなどの高級食材を使ったおシャレな料理も並ぶ。意外に量が多く、けっこうお腹いっぱいになるのも嬉しかった。
でもお値段は1万円を軽く超えるらしく、高校の友だちを誘うのは無理そうだ。
最初はジャージ姿が浮いているかと思ったが、少しくらいスイーツをこぼしても気にしないで済むのは気楽だった。キレイに着飾ったお姉さま方は、袖のフリルにケーキのクリームが付いたりして、大騒ぎしている。食事会には食事に適した服装が良いのだろう。
食べ終わったあと、時間のある人は、カラオケで二次会をしようということになった。カラオケなら大好きだ。クライアントさんには男性も多く、ボカロ曲とか歌ったらシラけちゃうかなとの心配もあったが、こういう時は歌いたい曲を歌って楽しそうにしてればいい。
てっきり、ねこまねきやビックリエコーに行くのかと思っていたら、連れていかれたのは六本木の薄暗いビルだった。大人はこういった隠れ家的なカラオケ店で遊んでいるのだとか。女子大生の先輩に訊いてみたら、そういう店に行くこともあるという。ホントかな?
杏未那は女子大生インフルエンサーと一緒に、クライアント側の男性二人とカラオケをすることになった。部屋はカラオケ店というより、マンションのモデルルームみたいだ。
部屋の真ん中にはコの字型の大きなソファーがあり、巨大な液晶テレビが壁にくっついている。テーブルには見慣れたカラオケのリモコンが。飲み物はキッチンの冷蔵庫になんでも入っていて、どれでも飲んでいいという。ほかにもお菓子やおつまみが用意されていた。
冷蔵庫を開けると、ビールや缶酎ハイ、缶入りハイボールなどお酒がたくさん入っていた。コーラやお茶もあり、杏未那はとりあえずウーロン茶にする。庫内の棚には食べ物も置いてあって、ズワイガニの唐揚げもあった。カラオケ舘の系列店なのかもしれない。
とりあえず4人で乾杯。女子大生はハイボールをぐいぐい飲んでいる。まだ昼過ぎなのにそんなペースで飲んでも大丈夫なのだろうか。杏未那の家は父親が下戸で、母親も夕食時にビールを一本飲む程度。ふだんはお酒を目にすること自体がほとんどない。
まあ飲みたい人は飲んでればいい。杏未那は好きなボカロPの曲を歌いたいが、最初からマニアックな曲を入れると白けてしまうので、まずは『可愛くてごめん』で場を温める。二十代ならたぶん、誰でも知っているだろう。狙い通り、全員が盛り上がる。
そのあともYOASOBIやミセスを歌い、大人たちが昔の曲で盛り上がり出したタイミングでボカロ曲を投入。「なにこれ~、知らな~い!」とか言いながら、女子大生も楽しそうにケラケラ笑っている。5歳しか離れていないのにジェネギャってあるんだなあ
1時間ほど経つと、飲み過ぎたのか、女子大生が「眠くなっちゃったあ」と甘ったるい声で訴える。すると、ちょいロン毛の男性が「じゃあ休もうか」と、隣の部屋に連れて行った。え、あのドアってトイレじゃないのか。ここ、本当にマンションみたいな作りなんだな。
もう一人のメガネ男は英語のロックを歌いだした。そのあいだ、隣の様子が気になり、女子大生に聴覚ライドしてみると、「あ、あ~ん♡ だめぇ」という声が飛び込んできた。
え、これって、まさか、ヤっちゃってるの!? ここ、カラオケ店じゃないの?
男の歌っていた曲が終わり、次は杏未那が入れたボカロ曲。だが男はリモコンを操作して、残りの曲をすべてキャンセルした。いきなり訪れる静寂。いや、静寂じゃない。隣の部屋から少しだけ「あん♡ あん♡」という声が漏れてくる。
「アイツらも楽しんでるしさ、こっちもこっちで楽しもうよ」
「い、いや、だって私、高校生だし」
「インフルエンサーでしょ、いろいろ楽しんでるんじゃないの?」
「楽しむって、何をですか?」
「ほら、隣の部屋で楽しんでることさ」
「あん♡ あ~ん♡」
ってかあの女子大生、なんであっさり抱かれちゃってるの!? 最近の女子大生ってそういう感じなの? いやいや、おかしいでしょ。インフルエンサーってこんな仕事じゃないよ!
ニヤニヤしながら迫ってくる男。Z-PROはこうなることが分かっていて、私を食事会に案内したわけじゃないよね? とにかく逃げなきゃ。いや、逃げるだけじゃダメだ。この男にダメージを与えておかないと、またほかの誰かに同じことをするかもしれない。
ジャージのポケットにはスマホが入っている。でもいま録画を始めても、相手はまだ服を着ているし、さっきの台詞は録っていないから、私を襲おうとしている証拠にはならない。
そうだ!
女子大生がいる部屋のドアを開け、録画を始める。かけ布団も掛けずにもつれ合っている素っ裸の男女。二人が「えっ、何?」と驚く。よし、これで顔はバッチリ撮れた。
「お前、なに撮ってんだ! やめろよ!」
杏未那のスマホを奪おうとするメガネ男。その言葉を待っていた。やめろと制すること自体が、撮られたらマズいことをやっている証拠だ。
「力づくでスマホを奪いたいならどうぞ。私を殴ってでも奪ってください。そうなったら傷害罪で訴えます」
「はあ? お前が二人の裸を撮っているから、やめさせようとしているだけだろうが」
「なんで女子高生の私がいる部屋で、二人が裸でいるんですか? ってか、ここって本当にカラオケなんですか? 私の知っているカラオケ屋さんに、ベッドなんてないですよ」
「な、なに屁理屈言ってんだ!」
「屁理屈でけっこうです。私、帰りますから、邪魔しないでください」
「ちょっと! 私の裸、勝手に撮らないでよ!」
「だったら女子高生がいるところで、いやらしいことしないでほしかったです」
スマホを構えながら、出口に向かって後ずさりする杏未那。殴られることも覚悟していたが、男たちもそこまでバカではなかったようだ。
部屋を出て、エレベーターに乗り、ビルから脱出。ビルの外観を映したところで録画を終える。ここまでくれば、もう安心だろう。
それにしても、マネージャーがジャージを勧めておいてくれて助かった。ジャージだからスマホも財布もポケットに入れておけたのだ。
これで可愛いワンピースとかを着ていたら、別のバッグに入れておく必要があっただろう。その場合、相手にバッグを奪われたら、証拠となる動画を撮影することもできなかったし、財布なしでは帰ることもできない。
担当マネージャーもまさか、こんなトラブルは想定していなかったはず。それともなにか不測の事態があったとき、すぐ逃げるにはジャージ姿がベストという判断だったのだろうか。理由はともあれ、そのアドバイスには感謝だ。
ここまでの思い出はすべて、高1で体験したこと。身長が高いと実年齢より大人に見られがちだ。これが普通の高1だったらクライアントの男たちも、さすがに悪さをしようとは思わなかったのかもしれない。
いまなら同じ目に遭っても、今度はオーバーライドで対処できるだろう。その場合、誰の感覚を奪い、何をさせればいいのか。いまからシミュレーションしておくべきかもしれない。
『能力は自分を守るために使う』。彩理衣との約束は、私自身との約束でもある。
え、クライアントの男たちはどうなったかって? あのあとZ-PROに一部始終を報告し、大人たちが話し合った結果、二人は地方の小さな営業所に飛ばされたらしい。
私のところにはコスメブランドの会社から、取締役だという渋めのおじさんが謝罪に来た。謝罪の場には父親に来てもらったので心強かった。
父親はインフルエンサーを続けるかどうか、自分で決めなさいと言う。むやみに辞めろというタイプの親でなくてよかった。だからいまも私はインフルエンサーを楽しんでいる。
女子大生インフルエンサーは契約解除。でもいまは、別の事務所でインフルエンサーを続けていると聞いた。まあ仕事でかち合うことはないだろうし、彼女を他山の石にすればいい。
今度は「他山の石」の使い方、合ってるよね?
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