第12話 二股

 我妻杏未那わがつま・あみながグラウンドに到着すると、アヤカが車に乗せられるところだった。サッカー部の部員から報告を受けた顧問の高比良たかひら先生が、自分のくるまを駐車場からグラウンドに乗り入れ、病院に連れていくことにしたのだ。

 アヤカの状態を診ていた脇坂佳央里わきさか・かおりも付き添いで同乗。そこに追いついた杏未那あみなも、飛び降りる瞬間を目撃したとして、一緒に乗っていくことにした。


「アヤカ、なんで……」と心配しながら、病院へと車を走らせる高比良。彼はアヤカとカラオケを一緒に楽しみ、キスさせてもらってはお小遣いをあげるという、高校教師として絶対に許されない秘め事を楽しんでいる。だからこそアヤカのことが心配でたまらないのだろう。


我妻わがつま、いったいアヤカはどうしちゃったんだ?」

 高比良が助手席の杏未那あみなに訊ねる。だが本当のことを言っても信じてもらえないのは明らか。どんなストーリーなら説得力があるのか、考えあぐねていると、アヤカ本人が話し始めた。

「なんか彩理衣さりいにニラまれたら身体が勝手に動いちゃって……。私、飛び降りる気なんてなかったんだよ。本当だよ!」

「あの大人しい若尾わかおがアヤカのことをニラんだのか? なんだか信じられないが、アヤカがそう言うから本当なんだろう。学校に戻ったら事情聴取が必要かもしれないな」

 生徒と火遊びしている身ながら、教師としての責任感も一応は持ち合わせているようだ。


 ともあれアヤカ自身も気が動転しており、自分の行動を上手く説明できないのは不幸中の幸いだった。ふだん大人しい彩理衣にニラまれたことであたふたし、自分でも思いがけない行動を取ってしまった、というストーリーにもっていけるかもしれない。


 病院での診察の結果、幸いにも骨折はなく、ねん挫した足首も約2日の入院で済むらしい。半袖の腕がグラウンドに叩きつけられ、そのときの擦り傷が痛ましいものの、顔を守れたことにアヤカ自身は満足。高比良は、病院に残って付き添うという。


 杏未那は病院のロビーで、生徒会室で起こった事件の一部始終を佳央里に報告。彩理衣が発動したオーバーライド能力に大いに驚きつつも、アヤカの性格をよく知っていることもあり、佳央里は「結局、自業自得だよね」と納得していた。


「それより私、杏未那の声が聞こえてきたことのほうが驚きだったよ」

「やっぱり聞こえてたんだ! よかった。あの場面で頼れるのは佳央里しかいないって思ったから、必死に念じたんだよ」

「それって、私の聴覚に直接、話しかけたってことなの?」

「じゃあ、いったん試してみよっか」


 目を閉じて【聞こえていたら、ピースしてみて】と念じる。

 目を開けて佳央里を見ると、ちゃんとピースしているではないか!

「聞こえた?」

「聞こえた!」

 嬉しそうに手を取ってキャッキャと喜ぶ二人。美人な女子高生二人がジャれ合っている姿に、病院内とはいえ周りの空気も少し明るくなったようだ。


「じゃあさ、私も試してみる!」

 今度は佳央里が目を閉じて、神経を集中する。

【聞こ…ていた… オー……サインを出…て】

 たぶんこうかなと、杏未那が指でOKマークを作ると、佳央里がニッコリとほほ笑む。

「私にもできた! ちゃんと聞こえた?」

「ちょっと途切れ途切れだったけど、聞こえたよ」

「嬉しい! 私にも聴覚ライドができたってことだよね。初めてだから練習しなきゃ」


 ライド能力が拡張されつつあることに、喜びを感じる二人。しかも杏未那はオーバーライドの能力すら獲得しつつあった。だが、佳央里にはあとで話そうと決める。そうしないと情報量が多すぎて混乱してしまうだろう。

 むしろ、いま最も共有すべきなのは、彩理衣がコスプレイヤーの狩澤伊緒かりさわ・いおだということかもしれない。アヤカに胸の秘密をバラされたことで激怒していたが、一方ではその胸を大きな武器として人気を博している。その二面性は知っておくべきではないか。

 あの大人しそうな彩理衣が自分の胸について触れられると、人が変わったかのように激怒。胸の話題は彼女にとって相当にセンシティブなようだ。アヤカを傷つけたこと自体は未だに許せないが、杏未那自身、彩理衣の気持ちが多少は分かるのであった。


「彩理衣の行為は許せないけど、激怒したこと自体は、共感できるんだよね」

「杏未那も胸でイヤな思いをしたことあるの?」

「そこまで大きくないよ(苦笑)。私の場合は身長だよね」

「そっか、杏未那って172センチくらい? モデルさんみたいでカッコいいよね」

「ありがと。174センチあるの」

「へえ、あんさんと一緒じゃん! やっぱモデルなれるよ」

「そう言ってくれるのは佳央里だけだよ~」


 たいていのことは笑って許す杏未那だが、唯一傷つく言葉が「デカっ!」だった。せめて「背が高いね」などと言ってくれればいいのに、「デカい」という言葉には「異常な」という侮蔑的なニュアンスを感じてしまう。

 だからアヤカが彩理衣に「デカ乳」と言い放ったとき、その言葉が持つトゲに杏未那も不愉快さを感じていた。自分に向けられた言葉ではないと分かってはいても、耳にするだけでイヤな言葉というのは存在するのだ。


「蒼汰と仲良くしているのは、ライダー同士ってこともあるけど、蒼汰って182センチあるじゃん? だから自分の背が気にならないっていう理由もあるんだ」

「なるほどなあ。じゃあ武蔵クンは? 言い方は悪いけど、彼ってかなり小さいよね」

「武蔵はたしか、164センチだったかな。でもアイツ、私の身長をああだこうだ言ったことないよ。っていうか女子の悪口を言っているのも見たことないし」

「たしかに。女好きっていう噂は聞いているけど、嫌われている風でもないよね」

「前に言ってたけど、武蔵は女子みんなが好きなんだって。誰にでもなにかしら良いところがあるって。女好きもそこまでいくと、尊敬できるかもw」

 いつの間にか、武蔵の話題に話が弾む。


「杏未那に普通に接しているのも、そういう性格だからなのかな?」

「あいつホントはね、女の子と話すのが苦手なのよ。でも私のことは『美人だけど好みではない』って言いきってやがった」

「アハハ、正直でいいじゃん! 美人って口に出せる男の子、なかなかいないよ」

「だから佳央里と普通に話しているのは不思議だったんだけど、きっと、佳央里の優しいところに惹かれているんじゃないかな」

「私のこと『天使』って言ってくれたし、嬉しいけどちょっと恥ずかしいな」

 佳央里の顔色が少し紅潮しているのが分かる。


「さっきなんてさ、彩理衣にも『キミは最高に可愛くて、最高に良いおっぱいだ』って言ってたんだよ。可笑しくない? ふつう、女子に向かっておっぱいなんて言わないし(笑)」

「……そんなこと言ってたの?」

「しかも突然、二人で抱き合っちゃってさ。ビックリしちゃった。武蔵にそんな積極的なところがあるなんて知らなかったよ」


 佳央里が急に真顔になる。あれ、私なんか変なこと言ったかな。

「抱き合ってたって、本当? 杏未那、本当に見たの?」

 こんな怖い顔をしている佳央里、見たことない。

【えっと、もしかして、彩理衣に嫉妬してるのかな?】


「うん、嫉妬してる」

「ひょえーっ! いまの聞こえちゃった!?」

「聞こえちゃった。私、聴覚ライドが上手になったみたい」


――いやいや聴覚ライダーは相手の聞こえていることが聞こえるのであって相手の考えを読めるテレパシーではないでしょ。でもさっきお互いに相手の聴覚に直接話しかけてみたら成功してたよね。ってことは聴覚ライドの力が強くなれば頭のなかの声も聞こえちゃうのかな。蒼汰のお父さんはあらゆる感覚は電気的なものだって言ってたし頭で考えるのも電気が関係してるんだっけ。ニューロンがなんだかとか受容体がなんだかとか生物の授業で習ったような気がする。でもそれは聴覚ライダー側から話しかける能力であって相手の考えまで聞こえてしまうのは違うような。でもいま佳央里が私に聴覚ライドしているなんて気づかなかったしどういうことかしら。もしかしてこれが怒りのパワーってやつかな。私がさっきオーバーライド能力を獲得したように佳央里も怒りのパワーで聴覚ライドを身に付けてしかも他人の考えまで聞こえるようになったのかも。仮にそうだとしてもいまの話で佳央里が怒るところってあったっけ。えっとおっぱいって単語が下品だったとか。違う違う、そうじゃ、そうじゃない。そうだ武蔵と彩理衣が抱き合ってたって話がマズかったのかなわざわざ確認してきたくらいだし。でも武蔵が佳央里を好きなのであって佳央里が武蔵を好きなわけじゃないよね。彩理衣に嫉妬しているって言ってたけど本当にそんなことってある?


「あるよ」

「ひょえーっ! 全部聞かれてた!?」

「杏未那は気づいてないかもしれないけど、武蔵クン、意外にカッコいいよ。あんなにストレートに私のことを『天使』だって言ってくれる人、めったにいないから」

「あ、ああ。そうですか」

「この前、蒼汰クンが殴られたとき、相手にタックルした話、してくれたじゃない? その時からなんか、気になってたの」

「佳央里って、蒼汰のことが好きなんじゃなかったっけ?」

「たしかに蒼汰クンはカッコいいよ。でも私、野球のことあまり分からないし。あとどうせ聞こえるだろうから言っちゃうけど、武蔵クンって東大を目指しているのもカッコいいよね。彼氏が東大生って、なんだか良くない?」

「う~ん、佳央里って意外に俗っぽいところあるのね」

「現実的って言ってくださる? なにしろ医者の娘でして。あと、杏未那もオーバーライドの能力、身に付けたんだ。スゴいよね。それで彩理衣のこと、やっつけちゃってよ」


 武蔵を巡って天使のような美女と、人気コスプレイヤーが争っている! 蒼汰を奪い合うならまだ分かる。甲子園出場の立役者だし、背も高くて顔もまあまあイケメンだし。だけど武蔵となると、私には理解不能だ……。


「武蔵クンは背が小さいし、メガネ姿のガリ勉くんだけど、顔は別に悪くないと思うな。弓道部ではエースだっていうし、文武両道だよね」

「えっと、弓道部に入ったのは、女子部員が多いのと、女子と一緒に練習できることが理由だったはずだよ」

「理由なんてどうでもいいのよ。夏の大会では団体戦のメンバーだったし、実力はあるんだから、秋の大会では地区優勝も狙えるんじゃないのかな」


 人の色恋に口を出すのはナンセンスだと思っていた。佳央里が武蔵を好きでも全然構わないはず。でも武蔵は、佳央里のことを天使だと言ったのと同じ口で、彩理衣にも最高に可愛いって言うヤツだ。そんな二股野郎を好きになるのは、やっぱ納得いかないんだよなあ。


「ご心配、ありがと。そういう杏未那の優しさ、大好きよ。でも武蔵クンが二股野郎でも全然いいの。私のことだけ見てくれるように、奪っちゃえばいいんでしょ?」


 私の考えていることはもはや、佳央里に全部筒抜けだ。さすがにこの能力はヤバすぎる。上手く活用すれば、彩理衣のオーバーライドにも対抗できるかもしれない。

 それでもやはり、武蔵がモテるのはどうにも納得がいかない。そもそも私のことを、好みじゃないっていうヤツがモテるだなんて、なんかプライドが許さないんだけど。


「アハハ、杏未那でもプライドとかって考えるんだ! 頼むから、武蔵クンのこと、好きにならないでね。あなたのことは嫌いになりたくないから」


 佳央里の言葉に身震いした。天使みたいに可愛いのに、本当に性格が良い子なのに、いま彼女は心から彩理衣をツブそうとしている。これが恋の炎というヤツなのか。

 でもいいな。私もそれくらい、人を好きになれたらいいな。


 あれ、たしか昼間にも同じことを考えたような気がする。

 私、なんで、好きな人がいないんだろう。蒼汰は仲良しだけど、恋愛対象だと思ったことはない。っていうか私には恋愛経験がない。女子高生インフルエンサーを足掛かりに、将来は女優やタレントになりたいから、彼氏なんて要らないって思ってた。でも……でも。


「大丈夫よ。杏未那なら絶対、いい彼氏ができるって!」

 そうアドバイスする佳央里の表情が、少しだけ勝ち誇っているように見えた。

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