第24話 ネクタイ

『首もとから見る経済戦争』


気がつくと、俺は深紅のシルクでできていた。

棚に並んだネクタイの中の一本――だが、ただの服飾小物ではない。

俺は社長・高瀬の首もとに結ばれ、取締役会にも商談の場にも同席する、“現場監視者”となった。



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高瀬が率いる「大京ホールディングス」は、老舗造船会社「東海造船」の株式40%を取得し、事実上の経営権を握ろうとしていた。

今日の商談相手は銀行団。

追加融資が降りれば買収は成功、断られれば株価は暴落だ。


俺の位置からは、机越しの銀行頭取・西園寺の視線が見える。

彼は融資額を渋り、最後の一押しを求めていた。


「西園寺さん――」

高瀬は俺を指で軽く整えながら、低く切り出した。

「御行のメイン債務者リスト、上から三番目……あれ、再建難航してますよね?」


西園寺の眉がわずかに動いた。

それは、彼らが抱える不良債権の弱点を突く一言だった。



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この場の空気は一変した。

高瀬は「東海造船」の造船ドックを、その不良債権企業の担保として引き取り、銀行に代わって再建を請け負う提案をした。

表向きは経済救済、裏では造船と海運のシナジーによる市場独占。


交渉は30分で決着。

追加融資は満額、株価は翌日20%急騰。

俺は赤い布切れでありながら、この経済戦争の勝者の首に結ばれていた。



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だがその夜、俺はクローゼットの中で、高瀬が別のネクタイに手を伸ばすのを見た。

次の商談相手は外資ファンド。

きっと俺がまた戦場に呼ばれる日も近い。


俺はただのネクタイ――だが首もとから覗く世界は、戦場以上に血の匂いがした。

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