立入禁死

Kei

立入禁死

駅前のオフィス街に新しくビルが建った。高層階に展望台があり、誰でも自由に登ることができる。見晴らしもいいと評判だ。


土地が低く湿度も高い、鬱々としたアパートに籠っている。

何か悪いものでも憑いているのだろうか。

自分でも理由がわからないが、なんとなく仕事を辞めた。それから誰とも会っていない。会う気にもならない。最近は生活することにも気力を感じなくなっていた。

良い眺めを見て、良い空気を吸ったら気分も変わるだろうか。


市街地に上がっていくにつれて、道が明るく小奇麗になっていく。人も増えてきた。

自転車の中高生が追い抜いていった。友達同士の女子大生、カップル、家族連れ… 営業回りだろうか、スーツ姿のサラリーマンが忙しなく歩いている。

彼らの姿が遠く感じる。

賑やかさと活気に酔ってきた。


新しいビルは高かった。街全体が、いや、県の端まで見渡せそうだった。


下から見上げていると、展望台から誰かがのぞいていた。小さく、逆光で真っ黒な顔。しかし目が合った気がした。


…手招きしている?



フラフラと入口に向かっていった。


「ちょっと、あなた」


警備員が声をかけてきた。


「すみません。ここ立入禁死なんです」


「えっ? みんな入っていってるじゃないですか」


「はい。でも、あなたは駄目です」


「どうしてですか?」


「あなた、飛び降りちまいますから… そういう人を入れないよう、ここに立ってるんです」


自動ドアが目の前で閉まった。

ガラスに映った自分が、恨めしそうにこちらを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

立入禁死 Kei @Keitlyn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

観察者

★3 ホラー 完結済 1話