第十四話 煙草の煙

「この前も中立地区の遺跡をわざわざ見に行ってたし。あんなところ、どうせ散々盗掘に遭ってるでしょうに」


 彼女は細い煙草たばこに火をつけて、ふぅーっと白い煙を吐いた。

 クロミアは咄嗟とっさに部屋の中を見回す。マルゥに煙草の煙など吸わせたくはない。

 エミルはいい人だ。しかしこの喫煙の習慣だけはいただけない、とクロミアは常々悩ましく思っていた。


「はいはい。わかってるって。──いいお兄ちゃんだね」


 部屋にマルゥの姿はない。エミルは窓を開け、マルゥの絵本であおいで煙草の煙を外へと追いやった。クロミアはほっとしつつ、ドアの方に目をやる。彼女はお菓子を貰うと、必ずお茶を淹れにいくのだった。


「妹のことばかりじゃ疲れちまうんじゃないかい。たまには息抜きも必要だよ」


 エミルは意味ありげにその紅い唇の端を上げ、クロミアの耳元でささやくと、シャツの上から彼の胸を人差し指でなぞった。

 反射的にクロミアは立ち上がって距離を取る。エミルと椅子を挟んで向かい合い、にらみつけた。


 からからとエミルは愉快そうに笑う。


「あはは、冗談だよ。でもあんたももう14歳、立派な成人だろ。少しはそっちのほうにも興味を持たないと……」

「結構です」


 食い気味に答え、視線を逸らす。平静を装っても、顔が熱くなるのを感じる。


「きれいな顔してるのに、勿体ないね」


 彼女が肩をすくめるのと同時にマルゥが部屋に入って来た。クロミアは目を泳がせて、乱れてもいない衣服を整える。

 ティーバッグで淹れたお茶が入ったカップが3つ。幼い少女がこぼさないようにと慎重に運んできたものだ。


「ありがとマルゥ。一緒に食べよっか」


 トレイを受け取ってテーブルにカップを並べると、マルゥをソファに座らせてぎゅうっとハグをし、頭を撫でる。それを見て、元々過剰にボディタッチする癖があるのだろう、とクロミアは静かに深呼吸をした。

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