片手にスマホ、それにマッキー

咲翔

【上】


「水上さん、こっち来てよ。見てほしいものがあるんだ」

 

 六限終わりの放課後、教室の喧騒の中。教材を通学カバンにしまって帰る準備をしていた私を、聞き慣れた男子の声が引き留めた。

 声の方を振り返ると、案の定そこに立っていたのは澄谷海斗だった。その涼しげな顔立ちにいかにも悪そうな笑みを浮かべている。


「何よ、見てほしいものって」

「超貴重なスクープだよ」

「どれくらいスクープなの」

「俺が芥川賞も取るレベル」

「いや意味わかんない」


 澄谷は高校二年生の身ながら、直木賞を取った天才作家だ――と突然言うと困惑するだろうけれど、とにかくそうなのだ。文芸部に所属する私にとっては以前、嫉妬とかそういうレベルを超えて複雑な感情を抱いていたのだだけれど、なんやかんやあって今では仲良くやっている。


「本当に珍しいから、来てよ」

「……わかったよ」


 澄谷がそんなに言うなら、と私は鞄を肩にかけてあとについて歩き出した。

 彼が向かったのは、教室の自分の席だった。

 

「ほら、あれ」


 澄谷の指さした先には、その前の席のクラスメイト――山内瑛士。彼は私と同じ文芸部に所属する唯一の同期だ。黒縁の四角い眼鏡を掛けていて、そのイメージに漏れず成績優秀な優等生である。


 そんな彼なのだが。


「えっ……!」


 澄谷の言う超貴重スクープ、という意味が分かった気がした。私の口から思いがけず驚きの言葉が漏れる。


「あの山内が寝てる……!?」

「言ったろ? スクープだって」

「うん。珍しく澄谷が正しかったわ」


 優等生な彼のことだから、授業中に寝たことなんかないと思っていた。でも授業が終わって、部活に行く面々や帰宅の準備をしている人たちが、こんなにも騒がしくしている教室内で――まったく起きる気配がないほど熟睡しているなんて。


 机に突っ伏している彼の背中を見て、ふと呟く。


「逆に心配になるね」

「そうか? 俺は面白いからそんなこと思わないけどね」


 教室からはどんどん人が減っていく。あちらこちらから聞こえる「バイバイ」の声。山内はまだ目を覚まさない。


「このまま放置しちゃっていいかな」

「水上さん、帰るの? 部活は?」

「文芸部は今日は休み。だから山内もぐっすり寝ているんじゃないかな」


 ふうん、と澄谷は言いながら澄谷の顔に手を伸ばした。机に伏せて寝ていると言っても顔は少し横を向いている。


「眼鏡取っちゃお」


 山内の眼鏡を上手く外した澄谷は、それを自分に掛けてみていた。


「どう? 山内に見える?」

「いや、全然」


 似合っている、じゃなくて山内に見えるかどうか聞いてくるのが澄谷らしい。そんなことを思いながら、ふと周りを見渡してみると教室にはもう私たち以外誰も残っていなかった。

 黒板に白チョークで残された不等式が、なんとなく寂しさを醸し出している。


 再び山内に目を向ける。そういえばもう一年以上の付き合いになるけれど……眼鏡を外した顔、初めて見たかも。

 私がなんとなく山内の寝顔を眺めていると、澄谷が静かに尋ねてきた。




「で? 水上さん、告白の返事はしたの?」

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