第8話――幕間・駐車場

「はぁ〜、職員会議、長引きすぎでしょ……」 


 荷物を担ぎながら疲れた表情で源文華は職員室を後にする。彼女がダンジョンで使用する魔導銃マナライフルの入った鍵付きのケースを手にしながら、下校中の生徒が行き交う廊下を早歩きで抜ける。


「早くダンジョンの様子を見に行かないと。今朝見た時に何かおかしかった気がするし……今日は部活に顔出すは無理かなぁ……」


 念の為、彼女は自身が引率する射撃部の部長に連絡を残して、体育館裏手の駐車場へと向かった。


 途中自分の乗用車に立ち寄ってトランクの中の探索機材を取り出し、駐車場から離れようとすると、彼女の前方から複数の生徒たちが歩いてきてた。


「あ、源先生だ」


 部活もクラスもバラバラという妙な組み合わせな三人の生徒たち。

 本来は生徒が立ち入るような場所ではないところにいる彼らに、源はやや不審げな視線を向けた。


「あなたたち……どうしてこんなところに?」

「え、えっと……」


 彼らは困ったような表情でお互いを見合わせ、取り繕うように苦笑いを浮かべた。


「ちょっと人を探していたらここまで来ちゃったみたいで」

「人を?」

「あ……ここにはいなさそうなので僕たちは向こうに行ってきますね、あはは……!」

「せ、先生さようなら〜!」

「? え、えぇ、気を付けて帰ってね」


 やけにぎこちない反応の彼らにやや戸惑いながらも、彼女はその場を後にする。


「……なぁ、あの場所のこと先生に言わなくて良かったのか?」

「バカ、出口のところに立ち入り禁止って書いてあっただろ、怒られるぞ」

「早くゲーム、ゲームゲームゲーム……」


 そんな生徒たちの会話が繰り広げられていることも源は知る由もない。


 後からしてみれば、彼らの履物が室内用のままであったこと、髪の毛や肩口に白いホコリが付いていたことにヒントはあったものの、ダンジョンのある地下室へと向かうことを優先した彼女はついに気付くことは叶わなかった。


 やがて、源は駐車場を越えた先の雑木林にポツンと建てられた物置のようなコンクリート造りの構造物の前に辿り着く。


 『立ち入り禁止』と表示が掲げられた扉を開こうとカバンから鍵束を取り出したところで彼女ははっとした。


「あれ、鍵が開いてる……浅田くんかな?」


 源はそれが、先ほどすれ違った生徒たちが開けて出ていったものであるとは知らずにそのまま扉の向こう側へと入っていく。


 暗い地下道を進み、やがて例の地下室の鉄戸の前に辿り着くと今度はそこの鍵が閉まっていることに気が付いた。


「あれ、どういうこと……中にいるの?」


 嫌な胸騒ぎがして、彼女は急いで鉄戸の鍵を開く。


「入るよ――」


 そう言って室内に入る彼女だったが、視界に飛び込んできたのは蛍光灯の明かりがつけっぱなしになった無人の室内の光景だった。


「……まだ来てない? いや、でもこれ――」


 テーブルの上やパーテーションの裏を覗く彼女。


 テーブルには彼が使う武器のケースや学生カバンがそのままになっており、パイプ椅子には彼がダンジョン探索の際によく着用する運動着やアーマーが無造作にかけられている。まるで、着替えようとして急にやめたような感じであった。


 さらには室内が妙に荒れていることに気がつく。


 部屋の隅にあった古新聞の束が散らばり、テーブルに置いた紙コップや床に立てられたパイプ椅子が倒れている。


 極み付けだったのは、ダンジョンの入口のすぐ目の前の床に転がる二つの破片。


 鋼鉄よりもさらに頑丈なダンジョン拘束具。ダンジョンの扉を守っていたそれが今は無残にも真ん中から割れてその封印を解いてしまっている。


 彼女の胸騒ぎが余計に大きくざわめいた。


「これってまさか……一人でダンジョンに入ったんじゃ……!?」


 彼女のその予感はを除けば概ね的中していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る