第6話――地下室へと①

 【湊川ダンジョン】がある地下室へ向かう途中、俺は春崎に会いに行ってみようと、一年生の教室がある一階のフロアに立ち寄った。


 流石に下級生のクラスに上級生がいるのは目立つかと思ったが、廊下の角を曲がってみると、賑やかな声が聞こえてきた。


「野球部マネージャー募集してまーす!」

「そこ君ー! バレー部興味ない?」

「これから音楽室で吹奏楽部の演奏会がありまーす! 興味のある人は是非来てくださーい!」

「あ、あの……ゲーム部……ありまーす……」


 とまあ、こんな感じで色んな部活動の生徒が新入生の勧誘のために廊下の端に寄って、下校途中の新入生たちに呼びかけていた。


 普通はこういう部活勧誘は玄関外や校門付近などで行っているものだが、大所帯の部や屋内での活動がメインなところはこんな所でも勧誘している。


「去年入学した時を思い出すな……」


 自分の時は野球部や運動部などからよく勧誘されていた。今でもたまに声をかけられたりするのだが。


(春崎の姿は……これじゃあわからないな……)


 溢れかえるほどとは言わないものの、廊下はかなり混雑していて人探しどころでは無さそうだ。


 仕方無しに諦めて踵を返して地下室の方へと向かう。




「おや……今の人は……」


 そんな背後からの視線に、俺は気付くこともなく、地下室のある方へと歩いていった。



――――――◇◆―――――――


 その地下室への入口は二カ所あり、一つは体育館裏手の職員用駐車場の近く、もう一つは理科実験室や調理実習室などがある実習棟のさらに奥に隠されている。今から俺が向かうのはその内の後者の方だ。


 実習棟で活動する部も今は新入生の勧誘作業で出払っているのか建物の中はとても静かだった。辺りを見回し、人の気配を警戒しつつ、廊下一番奥の扉の前まで来ると、あらかじめ持っている合鍵で扉を開けて中へと入る。


 壊れた実験器具や体育道具、あとは何に使うものなのか分からないガラクタで溢れた室内を進んだその奥に、小学生が使うようなとても低い三段ほどの古びた跳び箱が部屋の隅にちょこんと鎮座している。


 その跳び箱の前に立って、褪せた白い布が張られた最上段を持ち上げれば、空洞になっている跳び箱の木枠の下に地下へと繋がる階段が姿を現す。


 かなり雑な隠し方だが、これで誰にも発見されていないのだから不思議だ。


 俺は躓かないよう気を払いながら跳び箱の木枠を跨いで階段を降りていく。その際、きちんと跳び箱の最上段を被せて階段を隠すのを忘れない。

 あらかじめ用意した外靴に履き替え、手持ちの懐中電灯で道を照らしながら階段を降り、地下に張り巡らされた通路へ出て更に進めばあの地下室の前へと辿り着く。


 鉄ごしらえの戸の鍵を開け中に入り、壁の蛍光灯のスイッチを入れると年季の入った灰色の壁に囲まれた部屋の姿が照らされる。昨日と相変わらずややカビ臭い匂いが鼻の奥を刺激する。


 奥の壁にはダンジョンへと繋がるアルミ製の両扉があり、ドアノブを固定する拘束具は昨日鍵をかけた時のままだった。


「先生は……やはりまだか……」


 腕時計を確認しながら教科書の入った鞄を部屋中央のテーブルに置き、着替えの入ったリュックを持ってパーテーションの裏に向かう。


 とりあえず先に着替えて準備をしておこう。昨日の作業の後、『鉄穿丸』の手入れもろくにできていなかったし。


 着替えスペースに置かれた会議テーブルの上にはその『鉄穿丸』の入ったジュラルミンケースが置いてある。いくら『ダンジョン探索許可証』を所持してるとはいえ、こいつは刃物がついた立派な凶器。未成年が外へ気軽に持ち歩ける代物ではないので、普段はここに置きっぱなしだ。


 ケースを開けて三本に分割された『鉄穿丸』のパーツを確かめてみると、昨日戦ったドグーの土片がまだ刃にこびりつき、柄には三本の引っかき傷があった。


 買ってまだ半年たらずだが、元々中古品であったため、既にガタが来ていてもおかしくない。きちんと修繕を行えばなんとか使えるのだろうが……。


 自分が今首に下げている魔装具ジュエルアクセは、元々は源先生が使っていたものを譲ってもらっただけあって意外と性能は悪くない。ただ、耐用年数がどうとか言ってた記憶があるのでこいつもそろそろ限界が近いのかもしれない。


 他にも胴防具プロテクターやらダンジョン用安全靴やら照明兼マーキング用のトーチライトの補充やら、ダンジョンに入るには色々準備や手入れが必要なのだが……。


 俺はため息をついて天井を見上げる。


「金が無いしなぁ……」


 装備を整えるにしても、それだ。


 本来なら武器の扱いに関しても道場なり、訓練所なり然る所へ通うべきなんだろうが、今の俺には教習料を支払える余裕はない。


 今の俺に出来ることと言えば自主的にがむしゃらに鍛えるしかない。例え最低難易度のダンジョンでも肩慣らしにはなる。もっとも、俺はそんなダンジョンですら一人では踏破したことは無い。


 というか、今俺が持っている『ダンジョン探索許可証』ライセンスのレベルでは単独でのダンジョン侵入は不可能なのだけど……。


 コンコン……。


「ん?」


 不意に、入口の戸からノックするような音が聞こえた。


「――――――、――――っ」


 外から誰かの声らしきものが聞こえてくるものの、鉄製のそれ越しだとそこまで聞こえづらかった。


 もしや、源先生だろうか。


「先生、扉は開いてますよ。今パーテーション裏で着替えてます」


 やや大きめな声を出して俺は『鉄穿丸』のケースを閉じ、急いで上着を脱ぎ始めた。早く準備を済まして『鉄穿丸』の手入れをしないと……。


 ガラリと、入口の戸を開ける音が聞こえる。


「すみません、先生。俺まだ着替えてて――」

「ごめんくださーい」


 ん? なんだ。急に先生の声が若返った?


 いや、別人だ。というよりこの声は……。


「――――は?」


 思わずパーテーションの裏から顔を出すと、出入り口の鉄戸に何者かの姿がいた。


「あ、せんぱーい! こんなところにいました!!」

「は、は……春崎!?」


 そいつは忘れもしない。昨日の騒ぎで出会ったあのトンチキ美少女そのものであった。

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