第19話

 和花ちゃんがあっさりと男の首を斬り捨てたせいで、助けられたはずの女の子はむしろ怯えたように肩を震わせていた。ボロボロに乱れた服を直すことすら忘れて、ただ地面に座り込んで目の焦点を失っている。

 そりゃそうだ。あんな状況でいきなり血まみれの人死にを見せられたら、無理もない。私も正直、血の臭いが強すぎて気持ち悪い。……すぐに離れないと魔物が集まってきちゃうかも。


「……大丈夫、だから。もう安全だからね」


 私はできるだけ優しい声を作って、彼女にそっと近づいた。かがみ込んで、その肩にそっと手を置く。

 その瞬間、ビクリと痙攣したように震えた彼女が、悲鳴のような声を上げた。


「いやっ……来ないで……っ!」

「あ、だ、大丈夫だから! 私は敵じゃないから、ね?」


 反射的に手を引っ込めたけど、それでも彼女は怯えたまま後ずさる。切り揃えられた金髪が土埃にまみれて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔がひどく痛々しい。

 それでも私は諦めず、できるだけゆっくりと、怖がらせないように声をかける。


「怖かったよね。でも、もう大丈夫だから……あの人、悪い人はもういないから……」

「う、だ……だって……目の前で……」


 嗚咽混じりにそう言って、彼女は震える指で目の前の死体を指差した。首のない男の体は、まだ地面に血溜まりを広げている。

 それを見て、私も思わず目をそらしたくなるけれど、でも今はそれどころじゃない。


「見ない方がいいよ。怖いよね……だから、ね?」

「……いや……いや、あ、ああ……」


 彼女はうわ言みたいに首を振って、それでも震える手で自分の服を掻き抱いた。胸元は破けて肌が覗いていて、思わず目を伏せる。

 ああもう、ひどいことをされたんだなって、一目で分かってしまった。胸が締め付けられる。多分、私たちより年下の女の子が大人の男に……どれほど怖かっただろう。


「宿に行こう? ここじゃ落ち着けないし、服も……私の、貸すから」

「う、そ……」

「嘘じゃない。和花ちゃんもいるし、安心して」


 それでも彼女は半信半疑みたいに私の顔と和花ちゃんの顔を見比べる。和花ちゃんはさっきと変わらず無表情で、剣を軽く払って血を落としている。

 それがかえって怖いんだろうなって分かって、私は慌てて和花ちゃんに視線で合図した。


「……悪かった」


 和花ちゃんが短くそう言って、少しだけ剣を下げる。和花ちゃんが謝るなんて、よほど彼女が追い詰められて見えたんだろう。その言葉に少しだけ気圧されたのか、彼女はおずおずと私に手を伸ばした。


 その手を、私はそっと包む。ひんやりと冷たくて、あまりにも震えていて、泣きたくなる。きっと私なんかよりずっと弱くて、ずっと怖かったんだろう。


「大丈夫、だからね。宿に行こう? ゆっくり休んで、それから考えよう」

「……う、うん……」


 小さく頷いた彼女の手を引いて、私はその場を離れる。

 振り返ると、和花ちゃんは少し離れた場所で私たちの後ろを見張るように歩いてきていて、それだけで少しだけほっとした。

 でも、さっきの冷たい瞳を思い出すと、やっぱり胸の奥がざわついて――私はその違和感を、必死に飲み込んだ。

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