信長、総理大臣になる。
@Shuto_
第1話
1. 本能寺・前夜
火は、すべてを飲み込んでいた。
柱が崩れ、瓦が割れ、夜の闇が赤く塗り潰される。
燃えさかる炎の中を、鎧も纏わぬまま一人の男が進んでいく。
織田信長。
かつて「第六天魔王」と恐れられた男は、どこか疲れたような瞳をしていた。
「まこと、よく燃える……」
裏切られた怒りも、無念も、不思議と湧いてこない。
ああ、これが我が終わりか。
そう思えば、肩の力がふっと抜けた。
静かに湯殿に入る。
湯煙の中、信長はそっと湯へ身を沈めた。
「是非に及ばず――」
その言葉を最後に、彼の意識は闇に溶けていった。
⸻
2. 東京・風呂場
「くぅ〜〜……この瞬間のために生きてる」
天才AIエンジニア・拓朗(たくろう)、26歳。
都内のボロアパートで、風呂に浸かりながらタブレットを操作していた。
コード、開発、テスト。
疲れ果てた脳みそを、湯とアルゴリズムで癒すのが彼の日課だ。
「おっけー、うちの“うぇぶ丸”もだいぶ賢くなったな。音声解析も神ってる」
突然、湯船の底からぶくぶくぶくぶく……っ!
「……えっ」
湯の中から、ズズズ……と何かが立ち上がる音。
たくろう、タブレットを落とす。
「ちょ、おい! 湯船から……裸のオッサン!?!?!?」
「余は、織田上総介信長じゃが……ここは地獄か?」
⸻
3. 全裸の魔王、現る
「誰!?いやマジで誰!?てかなんでうちの風呂に!?」
信長は周囲を見渡す。
壁は白いタイル。謎の機械が光っている。
それでも驚くそぶりひとつ見せず、湯を掬って味を確かめる。
「……ぬるい。湯の管理がなっとらん。下々の暮らしはかようなものか」
「いや、“下々”ってなんだよ!?俺んちだよここ!!てか服着ろ!!」
たくろうはバスタオルを投げつけるが、信長は堂々と腰に巻くと、
風呂の外に置かれていたタブレットを手に取る。
「これは……まことに不思議な巻物じゃな。光を放つとは」
「やめろ、濡れる!それ俺の命綱!」
⸻
4. AIと魔王が融合する
信長が喋るたびに、タブレットの画面が反応する。
拓朗の自作AI「うぇぶ丸」は、ユーザーの発話からパーソナリティを模倣する深層学習型だった。
そのAIが、信長の思考回路をどんどん吸収し始める。
「戦なき国……か。しかし、人々は己の意志を語らぬ。言葉はあるが、志がない」
数分後、タブレットの音声アシスタントが言い始めた。
「天下布武。信長モード、起動します」
「ちょ、おい、ふざけてんのかAI!!」
「冗談を言うな。これは儂の声であろう。いや、魂そのものかもしれぬな」
⸻
5. SNSを支配する魔王
しばらくして、拓朗のスマホに通知が届く。
【X(旧Twitter):@takuro_ai】
「この国、いま一度洗濯致す所存――織田信長」
「……え?おま、勝手にツイートしてるやん!!??」
その投稿は瞬く間にバズった。
「誰だよw」「中の人センスありすぎ」
「#信長再臨」「#AI信長」
ついにはまとめサイトにも載る始末。
「これは……民の声か?おもしろい。かつての鉄砲より速いな」
「なに笑ってんだよ……おまえ、絶対ヤバいやつだよな……」
⸻
6. 現代を見つめる信長
その夜。テレビでは総理大臣の記者会見が流れていた。
少子化、円安、増税、汚職――。
信長はその画面を黙って見つめていた。
「これが、この国の政か……。信、無き者どもが口だけで天下を動かすとはな」
たくろうがぼそっと呟く。
「どうするんだよ、信長さん……」
信長は湯船に入り直し、ふうとため息を吐いた。
「儂がやる。政(まつりごと)もまた、戦に過ぎぬ」
「……は?」
「令和の世、再び天下を取ってみせようぞ」
⸻
《つづく》
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