第1章:追放と覚醒、掌の上の奇跡
「いい加減にしろ、この無能がッ!」
怒声と共に、腹部に強烈な衝撃が走った。俺、レイ・アークライトは、ゴフッと鈍い音を立ててダンジョンの壁に叩きつけられる。視界が明滅し、口の中に鉄の味が広がった。
「アレクシス様!なんてことを!」
聖女セラフィーナの咎めるような声が響くが、その声色には微塵も俺を気遣う響きはない。むしろ、嗜虐的な喜びすら感じられた。
「うるさい!こいつのせいだ!こいつが罠の解除に手間取ったせいで、俺が手傷を負ったんだろうが!」
そう叫ぶのは、この勇者パーティ【太陽の剣】のリーダー、勇者アレクシス。金色の髪を輝かせ、いかにも「選ばれし者」といった顔立ちをしているが、その内実は嫉妬と自己愛の塊だ。
違う。罠の解除に手間取ったのは、賢者ゲオルグの解読ミスが原因だ。俺はゲオルグが間違った手順を伝えようとしたのを、咄嗟に庇って正しい手順を伝えただけ。だというのに、アレクシスの攻撃魔法が暴発し、その余波で彼自身が壁に腕をぶつけて擦りむいただけの話だ。
「しかし、レイのスキルは【収納(小)】。戦闘能力は皆無です。彼に多くを求めるのは酷というもの……」
「そうだな。そもそも、荷物持ち風情がパーティにいること自体が間違いだったんだ」
ゲオルグと、剣聖ライオスが追い打ちをかけるように俺を蔑む。そうだ。俺の職業は【荷物持ち】。スキルは、わずかなアイテムしか収納できない【収納(小)】。それが、神殿で与えられた俺の全てだった。
だからこそ、俺は努力した。誰よりもダンジョンの構造を学び、モンスターの弱点を覚え、パーティの誰もが気づかないような隠し通路や罠の気配を察知してきた。そのおかげで、このパーティがどれだけ危機を回避できたことか。
だが、彼らは決してそれを認めなかった。手柄は全て自分たちのもの。失敗は全て【荷物持ち】の俺のせい。都合のいいサンドバッグであり、便利なだけの奴隷。それが、彼らにとっての俺の価値だった。
「もういい。お前はクビだ、レイ。いや、追放だ」
アレクシスは冷酷に言い放つと、俺の腰から装備袋を奪い取った。中にはなけなしの金貨と、道中で手に入れたポーションが入っている。
「これは迷惑料として貰っておく。そのボロい服と、腰のナイフくらいはくれてやる。感謝しろよ」
「ま、待ってください!これでは……!」
「なんだ?文句があるのか?」
ライオスが巨大な剣の柄に手をかける。その目には、虫けらを見るような侮蔑の色が浮かんでいた。
俺は唇を噛み締めた。ここで何を言っても無駄だ。俺はなけなしの装備と金を奪われ、傷ついた体で、モンスターが闊歩するダンジョンの中層に置き去りにされた。
遠ざかっていく彼らの背中を見ながら、俺の心は冷え切っていく。これまで信じてきたものが、音を立てて崩れていく。真面目に、誠実に尽くしてきた結果が、これか。
絶望が全身を支配し、その場に崩れ落ちた。腹の痛みに、心の痛みが重なる。このまま、モンスターに食われて死ぬのだろうか。
「……ふざけるな」
絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、乾いていた。
「ふざけるなッ!」
何が勇者だ。何が聖女だ。あいつらはただのクズじゃないか。俺の努力も、献身も、全て踏みにじり、ゴミのように捨てた。
こんな奴らのために、死んでたまるか。
怒りが、絶望を焼き尽くしていく。その時だった。
俺の意識の奥深くで、何かがカチリと音を立てて噛み合った。
――『生存への渇望を確認。第一条件(ファースト・コンディション)をクリア』
頭の中に、無機質な声が響く。なんだ?幻聴か?
――『所有者による理不尽な追放を確認。第二条件(セカンド・コンディション)をクリア』
――『偽装スキル【収納(小)】を解除。真のスキル【無限ガチャ】をアクティブ化します』
目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。ゲームのステータス画面のようなそれに、俺は呆然とする。
【名前】レイ・アークライト
【職業】荷物持ち → 変革者(トリックスター)
【スキル】無限ガチャ
【説明】一日一回、ランダムで何らかのアイテムを排出する。排出されるアイテムの価値は、使用者の運命力に比例する。ハズレなし。
「……無限、ガチャ?」
なんだ、これは。俺のスキルは【収納(小)】のはずじゃ……いや、偽装?これが、俺の本当の力?
ウィンドウには、巨大なガチャマシンのようなアイコンが一つだけ表示されている。その下には『本日のガチャを引きますか? YES/NO』の文字。
一日一回。つまり、今なら引けるということか。
震える指で、俺は『YES』の文字に触れた。
瞬間、目の前のウィンドウがまばゆい光を放つ。虹色の光が渦を巻き、やがて一つのアイテムのイメージへと収束していく。
――『排出アイテム:伝説級魔剣【夜天の星喰らい】』
――『排出アイテム:初心者向けサバイバルセット(レーション一週間分、万能ナイフ、着火具、浄水フィルター、最高級ポーション×3)』
光が収まると、俺の手の中にずしりとした重みが生まれた。黒曜石のような鞘に収められた、美しい片手剣。そして、もう片方の手には頑丈そうなポーチ。
ポーチの中には、ウィンドウに表示された通りのサバイバルグッズと、瑠璃色に輝く三本のポーションが収められていた。アレクシスたちが持っていた安物のポーションとは比べ物にならない輝きだ。
俺は迷わず一本を抜き、傷ついた腹に振りかけた。すると、温かい光が傷を包み込み、あれほど酷かった痛みが嘘のように消え去っていく。服をめくると、そこには傷跡一つ残っていなかった。
「……すごい」
これが、俺の力。一日一回、何でも手に入る【無限ガチャ】。
そして、この剣……【夜天の星喰らい】。鞘から抜き放つと、星空を溶かし込んだような美しい刀身が現れた。振るってみると、まるで体の一部のようにしっくりと馴染む。
俺は立ち上がった。絶望はもうない。代わりに、腹の底からフツフツと力が湧き上がってくる。
「見てろよ、アレクシス……」
俺は、手に入れたばかりの伝説の剣を握りしめる。
「お前たちが捨てた“荷物”が、これからどうなるか。せいぜい、後悔に震えるがいい」
自由になった俺の冒険は、そして壮大な復讐劇は、今この瞬間、幕を開けたのだ。
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