2

 だが、その時。


 いきなり警報が止まる。


 ……え?


 操縦桿を戻してGを緩め、俺は後ろを振り返る。


 ついさっきまで俺の機体の真後ろに食らいついていたはずの敵機が、姿を消していた。


 いや、待てよ……


 操縦桿を左に倒して180度ロール。一瞬カウンターを当ててロールを止め、操縦桿を戻す。機体が背面に。俺は顔を「上」 (外から見たら「下」だが)に向ける。


 いた。敵機はスプリットS(逆半宙返り)を打って一気に降下し方向転換していたのだ。そしてそのまま遠ざかっていく。


 ……ふう。


 思わずため息が漏れる。助かったのだ。おそらく敵機はトラブルを起こしたか、燃料切れビンゴにでもなったのだろう。


 とは言え、こちらも燃料は残り少ない。本来なら脱出した俺の相棒の "サム" こと神保じんぼ おさむ三尉が救出されるまで上空を哨戒CAPすべきなのだが、この燃料ではちょっと無理だろう。


 無線で状況を防空司令部に報告すると、やはり、帰投せよという命令が下った。


「ドラゴン02フライト、コンプリートミッション、RTB (ドラゴン02飛行隊、任務終了、帰投する)」


 宣言し、俺はホームである航空宇宙自衛隊 小松基地に機首を向ける。


---


 それから二日後のことだった。


「失礼します」


 ノックに続けてそう言うと、俺は司令室のドアを開ける。中に進んで、敬礼。


「おう、"カーシー"。一昨日は大変だったな。だが、二人とも無事で何よりだよ」


 小松基地司令である竹中たけなか 克敏かつとし空将補が、答礼してにこやかに言う。五十代後半にしては若々しく見えるが、さすがに髪には白いものが混じっている。


 "カーシー" というのは俺のTACネーム (戦術名Tactical Name)だ。戦闘行動中は常にパイロットはTACネームで呼びあうことになっているが、なんだかんだで平常時もその名を使っていたりする。

 俺のTACネームの由来は、本名の加藤かとう 章一しょういちの、名字と名前のそれぞれ最初の一文字を並べただけだ。ちなみに司令のTACネームは "バン" 。竹中の「バンブー」から来ているらしい。飛行時間は規定ギリギリだそうだが、一応司令も未だにパイロットの証であるウイングマークを胸に付けている。


 あの後、"サム"は着水して海面に浮かんでいたところを救難隊のヘリコプターUH-60Jに無事救助された。射出座席イジェクションシートによる脱出は瞬間的に10Gを超える加速度がかかるため、それだけでもパイロットの体にダメージを与える恐れがあるのだが、幸いなことに彼の体には特に異常はない、とのことだった。


「ええ、全くですよ。ところで……何の御用ですか?」


「うむ……」司令は眉根を寄せた。「君は二日前の空戦で、何か気づいたことはなかったかね?」


「気づいたこと、ですか?」


「ああ。敵機の様子がおかしかった、とか」


「うーん……おかしいと言えば……完全にレーダーロックされて、撃たれるって思ったんですが、敵機はなぜかロックを外して離脱して行ったんですよね。フュエルビンゴだったのかもしれないですけど」


「それは何時ごろの話だ?」


「ええと……そうですねぇ。交戦停止ディスエンゲージしたのは……」俺は自分の時計を見る。「一五〇〇ヒトゴーマルマル時くらいですかねぇ……」


「……」司令は難しい顔で腕を組んだまま、しばらく黙っていた。が、


「やはり、か……」そう言って、また沈黙する。


「やはり、って……なんですか?」


「今から話すことは、君がドラゴン(第303飛行隊のコールサイン)の飛行隊長であり、なおかつ事件の当事者でもあるからこそ明かせる内容だ。くれぐれも他言無用に頼む」


 顔を厳しく引き締めて、司令は俺を見据えた。


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