ダンジョンで美少女を助けたら監禁された
砂塔ろうか
第1話 ダンジョンで美少女を助けたら
——ダンジョンで美少女を助けたらバズった。僕の友人がそんなラノベの主人公みたいなシチュエーションに遭遇したのは、去年の十一月のことだった。
助けた相手は、急速に人気を伸ばしつつあった新人ダンジョン配信者。ワダツミダンジョン20階層のボスをソロ攻略して魔剣レーヴァテインを手にした少女——【業炎若姫】小鳥遊ミツキ。
彼女が炎属性無効の魔物に襲われていたところに割って入っていき、協力してモンスターを討伐。それが小鳥遊のライブ配信に映し出された結果、彼は瞬く間に有名になってしまった。
小鳥遊ミツキとのコラボ配信をするようになり、デートにも行き、ついにはクリスマスの夜を一緒に過ごす仲に。
この世の春を謳歌するっていうのはああいうことなんだろう。
……うん。まあそれはいい。別に構わない。羨ましいという気持ちは大いにあるが、年頃の青少年として非常に妬ましいところだが、それはあいつが勇気を出して行動した結果なのだから。
僕だって、友人があの状況で飛び出して行ける人間であることを誇らしく思わないでもない。
——問題は、あいつが、東雲の奴が僕とのパーティを解消して小鳥遊ミツキと新たにパーティを組んだということ。
「悪い! 秋星! ……ミツキの奴、俺としかパーティを組みたくないって言ってて……お前は俺なんかよりずっと有能な奴だって説明はしたんだが……」
心底申し訳なさそうに頭を下げる東雲に、僕は恨みごとなんて言えやしなかった。
度量の狭いヤツだと思われたくなくて、僕は二人の未来を祝福した。
「気にしないでよ。僕なら誰か新しくパーティ組んでくれそうな人探すからさ。それともお前は、僕が親友の出世と恋路を応援できない、器の小さな男に見えるのかい?」
そう言って、精一杯取り繕った。上手く笑えていたかは自信がなかった。
「すまん。サポーターのお前じゃソロ攻略は難しいのに……その、何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ」
「小鳥遊さんと仲良くやれよ」
こうして、僕、秋星ハルと東雲ナツのパーティ——「春夏」は終わりを迎えた。1月3日、元旦のことだった。
————それから2ヶ月。
僕は窮地に陥っていた。
「……このままじゃ、今月の家賃が支払えない」
ダンジョン探索者は人気の職業だ。
危険は多いが、未知の構造物やそこから発見される遺物にはロマンがあるし、何より国が遺物を高額で買い取ってくれるから金になる。
ダンジョン探索の様子を配信するダンジョン配信者になれば配信の広告収入やスーパーギフト――いわゆる投げ銭で稼ぐことだってできる。
つまるところ、ダンジョン探索者は夢のある職業……というのが、世間一般の認識。
だが、現実はそう甘くない。
ダンジョン探索は確かにお金になる。ダンジョン内に転がってる石ころを集めて持ち帰るだけでもそれなりに稼ぐことができる。
とはいえ、そうして得た収入の大半は探索者ライセンスの更新費と探索用装備に消えてしまうのだ。
モンスターを倒し、ドロップアイテムを持ち帰れば一気に収入は上がるものの、モンスター討伐のために怪我をすれば高額な治療費がかかって逆に借金をすることになりかねない。
そして、何よりの問題が――家賃である。
ダンジョン探索者は人気の職業だが、どこでもできる仕事じゃあない。この地球上にたった13本しかない「至天の塔」、その周辺にしかダンジョンは出現しないのだ。
結果、「至天の塔」周辺の土地は値段が異様に高くなり、家賃だってどれだけ釣り上げようと入居希望者が後を絶たないのでよく伸びる竹のように高くなる。
実入りは良いが、それ以上に出費が嵩むのが探索者という仕事の実態であり、それゆえにみんな、配信者だの企業のイメージキャラクターだの、ダンジョン探索以外の稼ぎ先を持っているのだろう。
――では、僕の場合はどうか。
ダンジョン探索者としての収入は下の下。東雲と組んでた頃は中の下くらいだったのだがアタッカーとしてモンスターを討伐してくれてた東雲がいなくなったことで収入は一気に落ちた。
配信者としての収入については皆無。元々、東雲と組んでた頃から登録者数は微々たるもので、広告収入やスーパーギフトが解禁される条件を満たしちゃいなかった。
バイトを増やすことも考えたが、これ以上増やせばダンジョン探索に使える時間がなくなりかねない。それでは本末転倒だ。
――僕には、ダンジョン探索者を続けたい理由がある。
こんなことで道を閉ざされるわけには行かないのだ。
そう、たとえどんなに汚い手を使ってでもこの仕事にしがみつきたい理由が、僕にはある。
□□□
3月3日。この日のダンジョン探索はいつもとは違う。
「……つまりさ、ソロで活動してる配信者複数名の配信内容と主要な活動区域、次回配信の予定を調査した結果、今日、3月3日、午後3時のワダツミダンジョン第3層にちょっとした
今日の計画を、僕は揚々と語る。
「僕は今日、このホットスポットに乗り込んで、彼ら彼女らの視聴者が見てる前で全力で頭を下げる。頼み込む。パーティを組ませてほしいと。必要とあらば土下座だってする覚悟だ」
『…………お兄ちゃん。お願いだから、恥ずかしいマネしないで』
自信満々に告げた計画に対し、妹はため息で応じた。
『てかそんなことするくらいならさ、ダンジョンの外で声かけたら良いじゃん。人目につく場所なんていくらでもあるでしょ?』
「この街は駄目だ。ダンジョン探索者のためにある街だから、どいつもこいつもいわゆる業界人でさ。哀れなサポーターのパーティ加入申請を断った程度で株が下がるなんてありえないんだよ。…………だが、安全圏である本土から配信を見てる一般視聴者なら話は別!! 『断るなんてひどい、冷たい』と視聴者に思われたくなくて僕の申し出を承諾……もしくは、お試しでパーティインさせてくれる、はず!!」
『アポなし突撃は本土でも非常識なやつって思われるのがオチだよお兄ちゃん……』
僕の妹は少し見ないうちに立派に育ったようだ。容赦ない正論に、涙が零れそう。
「ま、まあそれはサブプランだから安心してくれ妹よ」
『声、引きつってるけど』
「ん゛っんん! お前、去年の11月のこと、覚えてるか?」
『ナツくんのこと? あのミツキちゃんを助けた……って。まさか』
僕の妹は賢い。僕の狙いをすぐに察したようだ。
「そう。ピンチに陥ってるところを助けるんだよ。恩を売ってパーティ加入を申し込む」
『ムリムリムリ! 絶対ムリ! だってお兄ちゃん、最弱モンスターのホタルイモムシにも勝てないじゃん! クソ雑魚ナメクジじゃん!』
「違う!! これでも逃げ足なら誰にも負けないんだぞ!! ナメクジなんて言うな!」
『せめてクソ雑魚を否定して!?』
「ともかく、東雲のように魔物を倒すことはできなくても、窮地に陥った人を連れて逃げ出すことくらいなら僕にもできる」
だからこそ、ターゲットはソロ探索者でなくてはならない。複数人でパーティを組んでる場合、僕一人では全員を助けるのは不可能だからだ。
『……まあ、百歩譲ってそれは認めるけどさぁ』
妹は呆れたような声で言った。
『それ、ピンチになるまでひたすらストーキングするってことじゃん。人としてどうかと思うよ』
□□□
とうに正攻法は試したのだ。妹に何を言われても僕のプランに変更はない。
今日は、ホットスポットが出現する2時間前にダンジョンに入っておき、そこで配信をすることにした。
普段どれだけ撮れ高がなくても配信してるって言うのに、今日だけ配信しないというのも不自然だ。だから、あくまで今日も採集のためにダンジョンに入ったというアリバイ作りの配信を行う。
ホットスポットにはあくまで、「ダンジョンを抜ける途中にたまたま通った」という体裁で入る。ピンチに陥った探索者を助けるのもあくまで「たまたま、帰る途中に」だ。
したがって、今日の配信では第3層よりも深く――第5層まで潜ることにする。
緑豊かな、森のような地形の第4層までと違い、第5層から先は仄暗い洞窟の中という印象だ。
天井や壁の各所に発光する鉱石が埋まっているから視界は悪くないが、一人で来ることはあまりない場所ということもあり、やや緊張する。
◯今日はいつもより深く潜るんだね
配信機材――ドローンが空中に投影するコメント欄に、そんな文字列が表示される。いつも僕の配信を見てくれている人からのものだ。
ちなみに、以前それとなく確認したことがあるのだが妹ではないらしい。
「お兄ちゃんのために2時間も使うくらいなら勉強する」と言っていた。そこまで言わなくてもいいじゃん。
「うん。いつまでも浅いところに留まってるのもどうかと思うから、今日はちょっと挑戦してみることにした。お金も欲しいしね」
事実として、魔石を含めたアイテムの価値は深層から産出されたものほど高くなる。
といっても、5層程度では僕の現状を打開するほどの儲けにはならないのだが……。
その時。
「きゃっ」
僕は不意に、鈴の鳴るような声を聞いた。
耳にしたのは僕と、
○何、今の声。確認したほうが良いんじゃない?
僕の配信を見てくれていた、たった一人の視聴者のみ。
————これは、ひょっとするとチャンスかもしれない。
本来の予定では第3層でやる予定だった救出作戦を今、ここでできるかもしれない。
迷いなく声のした方へと走り出す。
いくつかの角を曲がった先、声の主と思しきピンク髪の少女が足を負傷して倒れているのを見つけた。
少女の眼前には、牛の頭に人の身体を持った図体の大きな赤毛のモンスター。身長は3mはあろうか。洞窟の中に立つその巨体は威圧感が尋常ではない。
「レッド・ミノタウロス!? もっと深層に出るはずの魔物がなんで……!!」
普通、20層とかに出るような魔物だ。こんな浅いところに出るはずがない。
だけど、ならばこそこれはチャンスだ。これほど強い魔物が相手なら、助けた後で「一人で討伐できたのに」と抗議される可能性は低いはず。
とはいえ、20層の魔物は大抵反射神経が図抜けて高い。僕の足がどれだけ速くとも、近づいた瞬間に手に持った斧を雑に振られて、最悪僕の身体は真っ二つだ。
安全に接近して離脱するには、一工夫いる。
「大丈夫。僕のスキルならこのくらい……」
呟き、自分に言い聞かせる。スキルの発動には「自分ならできる」という確信が必要だ。心を乱せば、全部台無し。
スキル名を告げ、発動させる。
「——【ステルス】」
【ステルス】は周囲から認識されにくくなるスキルだ。これでレッドミノタウロスと少女の間に身を割り込ませ、その華奢な肩に触れた。
【ステルス】の効果は触れている相手には効果がない。彼女から見れば急に出現したであろう僕を見て、そのピンク色の髪の女の子は驚いたように目を見開いた。
「っ!? ハルくん……?」
「!? なんで、僕の名前を……いや、とにかく今は逃げよう! …………ほら、はや、————く?」
手を引き、逃げようとしたのに。僕の身体は少しも前に進まない。彼女の手をどれだけ引っぱってもびくともしない。
座り込んだままの少女の手。僕の手を握り締めているそれが、一瞬、獲物を掴まえて放さない蛇のように見えた。
「よかったあ……ハルくんちゃんと、私を助けてくれた」
ピンク髪の少女が呟く。なんだ、今はそんなこと言ってる場合じゃないのに。
ていうか、なんで彼女は僕の名前を知ってるんだ?
「なんで僕の名前、を…………っ!?」
その時。僕は彼女の手元にありえないものを見た。
「そ、それ……」
「あ、気付いた? うん。そうだよ。これ、スマホって言うんだよね」
少女が笑って見せたのは、どこにでもあるような薄桃色のスマートフォン。その画面には、僕と少女自身の姿――いま、まさにそこのドローンを介して発信している、僕の配信映像が映し出されていた。
けど、それはおかしい。おかしいのだ。
ダンジョン内で他人のダンジョン配信を見ることはトラブル防止の観点から禁止されている。
スマホの持ち込みは禁止。ダンジョン配信には発信専用に調整された配信用ドローンのみが使用を許される。
だからこそ僕だって、不確実な配信予想区域と時間帯を割り出したうえで今日の作戦を立てたのだ。
それなのに、この子は、この女の子は僕の配信をダンジョン内で見ている……? 入場時の持ち物検査をどうやって通過したんだ?
「……あれ? どうしたの?」
きょとんとした表情。猫を思わせる形の整った目が不思議そうにこちらを見つめていた。
「秋星!」
叫び声を聞いて、ハッと我に返った。
声のした方を見れば、そこには黄金の剣を手にした東雲ナツがいた。
なんでここに――と疑問を抱いた瞬間、僕は誰の告げ口か理解する。そもそも、容疑者なんて一人しかない。
妹だ。あいつが東雲に今日の計画のことをバラしたんだ。
「今すぐそいつから離れろ!!」
妹の行動に思わないところはないでもないが、正直ここで東雲に出会えたのは幸運だ。東雲がいればレッドミノタウロスの討伐だって叶うかもしれない――!
「その女から離れろ!!!」
「……は?」
何を、言って……。
「あーあ。邪魔が入っちゃった」
さらりと、少女はそう言った。
東雲が剣を上げ、雷電と共に振り下ろす。その剣先は、僕の背後にいるレッドミノタウロスではなく、僕の前で座り込む少女に向けられていた。
喰らえば間違いなく消し炭となる。そう確信させる剣圧。
それは紛うことなく渾身の一撃だったはずだ。
なのに。
「怪我をしてる女の子には優しくしないと駄目だよ?」
ピンク髪の少女は、指一本でそれを受け止めていた。バチバチと弾ける紫電をものともせず笑っている。
「な、なにを……レッド、ミノタウロスが、そこ、に……」
眼の前の明らかな異常から目を背け、僕はそんなことを口走ってしまう。
「ん? ああ、ハルくん。それなら心配しなくていいよ――ほら♡」
少女が言うと、レッドミノタウロスの身体はドロドロに溶けていった。そして、レッドミノタウロスを構成していたであろう泥はすべて、少女の長いピンク髪に吸収されて消える。
「秋星! こいつ、人間じゃない……! 今すぐ離れっ――――ぐ、あっ」
「東雲!?」
一際強い雷電が走ったかと思うと、東雲の身体がふっ飛ばされていた。
「安心して。ハルくんのお友達だもん、ちゃんと手加減はしたから」
ピンク髪の少女はそう言うとにこりと笑った。
「東雲ナツくん。ここに来たのが君一人で良かったよ。……あの泥棒猫と一緒だったら、手加減できたかわからなかった」
なんだ。
なんなんだよこれは。
「さ。それじゃ行こっか」
僕は配信映像に救いを求めた。今見ているのは全部幻で、現実の光景なんかじゃなくて、配信映像になら、真実が映っている――そう、思い込みたかった。
◯これからはずっと一緒だよ。ハルくん
僕の唯一の視聴者の、最後のコメントはそれだった。
ピンク髪の少女はにっこり笑う。
「良かったあ。やっと信じてくれたんだ」
何を、と告げようとした矢先。
「——【ナラク】」
僕と彼女の足下に巨大な穴があいた。
僕たちは闇の中を落ちていく。果てのない、闇の中を。いつ辿り着くともわからない底へ向けて。
聞こえるのは、風切る落下音と、笑い声。
「あははははははっ! これでもう、邪魔者はいないねっ!」
「………………っ」
「これからずぅっと……ずっとずっとずぅっと……君と二人きりっ! ねえ怖がらないで。ほら安心して」
ピンクの髪の女の子が、楽しげに笑う。どこまでも続くような闇の中を落ちている。それなのに彼女は心底楽しそうに、笑い続けている。
ふいに、身体にぬくもりを感じる。ふわりと桃のような香りがただよってきて、自分が抱き締められていることに気付いた。
「わたしが、君をうんと幸せにしてあげるから!」
——そんな言葉を聞きながら、僕の意識はフェードアウトしていった。
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