第5話 バトルも落語もコツは同じな件

 翌日、紗音を連れてやってきたのは都内の某小学校。ここで学校寄席が企画され、講師として私が呼ばれているのだ。

 学校寄席は落語家の大事な仕事の一つ。落語を聞いた事のない小中学生に授業の一環として落語を聞いてもらい伝統文化を勉強してもらおうというもの。こちら側としてもこれで未来のお客さんが増えるならありがたい事だ。

 紗音はこちらの世界の学校が珍しいからか楽しそうにキョロキョロしている。


「ねー、ユーシャ。これがこちらの世界のガッコウなのね。大きい! ステキ!」

「外では師匠って言ってね……。まぁこの学校くらいが平均的かな」


 異世界にも学校施設はあった。だが大体が数人に教える簡易的なもの。こちらの世界のように何百人も通うような学校はそれこそ貴族が住む大都市にしかなかった。

 紗音……カノンはカーズ村の教会で子供達を集めて簡単な読み書きを教えたりしていた。魔王退治に旅立ってできなくなったけど。あの子供達はどうしてるかな。


「今日はここでユーシャ……シショウがラクゴするのよね?」

「そう、この間とは違う……私の古典落語をよく見ておいて」


 私は異世界での冒険の経験を落語に盛り込んだファンタジー落語でブレイクした。古典落語だと天狗なのがドラゴンになったり、出てくる動物をファンタジーのモンスターに変えたり。古典落語のアレンジから完全新作までファンタジーネタの落語が若い人にウケたのだ。

 だけど落語初めての小学生にそれを聞かせるのは違うと思う。やはり落語の基礎……古典落語を聞いてもらう。


「コテンってユウダチシショウがやってたみたいのよね? ユーシャにできるのぉ?」


 弄るように紗音がニヤッとする。ちょっとナメてるな。

 確かに数年前の、事故から生還する前の私の落語はそこまででもなかった。特段下手くそでもないが良くもない平凡な落語。

 だけどファンタジー落語で数多くの現場、多くのお客様の前で経験した事により落語そのものの基礎力がアップした。基礎がなければアレンジもできないが、逆にアレンジを多く経験して基礎が上がる事もある。

 今の私は根底の古典落語でも勝負できる。ファンタジー落語が必殺技なら、古典落語はそこに繋げる為の通常攻撃のコンボだ。相手によって使い分けが大事なんだ。


「夕紗師匠、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 私よりもだいぶ年上の先生に師匠と呼ばれつつ、学校寄席の会場である体育館へ案内される。ステージの上に簡易的な落語の舞台――高座(こうざ)が作られていた。

 先生の紹介の後にCDで出囃子を流してもらい私は高座へ向かう。付き添いの紗音には舞台袖で見学してもらっている。横からだが高座の私も、子供達の反応もよく見える位置だ。

 高座へ向かいながら前を見ると100人以上の子供達が行儀よく座って拍手をしてくれている。これから最高に楽しい時間を味合わせてあげるから!


『どうもみなさんこんにちはー。今日はこれから落語を聞いてもらいます……』


 座布団に座り子供達全体を見渡しながらまずは挨拶。そして話しながらもどんな反応をしているか、どんな子達がいるかをチェックする。これが『観察』。


『……えー、みなさんにもそれぞれお名前が付いていると思いますが、これからそんな名前に関する落語をやりたいと思います。これはある夫婦のところにお子さんが産まれまして、その名前を付けるのに隠居さんの所へ相談に参りまして……』


 子供達の様子を見て演目を選ぶ。今日のネタは『寿限無』だ。その場の状況に合わせた武器を選択する。それが『選択』。


『寿限無 寿限無 五劫のすり切れ 海砂利水魚の 水行末、雲来末、風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助ちゃーん。学校行こう!』

『あら金ちゃんごめんなさいね。まだうちの……』


 ここですぐセリフに入らずにコンマ数秒子供達の意識を惹きつける。適切なタイミングで……


『寿限無 寿限無 五劫のすり切れ 海砂利水魚の 水行末、雲来末、風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助はまだねんねしてるのよぉ……』


 再び寿限無の言い立て。子供達の意識とタイミングを合わせた事により笑いが倍化した。これが『間』。


 この『観察』『選択』『間』という落語にも通じる技術を私は異世界での冒険で習得したのだ。

 これは旅の途中、パーティの仲間であり私の剣の師匠であるヒルンの教えだ。かつての冒険を思い出す……


「いいか、ユーシャ。戦いでは常にモンスターを観察、その場に応じた武器や技の選択、そして相手の隙をつく間が肝心だ。修行の成果を目の前のモンスターに示すがいい」

「はい、師匠!」


 目の前のゴブリン達を私一人に託してくれたヒルン。この時カノンは後ろで心配そうに見ていたっけ。

 ゴブリンといえばゲームでは雑魚キャラだが実際目にすると現実の世界では見られない異形、獰猛さに足がすくむ。だけれども倒さなくては前に進めない。


「観察……」


 私はゴブリンの様子を注意深く見た。三匹のゴブリンは示し合わせてか横並びから縦一列のフォーメーションにシフトしていく。ジリジリと詰め寄る足を見ると少し踏ん張っている。三匹とも飛び上がる気だ。


「選択……」


 恐らく連続で飛びかかってくるゴブリンを縦方向に両断する技を選ぶ。横に薙ぐ技なら鞘から抜刀した方が早いが、縦方向は予め構えていた方が早い。私は抜いた剣を大上段に構える。


「キェェェッェー!」

「来たっ……間だ!」


 予想通り立て続けにゴブリンが飛びかかってくる。私は技の射程範囲でゴブリンがピタッと重なるまで間を取り……


「でえぇぇい!」


 剣を振りかぶった。その刃と衝撃波で見事ゴブリン三匹は真っ二つになっていた。


「お見事……」

「ステキ! ユーシャ♪」


 ヒルンが小さく拍手をしカノンが笑顔で抱きついてきた。

 私も見事決まった時には爽快感があったな。ここまでできるようになるのにヒルンからの厳しい修行があったわけだがそれはまた別の機会に……。


 ……と落語の最中に冒険の記憶を思い出していた。この間0.3秒。落語家は落語の最中に脳内をマルチタスク的に展開させ目の前の客席の反応、落語のセリフ、過去の高座からの対処法など同時に複数の事を考える事ができる。今日はカノンがいた事とシチュエーションがハマりふとゴブリンとの戦闘が思い出されていた。

 『観察』『選択』『間』を修行と戦闘経験で身につけていた私だが、こちらの世界で目を覚まし落語をしている時にその経験が上手くフィードバックされていた。異世界冒険の要素を取り入れたファンタジー落語だけでなく古典落語にもそれは活きていた。

 今日なら子供達の雰囲気を『観察』し、今日一番ウケそうな『寿限無』を選択する、モンスターなら飛びかかってくる、子供達なら一番笑いが起きそうなタイミングまで『間』を取り技――落語を放つ。

 異世界での冒険が私の落語をワンランク以上も上のものにしてくれた。


『アーン、あんまり名前が長いからコブが引っ込んじゃった』


 最後にオチーーサゲのセリフを言うと子供達から笑いと大きな拍手が。今日のバトルは私の勝ちっと♪

 舞台袖へ戻ると紗音が顔を赤くして待っていた。


「ステキ! ステキ! ユーシャのラクゴってこんなに面白いものなのね。サイコーよ。惚れ直したわ」

「っと……抱き付かないでよぉ」


 感激したらしい紗音が飛びついてきた。満更でもないのだが先生が変な目で見ているので引き離す。

 先日のファンタジー落語はピンとこなかったようけど、紗音には古典落語は楽しめたみたいだ。とりあえず師匠としてかっこいいところを見せられたかな。


 校長室へ移動しお茶をいただき先生から感想を聞く。子供達も喜んでいたのでまた来年も来てほしいとの事だった。こうして裏を返す……また仕事を頼んでもらえるのは嬉しい。高座で結果を出したという事だからね。

 先生方に挨拶をし校長室を出て廊下を歩く。私は廊下の掲示物を懐かしがり見ていると紗音が立ち止まった。


「ユーシャ……あれ」

「ん……あ!」


 紗音が驚き指差した先にはなんと……


「おやおや、まさかこんな所で会えるとはな」

「な、なんで?」


 異世界の決戦で死に別れたと思っていた私の仲間であり剣の師匠、老戦士ヒルンがそこにいた。

 異世界の住人であるヒルンがなぜかこちらの世界の小学校の廊下にいて、ジャージを着て不敵に笑っていた。


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