第3章 秋、図書館のお兄さんと遊ぶ

第20話 仔猫

 田んぼの畦道に仔猫がいる。一週間も経つのに、同じ姿勢のままで。近くにはコンビニがある。誰もが見てみぬフリをしているのだ。

信也しんやだって、見てるだけでしょ。役所に通報するなり、自分で埋めるなりすればいいのに」

「だって、田んぼだよ。普通に、私有地だし。昔、班田収授法って習ったでしょ」

 桂司けいじは指を組み、伸びをした。

「まあ、普通、死体なんて触りたくもないよねえ。自分のペットが亡くなったのならともかく」

「面白い冗談だね」

 信也は長年妹のご遺体の一部を持ち歩いている人間を知っている。目の前の桂司だ。

「結局、みんな死んでいる仔猫より、生きている仔猫のほうが好きなんだよ」

「信也も死んでいる妹より、生きている妹のほうが好き? それが男の子でも?」

 桂司は長く息を吐き出した。上目遣い。

「形は同じなのにね。やはり、息をしているというのは、ものすごく安心するものなんだよ」

 信也はあごを触り、考えた。

「僕も恋人が愛でるなら息をしている妹のほうがいいよ。ほっとする」

八重やえのことは嫌いになった訳ではない。小説なんかでよく亡くなった恋人なり家族なりを想っている人というのが出てくるだろう。それが大抵、概念的なものでよく理解できなかったのだけれど。この前、ひかるちゃんを撫でただろう。生者を通して、死者を想うのもなかなか乙なものだと思ってね」

 信也は唸った。とりあえず、紅茶を淹れる。我が恋人は、新世界へ旅立とうとしている。ティーカップを出す時、試しに言ってみた。

「人肌恋しいのなら、僕がいるけれど」

「信也が八重の代わりになるとでも思っているの」

 半ば本気で叱られた。うなだれる。窓を開ける。秋風が吹く。

「じゃあさ、光ちゃんをたらしこもうか」

「そうしよう」

 それに決まった。






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