第18話 介抱

「あ、浮気してる……」

 市立図書館のソファで横になる女子生徒を愛でる桂司けいじ

「しーっ」唇の前に指を立て、振り返る。「邪推だよ。これは、介抱って言うんだよ。知らないの?」

 ポケットに手を入れ、覗き込む。

「これ、男だよ?」

「知ってる」

 でも、可愛いよねえと顔を崩す。ひょいと生徒手帳を抜き出し、信也しんやに渡す。

「コピーしてきて」

「個人情報って知ってる?」

 無言で微笑む。ここは、図書館だ。おあつらえ向きに、コピー機がある。

「お、図書館のカードが挟まってる」

 しっかり、コピーする。

水瀬光みなせひかる。光ちゃんかあ」

 恐らく、本名だろう。高校入学には、戸籍謄本が必要だ。

 光は女装をしている。女子校のすぐ近くに男子校があるので、本来はそちらの生徒なのだろう。

「もしかして、桐花きりかちゃんは光ちゃんを女の子だと思っているのか?」

 何それ、面白い。口角が上がる。

「マイハニー、コピーしてきたよ」

「うん、ありがとう。あと、ハニーは止めて」

 桂司は、遠くを見た。

「やっちゃん?」

 やっちゃんは、桂司の妹だ。八重やえと言う。

「八重は小学校も卒業できなかった」膝の上の風呂敷包みを撫でる。「ずっと小さくて可愛い姿のまま」

 ふっと息を吐き、光を見る。

「生きていたらこんな姿も見せてくれたのかなと思ってね」

「妹ならもう一人いるじゃないか。なっちゃんが」

 そんなに妹の制服姿が見たかったのなら、なっちゃんの入学式にでも参加すればよかったのに。首を傾げる。

「あのね、信也には理解できないかもしれないけれど。僕は、八重の制服姿が見たかったんだよ」

「桂司はやっちゃんを愛しているからね」

 兄と妹と言うだけではない。

 八重が唯一、手のケアを任せられたのが兄の桂司だった。腐っていると思い込んでいる手でも、兄ならばほんの少し治せるとでも考えていたのだろうか。

「大丈夫、僕の一番は八重だよ」

 何年も前に切り落とされた腕に話しかける。

「ねえ、桂司。やっちゃん、もうお家に帰してあげたら? 本体と腕は同じ所に収まるべきだよ」

「知らないの、信也?」真顔になる。「八重の本体は、この両腕だよ」

 妖艶に微笑む。手のひらに額を置く。

「こんなことなら、さっさと三人で旅に出ればよかったね。やっちゃんが、担任の先生に意地悪される前に」

 桂司の頬に涙が一条流れる。未だに傷ついているのだ。

「八重の手を見ていいのは、僕だけだったのに……」

 後ろを振り返る。棚橋たなはし学園の制服。

「桂司、そろそろ出よう」

「うん、バイバイ。光ちゃん」

 桂司は光の頬にキスした。









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