第20話 武岩奈那に負けはない
――ピンポンパンポーン。
『全肯定ラジオ、次が最後のメッセージです! 今日もたくさんのメッセージに感謝の雨が降り注ぎます! きっと畑のお野菜もすくすく成長するでしょう!』
『雑草に悩んでる田舎暮らしの皆さんに謝りなさい。草刈りって大変なのよ』
『良く分からないけどごめんなさい。許してね! えへへっ! ……ちょっと恥ずかしくなってきたのでメッセージを読みますね。……えっと、ラジオネーム、御手洗まもるさんからですね。……守るって響き、良いですよね。ふふっ!』
――放送中にこっちを見るな。
『御手洗を守るって……深くは聞かないでおくわね。内容は……〝お昼休みの癒しをありがとうございます。俺はいつも1人でご飯を食べてるんですが……周りの目が気になります。どうしたらいいですか〟……この学校、ぼっちが多いわね』
『ぼっちでも大丈夫ですよ……! 私の大切な人だって、同性の友達いませんもん!』
――それなんのフォローにもなってないし、無駄に俺を傷付けてるだけだし……。
『さて、質問の答えですが、米粒を数えなさい』
――は?
『マインドフルネスというものがあるわ。歩数や呼吸に集中する精神統一法よ。米粒を無心で数えることで……心を穏やかにしていくの、効くわよ』
『奈那さん……寂しいが過ぎますよ……。明日から一緒にご飯食べますか?』
『良いのよ。今は隣のぼっちがちょっかいをかけてくるから。男友達いないくせに、女とばかり仲良くする空気野郎よ』
――だから、無駄に俺を傷付けるなって!
『ちなみに、昼食がパンの場合はどうするんですか?』
『中のあんこを数えるのよ』
『つぶあん限定かぁ』
『もちろん。つぶあんが至高よ』
『……本日はここまでですが、最後にしあわせ新聞部から新企画の募集をしちゃいます!』
『部が発行するあおとり新聞で、〝繋がる広場〟を開設したの。趣味友達の募集やお悩み相談など、生徒の皆さんが自由にメッセージを発信できるスペースだから、ぼっちの人もそうじゃない人もぜひ利用してほしいわ』
『シャイな方のために匿名も可能です。トラブルを未然に防ぐため、参加の際は事前にご相談ください!』
『詳しいルールは新聞に記載しておくわ。興味ある人は私達に声を掛けて。――ナンパ以外は歓迎よ』
『私には明兎くんが居ますから、ナンパはごめんなさい! ……それでは次回も全肯定ラジオを聞いてくださいね。幸せハッピーな一週間を! ちゃらら~ん!』
――ピンポンパンポーン
***
「しあわせ新聞部の諸君! 吾輩は1年の
放課後、うさみみの連れてきた相談者がやべえ奴だった。
「……うさみみ?」
「いやぁ、メイドイベントのときに彼も来ててさ。どうしてもまた空良ちゃんと武岩さんに会いたいって言うから……。 悩み事があるって言われたらさ、連れて来ないわけにはいかないし?」
「そうですぞ! 本日は相談に乗って欲しいですぞ!」
思い出した。この人、そららに全肯定された後で奈那に罵倒されて整っていた客だ。
あのイベントはいったい何人の性癖を整えてしまったのか……。
「そ、それで……どのようなご用件でしょうか?」
珍しくそららの顔がひきつっている。全肯定の天使にこんな顔をさせるとか、強者過ぎる。
「そうですぞ! そららちゃ――」
「店の外で私のことを名前呼びしていい男の人は、明兎くんだけなんですよ?」
「わ、わかりましたぞ……。わ、若松さんと奈那ちゃ――」
「武岩よ、次はないわ」
「……整いますぞぉ」
「話が進まねぇ……」
この拗らせ野郎、わざとだろ。
うさみみは我関せずな顔でスマホを弄っている。常連に強くは出れないみたいだ。
「それで角田くん。相談とは?」
整っていた角田は、俺の問いに整えて欲しい笑顔を向けてくる。
ちょっとそららの方を向いて目の保養……顔が青いな。大丈夫だろうか?
「相談内容はシンプルなのですぞ。吾輩の書いてる、ラブコメの参考が欲しいんですぞ!」
「ラブコメの参考?」
「そうですぞ! 女の子のデレシーンが書けないのですぞ……人生で一度もデレてもらったことがないから、難しいですぞ……」
「ほとんどの作家は異世界転生をしたことないわけだし、そこは妄想次第かな?」
異世界のテンプレ設定とか最初に考えた人凄いよな。尊敬するわ。
「まぁまぁ直枝くん、あたしも空良ちゃんと武岩さんがデレるシーンを見たいわけですよ。想像だけで書くより、実際に見た方が絶対良いものができると思うんだけど、どうかな?」
「最初からそれが狙い。……さすが女子高生の制服を着たオヤジだな。発想がキモい……」
「それって発想というより存在がキモくない?」
「なら女子高生の皮を被ったがオヤジは?」
「人の皮を被るとか、猟奇的な性癖過ぎない? 自分の皮だけ被ってって感じよね」
確かに。そららの前で使いたくない言葉だ。
「小説が書けたら、昼に放送で言ってた――あれに載せてもらって読者を募集したいですぞ!」
「『繋がる広場』ね。そういうことなら一肌脱ぐしかないな……」
今の目標は『繋がる広場』を軌道に乗せること。読者募集でもなんでも大歓迎だ。
……一肌脱ぐって言葉も猟奇的だ。
日本語怖い。そららの前で使いたくない。
「……よくわかりませんが、つまり私が明兎くんと仲良くしているのを見てもらえばいいってことですか?」
一歩引いていたそららが、足取り軽く角田との距離を詰め始めた。女子高生オヤジうさみみがニヤリと笑う。
ロクなことにならない気がする。
「そんなのお安い御用です。たくさん見せつけてあげますから――しっかり見ててください」
輝く笑顔――と言うには緩みきって、にこにこよりもニヤニヤに近いそらら。……なんだかヤバい性癖が芽生えたんじゃないかと心配になる顔だ。
「申し訳ないのですが……今回は武岩さんにお願いしたいのですぞ」
「へぁっ!?」
潰れたカエルのような声。そららはこの世の終わりみたいな顔をしている。
潰れたカエルの声なんて聞いたことないし、世界の終りも知らないけどね。
「……なんで私なの?」
なんの感情も乗らない奈那の声。当然の疑問だろう。
「ツンデレ幼馴染の描写に困っているのですぞ。今回は負けヒロインなので、武岩さんに――」
「――は?」
瞬間、場が凍った。
恐竜すらも滅ぼしてしまいそうな冷気を纏った奈那が、地獄の底から響くような声をだす。
「今、何て言ったの?」
角田が震えあがる。彼女の目は暗く、口角は怪しく歪む。
「……誰が、『負け』ですって?」
一番にこだわって生きてきた奈那に、その言葉は――禁句だ。
「見せてあげるわ――私の辞書に『負け』なんかないってことを」
ゆらりと、捕食者の威圧感を放ちながら奈那は俺に視線を定める。
その姿に舌なめずりする蛇を幻視して、俺にもカエルの声が、出せそうな気がした。
――
あとがき
次回、奈那のお色気。
読んでくださりありがとうございます!
作者のモチベーションのために、ぜひぜひ、☆☆☆をつけていただけると嬉しいです!
新規読者さん獲得に繋がるので、切にお願いします!
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