愛と溺れた傘に

有理

愛と溺れた傘に

「愛と溺れた傘に」


白石 礼(しらいし あや)

柳瀬 愛花(やなせ まなか)



※拙作“愛の雨に差す傘は”、“愛の溺れかた/愛の溺れかたending”のスピンオフ作品です



白石「愛って、何なんだろうね。」

柳瀬「…そうですね。」

白石N「片腕のない彼女は愛おしそうに俯いていた。」

柳瀬N「痩せた手の甲。筋張った彼女の左薬指には何の枷もない。」

白石「ね、ブバルディアって知ってる?」

柳瀬「もちろん」

白石「じゃあやっぱりわざとだ。愛花ちゃんったら意外に強かだね。」


柳瀬(たいとるこーる)「愛と溺れた傘に」


白石N「私が出かける日は決まって雨が多かった。天気予報は外れることなく朝から傘が大活躍。検査結果を聞きに行くのに恭くんが一緒に着いて行くと張り切っていたが一昨日から珍しく熱を出した。どうやら連日の徹夜がこたえたようで過労とのこと。今日も朝からやっぱり着いて行くと一悶着あったがようやく寝室に押し込み家を出られた。」


白石「あーあ。雨だよ。帰りに一杯ひっかけて帰ろうかな。」


白石N「検査結果が良くないことなんて、もう分かりきっていた。」


______


柳瀬「花は全て資料通りで。あの映画の分、もう一度確認しますので写真と映像出しておいてください。あとポスター、その後拝見します。段取り組んでおいてください。次スケジュールどうなってますか?…ああ、時間かかるようなら後ほどメールか電話で構いませんよ。」


柳瀬N「時間がなかった。大好きだったさわちゃんに覚えててもらうためにやろうとしているサプライズ。展示会までのタイムリミット。私の最期。時間がなかった。忙しくて忙しくて、でもだから良かったのかもしれない。そうじゃなかったら、もっと早く私は…」


柳瀬「…防腐剤は…ええ。そうですよ。もう決めたんです。」


______


白石「余命…かあ。」


白石N「病院の中庭。備え付けのベンチに座ってなかなか帰れないでいると、ふと見知った顔と目が合った。」


柳瀬「…あ」

白石「あ、…佐和子の!」

柳瀬「えっと、あ、さわちゃんの…」

白石「そうそう!結婚式ぶりで!こんな所で!」

柳瀬「お久しぶりです」

白石「ね!お久しぶ、…え」


白石N「彼女は、あの日あったはずの左腕がなくペラペラと袖が風で靡いていた。」


柳瀬「あ、」

白石「えっと、怪我?したの?」

柳瀬「…はい。」

白石「…そっか、大変だったね」

柳瀬「…ごめんなさい、違くて」

白石「え?」

柳瀬「切ってもらったんです。」

白石「え?!」

柳瀬「入院して、故意に。」

白石「え、え?!そんなこと、でき、できるの?ここ日本だよ?」

柳瀬「そこそこお金積めば。」

白石「…なんで?」

柳瀬「いろいろあって。」

白石「…今時間ある?」

柳瀬「少し」

白石「私帰りたくなくてさ。暇つぶし付き合ってよ」

柳瀬「…あの」

白石「ん?」

柳瀬「私、柳瀬 愛花です」

白石「あ、ああ!私、白石 礼!あやって呼んで」

柳瀬「礼さん」

白石「うん、愛花ちゃん!」

柳瀬「…どこか行きますか?ここ、病院ですし」

白石「そうだねー。お昼食べた?」

柳瀬「まだです」

白石「なんか食べよ。カフェでいい?近くにアルコールあるカフェあるんだよねー」

柳瀬「あ、アルコール?」

白石「そ!あれ、愛花ちゃん飲まない?」

柳瀬「の、飲めますけど…まだお昼」

白石「昼に飲むからいいんですー!」

柳瀬「そ、そうですか?」

白石「まあいいや。とりあえず行こっか」


柳瀬N「彼女はそう言うと病院の封筒を片手に颯爽と歩き出した。背筋の伸びた凛とした立ち姿。さわちゃんの大好きな人にどこか似たかっこいい人だった。」


______


白石「なーんか洒落た個室に通されちゃったね。」

柳瀬「はい」

白石「てか、何で敬語なの?私達同級生だよね?」

柳瀬「えと」

白石「佐和子にも敬語なの?」

柳瀬「いや、違いますけど」

白石「じゃあ、いいじゃない。あ、でもさ。私聞いたことあんの。こうやって一方的にタメ口で話そうって言うのは良くないっていうの。」

柳瀬「え?」

白石「敬語なのは、お前と仲良くなりたくないからだよ。距離とってんだよ気付けよって。それ聞いて、あー!なるほどって思ってさ。私もそれやる時あるって思って。こういう同級生とかならタメ口でって思うけど、社内の人とか社外のちょっとした知り合いとか飲み会で同席した人とかさ、ちょっとしか知らないのにタメ口でいいじゃんもう仲間じゃーんって。あれ、ウザいって思わない?」

柳瀬「…今息継ぎしました?」

白石「したよ!何、エラ呼吸か何かだと思ってる?」

柳瀬「ふ、ふふ」

白石「…普通に笑うんだね愛花ちゃん」

柳瀬「鉄仮面か何かだと?」

白石「いやそうじゃないけどさ」

柳瀬「…礼さんって、なんか。不思議な人ですね。」

白石「え?」

柳瀬「なんか、話しやす」

白石「ごめん、ビール頼んでいい?」

柳瀬「…」

白石「ごめん」

柳瀬「居酒屋にしますか?」

白石「昼から開いてない」

柳瀬「…ちょっと距離あるんですけどよく使うお店行きますか?ここ、来たばっかりで出るの申し訳ないけど…」

白石「え、そこお酒出るの?」

柳瀬「はい」

白石「つまみもでる?こんなパンケーキとかじゃなくて?」

柳瀬「料亭なのでしっかりでます」

白石「え、高いじゃん!」

柳瀬「経費で落ちます」

白石「いいの?!」

柳瀬「接待費」

白石「ありがたやー」


______


白石「待ってここ、高砂じゃんか!」

柳瀬「来たことありますか?」

白石「同窓会で来た。ここ高いんだよ。」

柳瀬「あ、そういえばさわちゃん言ってたような…」

白石「いいの?本当に」

柳瀬「はい。存分に飲んでください」

白石「わー。鈴も連れてきたかったなー!」

柳瀬「鈴?」

白石「あ、娘」

柳瀬「娘さんいらっしゃったんですね」

白石「そ。」

柳瀬「じゃあお土産持って帰ってください」

白石「え、悪いよ!」

柳瀬「たまごサンド。美味しいので。」

白石「やだー。ありがとう。あ、ちょっと待って、電話だ。」


白石「もしもし。何?…終わったよ?うん。いや、偶然同級生と会っちゃって、ご飯食べよーって。…そう。うん。…あー。ごめんって。うん、うん。大丈夫。恭くん、熱は?下がった?そう、よかったね。一応冷蔵庫に冷やし中華作ってるから。食欲なかったらお茶漬けで食べなよ。私はご飯食べて帰るから。遅くなる。うん、ゆーっくり食べて帰るから。心配しないで。うん。うん。あ、鈴はねお母さんが迎えに行ってくれる。はーい。じゃあね。」


柳瀬「…旦那さんですか?」

白石「うーん、書類上はまだ旦那さんじゃない人。」

柳瀬「え?」

白石「事実婚。」

柳瀬「…?」

白石「離婚してんのよ。一回、私」

柳瀬「そうなんですか」

白石「そ。で、鈴…鈴音。娘は前の旦那との子ども。」

柳瀬「同い年なのに波瀾万丈というか…」

白石「そんなことないでしょ。愛花ちゃんも波瀾万丈でしょ。ね?」

柳瀬「…」

白石「まだ話してくれなそうだから私のことから話そっか。」

柳瀬「…」

白石「…病院で会っちゃったし。」

柳瀬「…礼さん」

白石「ね。」

柳瀬「アルコール、いいんですか?本当に」

白石「いいのよ。最後の晩餐」

柳瀬「そんな、」

白石「気持ち、分かるでしょ?」

柳瀬「…」

白石「私、お酒大好きなの。たかだか一杯飲んだくらいで酔わないから。だから大丈夫よ。」

柳瀬「はい」


白石「かんぱーい。」

柳瀬「乾杯…」

白石「…左利きだったの?」

柳瀬「え?」

白石「箸。」

柳瀬「…」

白石「スプーンもらってあげよっか?」

柳瀬「はい。」

白石「…はい、どうぞ。」

柳瀬「すみません。」

白石「ちっちゃく切ってあげるよ。ほら、貸して」

柳瀬「あ、」

白石「添えられないでしょ?片手ないんだから」

柳瀬「…」

白石「なんで切っちゃったかなー。不便なのに。」

柳瀬「…」

白石「ふふ。」

柳瀬「あ、ありがとう…」

白石「こうしてるとさ、娘が小さい頃思い出す。」

柳瀬「ああ、鈴音ちゃん?」

白石「そう。でもね、私さ、鈴が赤ちゃんの頃の記憶あんまりなくて。写真見てもどっか朧げでさー。最低だよね。離婚してからの記憶しかはっきり覚えてないの。鈴が2歳になってすぐ離婚したから産まれてからそれまでの記憶、ぜーんぶ。もったいないよね。本当。」

柳瀬「礼さん」

白石「人間ってよくできた生き物でさ。忘れちゃうんだってよ?あまりにも嫌な出来事、過去?って。忘れるんだって。大事な記憶も一緒に。…ねー。本当。返して欲しい。」

柳瀬「…」

白石「はは。辛気臭くなっちゃった。でも、私達の話って多分どーしようもなくそうなっちゃうよね。」

柳瀬「…その封筒。」

白石「これ?」

柳瀬「はい。」

白石「中身、気になる?」

柳瀬「…はい。」

白石「じゃあ、愛花ちゃんが1つ約束してくれたら教えてあげる」

柳瀬「約束?」

白石「嘘つかないこと」

柳瀬「…」

白石「できる?」

柳瀬「…はい」

白石「うん。…これね。私の検査結果。あ、そういえばさ。この前さ、由実と紗栄子と3人で飲んでたんだよね。」

柳瀬「え、」

白石「その時話してたんだけど」

柳瀬「…」

白石「愛花ちゃん、愛って何だと思う?」

柳瀬「愛?」

白石「うん」

柳瀬「唐突、ですね」

白石「うん」

柳瀬「…花の、ような、ものだと、思います」

白石「花!花かあ!なんで?」

柳瀬「愛もいつかは枯れるので。」

白石「枯れない花なんてないもんね。」

柳瀬「はい。」

白石「詩人だね。私のこれから夫になるかもしれない人もよく詩人みたいなこというけどさ。」

柳瀬「そうなんですか」

白石「そう。本書いてんの。私は読書苦手だからあんまり読めないんだけど、書いてるとこ見るの好きでさ。何とか頑張って読もうとしてる。だってね、一冊読むのめちゃくちゃ時間かかんの!」

柳瀬「作家さんなんですね」

白石「有名らしいよ」

柳瀬「へー。」

白石「聞いてこないあたり、愛花ちゃんも読まないな?」

柳瀬「はい。読まないです…」

白石「ミーハーじゃないとこ佐和子に似てないね」

柳瀬「あはは…」

白石「でもさ。花って綺麗じゃん?じゃあ愛花ちゃんにとって愛って綺麗なものなんだ」

柳瀬「私、フラワーデザイナーなんです。」

白石「へー」

柳瀬「花って綺麗ですけど繊細で少しの傷でその部分からすぐ腐っていくんです。」

白石「…」

柳瀬「大事にされていてもいずれ枯れて腐るのに。少し理不尽だと思いませんか?」

白石「…愛に飢えてるんだ。愛花ちゃん」

柳瀬「どうだろう」

白石「愛って、何なんだろうね。」

柳瀬「…そうですね。」


白石N「片腕のない彼女は愛おしそうに俯いていた。」

柳瀬N「痩せた手の甲。筋張った彼女の左薬指には何の枷もない。」


白石「ね、ブバルディアって知ってる?」

柳瀬「もちろん」

白石「じゃあやっぱりわざとだ。愛花ちゃんったら意外に強かだね。」


柳瀬N「ゾッとした。顔を上げると彼女の目とかち合う」


白石「紗栄子がさ、写真送ってきてさ。佐和子の結婚式の後。花籠が綺麗だったーって。私も花好きなんだ。」

柳瀬「な、」

白石「羨望、だよね?ブバルディアの花言葉。紗栄子に向けたの?それとも佐和子?」

柳瀬「…」

白石「何かしようとしてる?その左腕と関係あるよね」

柳瀬「っ」

白石「約束したよね。愛花ちゃん。」


柳瀬「…私、さわちゃんが好きだったんです。」


白石「うん」

柳瀬「ずっと、ずっと好きで。紗栄子ちゃんが羨ましかった。…だからあの日、結婚式の日、告白しました。さわちゃんに。もし女の子に好きって言われたらどうするって。そしたら紗栄子ちゃんだったら付き合ってもいいって言われて、」

白石「はは、相変わらず無神経な」

柳瀬「私、悔しくて、虚しくて。今までさわちゃん中心に生きてきたのにそれでも紗栄子ちゃんには敵わないのかと思うと、どうしようもなくって。ああ、もう死んでやろうって思って。」

白石「…」

柳瀬「…でも。ただ死ぬのも悔しくて。だから、さいごに悪あがきしてみようかなって思って。さわちゃんに覚えててもらうためだけに今残りを生きてるんです。」

白石「何するの?」

柳瀬「紗栄子ちゃんの誕生日に展示会があるので、その日に私の死んだニュースが流れるように今まで避けてきたメディアに1年間出てきました。この左腕はさわちゃんが楽しみにしてるプリザードフラワーに使います。」

白石「…本当意外に強かだね」

柳瀬「酷いですか。私やっぱり」

白石「酷いって言ったらやめんの?」

柳瀬「…」

白石「やめないでしょ?」

柳瀬「はい」

白石「…私もさー。死ぬのよ。余命宣告?された」

柳瀬「え」

白石「いや聞かなかったんだけどさ」

柳瀬「いいんですか?」

白石「聞きたくないもん!もう死ぬ!って分かっただけでいいって。」

柳瀬「…」

白石「普通はさ。あなたが今から捨てる命を私にちょうだいとか何とか言って怒ったりするのかもしれないけど、」

柳瀬「はい」

白石「私も死にたかった人だから。…あ、今は違うよ?」

柳瀬「礼さん…」

白石「だから。止められない。」

柳瀬「…ありがとう」


白石「よし!地獄でまた会おう!」

柳瀬「礼さんは天国行きでしょう?」

白石「何言ってんの、私はもれなく地獄行きでーす」

柳瀬「何でですか?」

白石「はは、私は碌でもない人間だからね!」

柳瀬「威張って言うセリフでは…」

白石「愛花ちゃんは片腕ないからもう威張れもしないね!可哀想に!」

柳瀬「な!い、威張れます!」

白石「威張ってごらんよ」

柳瀬「こ、こうですか!」

白石「まだまだ!」

柳瀬「こう?」

白石「やー!ぺしょぺしょだよ!」

柳瀬「ぺ、ぺしょぺしょ…ふ、ふふ」

白石「あはははは」

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