第9話 No More 神通力宣言

目を開けると、そこは軽自動車の後部座席。

汗だくで真っ赤な顔をした小さな女の子が、息も絶え絶えに横たわっている。

その子の手を握ったまま、友梨奈の“意生身いせいしん”が車内に出現していた。


嫌々来たものの、ちゃんと移動できてほっとする。

だが車内はサウナどころではない暑さ。呼吸で鼻と喉が焼けるような感覚が走る。

霊体のはずなのに、繋いだ手を通じて女の子の感覚を共有しているのかもしれない。


あまりに苦しそうな姿に、心の中では涙が滝のようにあふれそうだった。

しかし瞳からは一滴も出ない。

――霊体だから、ではない。小さい頃、記憶と一緒に普通の感情表現の仕方を失くしてしまったからだ。


(きっとこれも、クラスで浮く原因だろうな。喜怒哀楽を表に出さない人と話すのって、自分でも気持ち悪いと思うもの)


感情は理解しているつもりでも、他人とは違うのかもしれない。

今はそんなことを考えている場合じゃない。友梨奈は頭を振って我に返った。


「こんな酷いこと……今すぐ出してあげるから」


後部座席のロックを外し、内側からドアを開ける。女の子を抱き上げ、外へ運び出した。

地面に寝かせても、苦しそうな様子は変わらない。


「ダメだわ……救急車呼ばないときっと助からない」


だが今の状態の友梨奈は普通の人には見えないし、声も届かない。

SFのテレポーテーションみたいに携帯持って移動出来れば良いのに、と思うのだが、そんな都合が良い機能は木花家に与えられた能力には無いようだ。

大昔に授けっぱなしじゃなくて、時代に合わせて能力のアップデートサービスをしてくれれば良いのに、と友梨奈は思う。

残念ながら神様の世界ではそんなアフターサービスは無いようだが、そもそも不完全なものや時代遅れになるものは神の力としては相応しくない気がする。


自分の携帯が無いなら、いっそ周りの人から携帯を無断で拝借して119番するっていうのはどうだろう。

普通の人は意生身の友梨奈は知覚出来ず、人間の仕業とは気付かないわけだが、人助けのためとはいえ、神様にもらった能力で無断拝借するのはバチが当たりそうで、ちょっとというか大分気は進まない。

冷静に考えてみれば、そもそも携帯で拾える音声を霊体の友梨奈には出せないから、携帯があっても無意味だった。

掛けても無言電話で切られるのがオチだ。


気ばかり焦ってなにも解決策が思い浮かばない友梨奈。

その間にも女の子の症状が悪くなっているように見えて、ますます気持ちが焦り、無駄に車の周りをぐるぐる何度も周回してしまっている。


(あー、だからこんな半端な能力で人助けをするのは嫌だったのよ。妙に目と耳が良いあかねのせいだからね)


瞬間、頭の中に何かが疾った。

なぜか自分の独り言に妙な引っ掛かりを覚える。


(どこだ? どこが気になった? 特に変なことは言ってないのに。何かが引っ掛かる……)


もう一回同じセリフを頭の中で繰り返す友梨奈。


(そうか! 耳が良いってことは……もしかして……)


確信は全く無かったが、空に向かって話しかけてみる。

きっとあの子ならこの声が聴こえるはず。


「あかね、聞こえるでしょ? わたしの携帯使って。カバンに入ってるから。そこから急いで救急車呼んで。場所は……そこのパチンコ店の駐車場。赤い軽ワゴンって言って。頼んだわよ」


女の子の手を両手でぎゅっと握る。

「大丈夫、絶対助かるから。もう少し頑張って」


「お姉ちゃん、ありがと……。お母さんに車の中でおとなしくしてなさいって言われたけど、すごく……暑くて、我慢できなくて……」


息も絶え絶えに答える女の子。生死の境にいるせいか、友梨奈の存在を感じ取れているようだ。


(もう……なによ。こんな小さい子を車に閉じ込めて、自分は遊んでるなんて、大人として最低!)


癒しの力でもあればいいのに、持っているのは“手を握る”ことだけ。

ただただ強く握り続ける。


やがて――遠くからサイレンの音。

普段なら精神的に嫌な音だが、この時ばかりは心地良く響く。

救急車が駐車場に入り、赤い軽ワゴンの隣に停まった。

降りてきた救急隊員が女の子に気づき、担架に乗せて救急車へ運び込む。


その瞬間、友梨奈のイメージはふっと掻き消えた。


意識が戻ると、公園のベンチの前。

満面の笑顔のあかねが、どアップで飛び込んできた。


「流石! 梨奈ねーちゃん。リコ姉ちゃんが見込んでたとおりだわ」


アップで見るあかねの顔は可愛くて少し心拍数が上がったが、能力を褒められても全く高揚しない。嬉しくもなんともなかった。


「あのね、霊体で移動して現実のモノを神通力で動かすと、すごく精神的に疲れるんだからね。しかも現場に行っても、毎回わたしが助けられるシチュエーションとは限らないし」


「梨奈ねーちゃんは最強なんだし、きっと木花家に伝わる観音様の持ち物も使えるよ!」

どこかで見たようなポーズで力説するあかね。


「それに助けられる可能性があるだけいいじゃない。わたしなんか聴こえたり視えたりするだけで、他に何も出来ないんだよ」


身内の誰かが言っているのか知らないが、あかねの姉リコも同じようなことを言っていた。

おそらくリコの受け売りだろう。

だが「最強」と言われても、友梨奈の頭の中では『最凶』に変換されてしまう。それほど彼女にとっては忌むべきものだ。


「今度助けを呼ぶ声が聴こえたら、すぐに警察とか救急車を呼べばいいのよ。それであなたでも助けられるから。今回も実質あかねの電話で助けられたようなものだし。ってことで、もうわたしを呼びに来ないでよ、じゃあね」


背を向け、公園の入口へ向かう友梨奈。


「それじゃ助けられないから、わたしたちの能力があるのよ! 梨奈ねーちゃんのバカ!! ボケナス!」


(久しぶりに会った従姉妹にバカ呼ばわりされるとは……。で、ボケナスって何よ?)


可愛い従姉妹を構ってやりたい気持ちは人並み以上にあるが、能力関連はごめんだ。

木花家の呪われた力のせいで両親は亡くなり、去年あかねの姉リコも同じ原因で命を落とした――と友梨奈は考えている。誰も詳しくは教えてくれないが、きっとそうだ。


両親の分も長生きし、『普通』に幸せになる。それが友梨奈の人生の目標だ。

だがこの後も、あの時きっぱり断ったにもかかわらず、あかねは事あるごとに事件や事故へ友梨奈を巻き込んでくる。

あかねも本来なら、この力を使いたくないはずなのに――。


彼女がそこまで能力を使った人助けに固執する理由は、後になって知ることになる。


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