編集済
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
鉱物標本、小さいとき見たことあります。仕切りのある箱のなかに色んな小石が並んでて名前が書いてありました。高価なものはなかってけどどれも珍しくて、きれいでした。今、思い出しました。あれはどこに行ったんだろう…
人間の心は複雑で理解することはたぶん誰にもできません。千夏ちゃんが責任を感じる必要はないし一人で背負い込む必要もない。そもそもそんなことはできませんから、みんなで力を合わせて畑のお兄ちゃんを支えてあげて欲しいです。すごくナイーブなテーマですが情景描写がすごくマッチしてて(←表現が貧弱でごめんなさい!)、よい作品に仕上がっていたと思います。お見事です!
作者からの返信
鉱物標本の箱、私も以前古い物を見た事があるのですが、花崗岩だとか玄武岩だとかありきたりなものでもケースに収まっていると綺麗でわくわくした覚えがございます。知的で素っ気ない装丁も味があって良いですよね。
人の心は複雑ですし、良い時悪い時の波もあります。
色々な事が重なってしまった結果の「切ない夏」というお話ですが、「お兄ちゃん」を支えてくれる人も確かに居る、という所に温かい目を向けていただけてとても嬉しいです。
ご拝読ありがとうございました。
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
蛍は成虫になると口がなくなり、餌を食べられなくなり、命の光で夏の夜を照らし続けるそうです。
この物語にもそのような命の光が灯っているように思えました。
主人公の出会った儚げな青年は透き通るほど純粋な精神の持ち主で資本主義社会で生きるには、精神を擦り減らすことを強いられていたのでしょう。それは口をふさがれた蛍の成虫のようです。
ただ生きるために必死で、けれどもその生き様は主人公のような無邪気な人を無意識的に引き付けてしまう。
ですが、その生き方は繊細な精神を燃やすことであり、限界を迎えた彼は自らの生活に耐えきれず自分に火をつけてしまった。
けれども、この自死は彼が導き出した一つの答えであり、擁護される必要のない揺るぎない決定であったはずです。
彼の父親は自死が決定づけられていたと主人公に語ります。ですが、それは自分の行為を肯定するためで、自己保身的な一面のみを持っています。
人間と言うのは、その行為が世間的に間違いであったとしてもそれを実行してしまいます。そして、自分の行為に責任を取りたがらないのも人間です。
生を全うしようとしたけれどもできなかった人間、自己保身的な後悔をしてしまう人間、蛍の光のような淡い命に魅かれる人間、そのような人間的な性質を美しくわかりやすい文体で描いた作品でした。
読ませていただきありがとうございました。
作者からの返信
大変丁寧にご拝読賜りましてありがとうございます。
「この自死は彼が導き出した一つの答えであり、擁護される必要のない揺るぎない決定であったはずです」
この一文に私自身が心を打たれてしまいました。
「畑のお兄ちゃん」の弱さと清廉さを、一つの「結晶」のような形で荒れた畑から掘り出していただけた様な心地がしております。
純粋な人の弱さ、努力しても叶わないこと、届かない優しさ、何とかして心を落ち着けるための保身、悪意の無い無邪気な言葉。
そういう完璧とは程遠い状態を「間違いだった」と一蹴せず、不完全な痛みを内包するからこそ人間であり、儚くも美しい。そういうお話になっていればと思います。
どうもありがとうございました。
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
ホタル、お盆、夏らしいですね。また今年もこういう季節がきたかと思わせてくれるいい作品ですね。
作者からの返信
ホタル、お盆、夏、というと、暑さよりも物悲しさや田舎の懐かしさを感じます。
蛍も昔は地元で見れたのですが、「今でも居るのかしら?」と考える今日この頃です。
ご拝読ありがとうございました。
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
縦縞ヨリさま
こんにちは。
蛍石を熱したように、自分の体に火をつけてしまったお兄さん。衝撃的な事実でした。
「誰が悪い訳でも、もちろん裕太が悪い訳でも無いって、それが裕太って子なんだ」というおじさんの言葉が心を揺さぶります。こうなるだろうと予想できていても、回避することも抗うこともできない未来ってあるものですね。
作者からの返信
佐藤宇佳子様
こんにちは。
「こうなるだろうと予想できていても、回避することも抗うこともできない未来」
そうなのですよね。
周囲の人がどんなに寄り添っても、本人ががんばろうと努力しても、避けられない未来というのはあって、でもそれは誰も悪くない。
そういうお話にできていたら良いなと思って書いていました。
お話の伝えたかった所を汲み取っていただけてとてもほっとしました。
ご拝読ありがとうございました。
編集済
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
縦縞ヨリ様、こんにちは。
裕太さんが生きていて本当に良かった、それだけが嬉しいです。生きてさえいれば、来年がありますね。
私事で恐縮ですが、一度だけしか会ったことがない田舎の親戚のお兄さんを、若くして癌で亡くしたことがあります。その方が私と同じようにオタクだったことを後で知り、叔母さんが遺品であるたくさんのアニメ雑誌やらプラモデルやらが積まれた部屋に案内してくれ、いくつかを形見分けしてくれました。ほとんど面識がないにもかかわらずお兄さんの優しい人柄が偲ばれて、ああ生前にたくさんお話しをしておけばよかった、と激しく後悔したことを思い出しました。その方も裕太さんと同じように内気で繊細で、とても穏やかな方だったということも。千夏ちゃんと裕太さんの二人だけの小さな実験室、取り戻せない思い出だとしても、とても羨ましいと思います。
長文申し訳ありません、この作品のおかげでいつもより優しいお墓参りが出来そうな気がしています。素敵なお話を読ませて頂いて、本当にありがとうございました。
作者からの返信
諏訪野滋様こんにちは。
生きていればいつかきっと来年の夏が来る、そういう一縷の希望が伝わればと思っていたので、汲み取っていただけてほっとしました。ありがとうございました。
ご親戚のお兄様とお話できなかったこと、本当に悔やまれるというか、切ないお話ですね。今頃天国でゆっくり休まれていらっしゃるでしょうか。
しかし故人様を思い出すことは供養になりますから、諏訪野さんが心をお寄せになられて、今頃とてもお喜びなのではと思います。
たまたまですが、私も今日お墓参りに行ってきました。
(ちなみに私はお墓で結構フランクに故人様に話しかけます。「𓏸𓏸家のアイドル☆ヨリちゃんがお掃除に来たぜー!」とかそういう感じです。ちなみにソロプレイ)
諏訪野さんも是非親戚のお兄様に楽しいお話をして差しあげてくださいませ。きっと聞いてくださると思います。
ご拝読ありがとうございました。
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
田舎というのは牧歌的に見えて、その実、無神経で粗野で粗暴で、利己主義の蔓延る空気でもあります。
畑のお兄さんのような人もまれに生まれますが(宮沢賢治とか)それは一種の特異点のような存在で、本人にとっては田舎の空気の中は生きづらいものだと思います。
優しさは皆持っているのですが、残念ながら優しさの質と、善意の知識と思慮が無いのが田舎なのかもしれません。
自分がそうだ、と言うと自惚れに過ぎるでしょうが、彼の苦悩は少しだけ分かるような気がします。
蝉も蛍も少なくなった田舎に暮らしながら、過ぎ行く夏の寂しさを感じた作品でした。ありがとうございます✨
作者からの返信
「優しさは皆持っているのですが、残念ながら優しさの質と、善意の知識と思慮が無いのが田舎 」
⬆
一文の中にものすごく重たい物を感じました。「善意の知識と思慮」というのは自分自身でも日々自問自答する所でもあります。
私自身は、田舎は「行く場所」なので、美しい田園風景の中の目を逸らしたい様な部分というのは想像するしかないのですが、私の母親なんかは「もう故郷には住めない」などと言いますから、やはり中々難しい場所なのかなとも感じます。
かと言って都会が優しいかと言うとそうでもなく、例えば東京なんて半分弱くらいは「他所から移ってきた人」ですから、根本的な人間関係の難しさというのは変わらない様な気もしております。
「人間として強くないといけない」と言うのは簡単なのですが、「優しいが傷付き易く弱い人」が悪いという事は決して無くて、また「相手を思い遣っていたのに傷つけてしまった人」が悪い訳でもない。
そういう生きる事の難しさというものを日々感じております。
猛暑だと言いつつもお盆くらいから夏の終わりの気配を感じますよね。
ご拝読どうもありがとうございました。
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
お盆の時期の情景を思い描ける作品ですね
素敵な作品を
読ませていただきまして
ありがとうございます(^^)
作者からの返信
お盆時に田舎の祖父母の元に行くとまるで異世界の様でして、そんな空気感が出せればいいなと思っておりました。
ご拝読ありがとうございました。
私は蛍を見たことが無いへの応援コメント
儚いお兄ちゃんの様子、蛍石にずっとはらはらしながら読ませて頂きましたが、最後にほのかな光が見えてほっとさせて頂きました。
この世の中は心が綺麗なひとほど生きづらいのかも。
そんなことを感じる今日この頃です。
お兄ちゃんと千夏ちゃんがまたふたりで蛍を観に行く日が訪れますように。
縦縞さん、ありがとうございました。
作者からの返信
心が綺麗な人ほど生きづらい、私も日々そう思う瞬間があります。
SNSの普及や資本主義の圧力、周囲の人の視線。
現代において、そういうものに耐えうる「強さ」は必要なのですが、時にはどんなに頑張っても心折れてしまう瞬間もあります。
そういう「弱さ」も必死に生きた結果ですから、決して悪い事ではないのではないかなと思います。
ほのかな光がいずれ蛍になるかもしれない、そういう微かな希望が伝わっていましたら嬉しいです。
ご拝読ありがとうございました。