追放聖女のもふもふスローライフ

臥龍岡四月朔日

追放聖女のもふもふスローライフ

第1話 無能聖女と白い毛玉


 ガタン、ゴトン


 馬車の荷台に揺られながら、私はため息をついた。

 私の名前はリリアナ。男爵家の末娘だった。

 銀色の長い髪をなびかせ、真っ白い見習い聖女のローブを纏った、小柄な少女。それが私。

 しかしそれは、今世での話。前世は28歳、ブラック企業勤めのOLだった。仕事に追われ過労死。気づけばファンタジーな世界の男爵令嬢に生まれ変わっていたらしい。


 私が貴族令嬢として何不自由なく育っていた7歳の頃、前世の記憶が蘇った。

 それと同時に、聖女の力が発現した。私は聖女候補として王都の大聖堂に送られ、力の研鑽に励んだ。


 だが、どんなに修行を重ねても、私に発現したのは微弱な力だけ。治せるのは小さな切り傷だけ、呪いなどは浄化できず、祝福も弱いものしか与えられなかった。

 小さな切り傷しか治せないのでは戦場等では役に立たない。結局、私は無能聖女の烙印を押され、追放されることになった。

 家の期待を裏切り、家名を汚した私は実家にも居場所はなく、こうして辺境の別荘へと送られる羽目になったのだ。


「キュキュゥ」


 私の膝の上で、白いもふもふした毛玉が鳴いた。


「どうしたの? もふぞー」


 もふぞーは、まるで私を心配しているかのように、つぶらな瞳でじっと見つめてくる。


 もふぞーとの出会いは、王都から追放され、この馬車に乗り込むその時だった。人々の冷たい視線から逃れるように乗り込んだ私を、もふぞーは待っていたかのように、膝の上にちょこんと収まった。まるでそこが、自分の特等席だとでも言うように。


 最初こそ驚いたが、身体を擦り寄せてくるもふぞーを可愛いと感じた。一人ぼっちになった私の心に、そっと寄り添ってくれたもふぞー。きっと、寂しさもあったのだろう。私は彼をもふぞーと名付け、旅の道連れとした。


 ……それにしても、この子なんの動物だろう? 見た目は白くてもふもふの毛玉。そこにぴょこんと耳が出ている。

 確かこんなのネットで見たことある……アンゴラウサギ……だっけ? 多分、この世界のアンゴラウサギってところかな?



 * * *


 辺境の村、ザクソンには何事もなく着いた。

 本来なら、護衛もいない馬車で野盗や魔獣に襲われていてもおかしくない道中だった。いつ襲われてもおかしくないという不安を抱えながら、荷台から周りを眺めていた。幸いなことに、そんなことは一度も起きず、無事にたどり着けたこの幸運に、私は心から感謝した。


「キュキュゥ」


 私の腕の中でもふぞーが鳴く。


 ――もしかしたら、この幸運はもふぞーが運んでくれたのかもしれない。


「ありがとね、もふぞー」


 そう言って、ふわふわの柔毛を優しく撫でてやると、もふぞーはくすぐったそうに、嬉しそうに鳴いた。その愛らしい鳴き声を聞きながら、私は少しだけ、未来への希望を感じていた。

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