第31話 押しても駄目なら引いて見ろ
目に痛い赤色の警告灯がてんで出鱈目な点滅を繰り返し、どこぞに取り付けられていたスピーカーが調子っぱずれな警告音を響かせている大広間にて。
自分こと『アスラ』とその同行者である『ウッドワス』の二人は無事、此度の脱出行の最難関であった
「色々、本当に色々と言いたい事はあるんだが、お前さんにおんぶに抱っこだったのは事実だからな、ここは飲み込んでおいてやる。……次は無いからな」
目出度い事だと言うのに傍らのウッドワスは憤懣遣る方無いとでも言うように、仏頂面を隠しもせずに不平不満を溢していた。
とは言えそれも無理ない事か、何せ巨人との戦闘だけを見ても激戦も激戦、ウッドワスは持ち込んだ『魔法』の触媒をすべて使い込む程度には赤字であり、自分に至っては片手片足を紛失してしまったのだから収支で見れば赤字と言わざるを得まい。
尤も、今回の目的はお宝を見つける事では無く、この地下の牢獄から脱出するための道を探しての事だったのだから、単純な収支だけで語る事も難しいのだが。
「色んな意味で次は無いでしょうしね。……それ以上に問題なのは、ここに脱出口が無かった事でしょう」
「……本当にな、ここから先は、流石にどうしようもないぞ」
詰まる所、いくら強敵を打ち倒したところで、いくらお宝を見つけられたところで、外に出られなければ何の意味も無いのだ。その点で言えば現状大赤字確定である。道中お宝らしいお宝を手に入れられ無かっただけにその落胆もひとしおであり、ここから帰れる道は一体全体どこにあるのだろうか。
ついでに言えば、だ。
「あれだ、昨日見かけた地図をもう一回見に行くってのはどうだ?」
「あの、崩れた瓦礫の下から出入り口を探し出して、ですか?見ての通り、今の自分は足手まといにしかなりませんよ」
悲しいかな、この試験区画に入って来るのに使った方の出口は今やうず高く積み上げられた瓦礫の下。先程は今の自分ではとは言ったものの、万全の状態であってもどうにか出来たかは定かではない程の惨状が広がっている。
ゲーム的にはボスを倒したのだから先に進んで貰わなければ困るのだろうが、ここから先に見える下り階段が今の自分たちに必要なものとは思えないのだが、さてどうした物だろうか。
「まあ、仕方ありませんから下まで運んでいただけますか。今なら片手片足分お得ですよ」
「……他に選択肢は無い、か」
そう言いつつ大きなため息をついたのは一体何故なのだろう。そも、ボスを倒せば云々はウッドワスから提唱してきた理論であったと思うのだが、彼はそれを綺麗サッパリと忘れてしまっているのだろうか。
とは言え文句の一つもなくあっさりと背負ってくれたのだから、わざわざ波風を立てる必要もあるまいて。ここは素直に彼の小さな背中を楽しむとしよう。
「……足、引き摺っていますよ。もう少し何とかなりませんか?」
「お前なぁ!担がれてる分際で、よくそこまででかい口を叩けたもんだな!殊勝な態度位はとっても良いんじゃないのかっ」
全くもって、ああ言えばこう言う。こちらは素直に問題点を指摘しただけだというのに、どうしてそう意固地になってしまっているんだか。
「階段、気を付けて。ただでさえ小さいんですから、上手く僕の下に入って下さいね?」
「お前さんだけ紅葉おろしになってしまえ」
小粋なジョークで場を和ませつつ和気藹々とした雰囲気を演出しようとしただけなのに、返ってきたのは辛辣なセリフ。
我ながら実に気を抜いた遣り取りをしているとおもうのだが、流石にここから先で戦闘が起こる事はないだろうし、多少の遊びは許して貰おう。そも、この状態で戦闘になれば、自分もウッドワスも抵抗のしようもなく鏖殺されてしまうだけであり、考えた所で仕方のないことだ。
そうしている間にもおっかなびっくりゆっくりと、階段を下っていくウッドワスの邪魔にならない程度の頻度で茶々を入れ続けていると、次第に目の前が明るくなって来たのが見えた。
「おい、出口が見えてきたぞ」
「言われなくとも見えていますよ、目は無事なんですから」
言わずもがなの事をわざわざと、何だかんだで会話を続けてくれる辺り人が良いのか緊張していて頭がそこまで回らないのか、警戒しろと言う文脈なら今さら自分に何ができると思っているのか逆に問い質したいくらいである。
「何時まで俺の背中に居る気だって話だよ、そろそろ降りても良いんじゃないのか」
「今の僕に自力で歩けと?」
「……さっきの鎧、あれで脚は作れないのか」
……ふむ、どうだろうか。確かにあれは動作の補助を行う為、単純な鎧としての機構の他にアシスト機能も付属している。鎧としての強度もあるし、強化自体も基本的に動作は鎧任せで体内強化を主にしている分、そこまで改修しなくとも多少の応用で対応できるかもしれない。
……案外可能そうに思えてきたが、それをあってそう間もない彼に言い当てられたと思うと無性に腹が立ってくるのは何故だろうか、嫌がらせで今暫くはここに居ようか。
「おい。お前さんのその沈黙、何か思いついたんだろう?だったら早く背中から降りろ、いい加減スタミナが尽きそうなんだよ」
「それは失礼、……すみませんそこまでは考えが回らず。今準備しますので、もう少々お待ちを」
「応、出来れば早めに頼むぜ。お前さん上背あるからか重量物の運搬扱いで、もうそろそろでHPが削れそうだ」
思ったよりも余裕が無い感じの答えでは無いか、それは。
それならそうともう少し早めに言っておいて欲しかったのだが、おっさんの見え張りと考えればそれも難しい話か。
取り敢えず全身を覆う必要はないので脚、それも膝から下の部分だけを構成する。パーツとしてはそこまで多くはないので消費魔力も少な目で間に合う筈だ。
最悪動けばそれで良いだろうし。
見た目地味な変化と共に、右足に錆びた具足を纏う。
武骨でみすぼらしい『無銘』の一部、今はその質素な感じが義足としては丁度良い塩梅である。
着地、歩行、踏み込みと、幾つかの動作を試してみたが、日常動作には問題なく適応出来ている。問題は戦闘になった際だが、そこはこれ以上の戦闘がない事を信じる他あるまい。
「大丈夫そうですね。いや、ご迷惑をお掛けしました」
「まあ、良いさ。生きてりゃ一度や二度はそんな事もある」
それで話はお仕舞いとばかり、頷き一つでそっぽを向くウッドワス。或いは小部屋の方が気になるのか。「実験資料室」の名前から考えるに、中にはあの緑の巨人にまつわる
あれだけの代物を扱った実験なのだ、中にあるのは相当のお宝に違いなく、いやでも期待感を掻き立てられると云うものだろう。ウッドワスも何だかんだと部屋の中が気になるようで、コチラの謝罪に対しての返答が大分おざなりになってしまっているでは無いか。いそいそと扉の前に陣取っていの一番に取っ手を掴む程には自分を見失っている様子で、罠が無いかどうかなど基本的な所に気が向かない程度には正気では無くなっているようだ。
「それじゃあ、開けるぞ」
コチラの返答を聴くでも無く独断専行に走る辺りが、彼がここに送られた理由の一つにもなってしまっているのだろう。とは言え、そう言って緊張した面持ちで取っ手に手を掛けたまま一向に動く様子が無いのはどうした事か。ここに来て弱音の虫にでも憑りつかれたのか、だとすれば随分と肝の小さい男だが。
「どうしたんですか」
びっこを引きながら近付くにつれ、声にならぬ唸りが彼の喉元から零れているのが聞き取れた。やおら大きく息を吐いたかと思うや否や、両手を膝に突き直し大きく深呼吸をしているではないか。まさかとは思うが。
「開けられないんですか?」
「……開かん。押しても引いても開く気配がない」
……非力だとは思っていたが、まさかそこまで非力だったとは。幾ら何でも想定外だ。
「あーっと、じゃあ僕が代わりますよ」
顔が引き攣ってはいなかっただろうか、流石にこんなしょうもない事で内輪揉めはしたくもないのだが。
「クソっ、……済まないが、頼んだ」
「ええ、任せて下さいよ」
苦渋に満ちたその表情が、自分に向けられた物で無いのを祈るしかあるまい。
入れ替わりで向き直ったその扉は、実に平凡な代物で。装飾の類いは一つも無く、質素なプレート一つきりが掛かっているだけの何とも凡庸な扉であった。
見た目はそこまで重そうにも見えないが、実験の資料を保管しているくらいなのだからそれ相応のセキュリティでも可笑しくは無い。ある程度は心して掛かる必要もあるだろう。
……これで単に鍵が掛かっていました、とかだったら最初に確認しなかったウッドワスに全責任を押し付けてやる。
そう心に決めながら掴んだドアノブの嫌な感触よ。普通は回せば良くも悪くも扉は前後のどちらかに動くものだと言うのに、こいつはピクリともせず仁王立ちしているでは無いか。
押しても引いてもうんともすんとも言わぬ。確かにこれはそのままでは開きそうには無いのだが……
「ウッドワス。貴方、この扉
「む?どうって、押しても引いても動かんかっただろう?」
確かに、そうなのだ。この扉、全く以って押しても引いても動く気配が欠片も無い。だからと言って鍵が掛かっているのかと言えばそれも違う。ちゃんとドアノブは回るし、扉も強く動かせば音を立ててガタつくのだ。一見摩訶不思議にも見えるだろう、しかしだ。こと日本ではあまり見かけないだけで、この手のドアは実はありふれた代物でもある。
「ウッドワス、この扉を
「………………あっ」
まあ、うむ。ドアノブが回るタイプの引き戸はあまり日本では見かけないのも事実だが、別段そういった扉が存在していない訳では無い。
横に引けば抵抗の一つもなく開いて行く扉が立てる擦過音が、静まり返った空間に良く響く。
「取り敢えず、中を確認してみましょうか」
いやに静かに頷く小さな影が、殊更に哀愁を誘うのだが。正直な所笑いを堪えるのがやっとなので、これ以上燃料を投下するような事はしないで欲しい。
しずしずと後ろをついてくるその姿につい吹き出してしまったのは、決して自分は悪くない筈だ。
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