第29話 一か八かの大博打
甲高い音と共に折れ砕けた鉄剣の片割れを投げ捨てると同時、急いでその場を離脱する。足元からでは見上げた所で見えはしないが、向こうのヘイトがコチラに向かっている事は、唸りを上げて迫りくる斧がこれ以上ない程に証明していた。
これで蹴り上げや踏み潰しでの攻撃を選択されていたのだとしたら、どう足掻いても勝ちの目は存在しなかったであろうに、優しさなのか構造上の問題なのか、足を用いての攻撃は現状一切見られていない。そこは救いではあるのだが、それはそれとしてもう少し装甲の厚さはどうにかならない物だったのか。関節を狙いたくとも足首にすら尋常な手段では刃が届かないのでは、手の施しようも在りはしないのだが。
とは言え現在敵方の主兵装たる機関銃は弾切れによって沈黙中、更には左手で斧を振っているからか給弾作業も中断されたままであり、このままここで引っ付いていれば延々斧だけ振っててくれそうな辺り、中身の判断能力はそこまで高い訳でも無いらしい。
インベントリから引き抜いた二本目の剣で斬り付けながら、ちょこまか緑の巨人の足元を回る。そんな消極的な戦法で勝てる相手で無いのは分かっているが、さりとてこれ以外に今の自分に取れる戦法は存在してはいないのだ。出来る事は極力装甲の薄い部分を狙って攻撃を重ね、コチラの剣が壊れきる前に相手の装甲を剥離させるチキンレースくらいの物なので、もう幾許かは時間が欲しい所なのだがそうは問屋が卸さぬらしい。
「チィッ、後ろから増援が来ているぞ!」
ちょこまかと、何時の間に用意したのか即席の物陰からコチラを窺っていたウッドワスの警告の声が耳へと届く。そこは想定通りの挙動なのだが、ボスの規模が想定の遥か上を行っていたのでまだ来てほしくは無かった言葉だ。
「其方でどうにか出来ませんか!」
出来たらいいな、程度の返し。コチラの想定では一対一ならどうにか出来る目算も付くが、恐らくそこが関の山な筈。そもそも魔法使いと剣士一人で隊列も糞も無い状況、挟まれたらその時点でジ・エンドである。
「無茶言いおって。……どうにかするから、そっちは任せたぞ!」
うむ、じり貧だな、これは。
正直に言わせて貰えれば、断ってくれた方がどうにか出来たやも知れぬ。……どちらであってもどうにもならない気もするが。
まあ、任せた手前、そして任された手前自分の仕事は成し遂げなければ面目が立たぬと言うもの。何が出来るかは分からぬが、精々足掻いて見せようではないか。
等と啖呵を切ったその背後で、盛大に爆音を響かせながら炎が吹き上がっていたのだが、それは些か初手から飛ばし過ぎだろうに。ガス欠にならなければ良いのだが。
まあ、分かりきっていた事ではあるが。
「クソがっ、助けてくれアスラ!」
即席の遮蔽を活かして引き撃ちに徹していたのは良いものの、早々とガス欠に見舞われただただ円周運動を繰り返すだけの点Pへと成り下がったウッドワス。それに対する自分はと言えば、早くも一本目の剣を潰して得られた成果は脛に着いた一筋の傷跡程度の物と、実に散々な結果がそこに転がっていたのである。
「無茶言わないで下さい。第一どうやって助けろと、そちらに向かえば二人揃って蜂の巣ですよ」
「アレを喰らったら、ミンチ肉も残りそうには無いけどな!」
「じゃあ、もう少しそいつらと戯れていて下さいね」
言い捨てそのまま背を向けるや否や、口にするのも憚られる様な怒声が背中に刺さる。
そも助けて欲しいのはコチラの方も同じ事。一撃の火力だけなら向こうの方が高いのだから、相手どるなら小物相手よりも大物相手の方が良いに決まっているが、その場合彼が言っていたように容易く地面の染みになってしまう。
出来れば彼の火力だけは欲しい所だが、如何せん取り巻きに集られている現状それも難しく、コチラとしても助けに向かいたいのは山々だがそれがそう簡単には行かない理由も一つある。
「済みませんが一発そちらに行きました!」
耳に痛い炸裂音を響かせながら、巨人の右手の銃砲が火を吹く。
足元で邪魔をし続けていたから当然装填は成されていないが、一定時間で自動的に一発だけは装填されてしまうようで、こうして何度か向こうの方にも撃ち込まれてしまっていたのだ。
とは言え救済措置の一環なのか、自動装填された弾丸は初撃のそれとは似ても似付かぬへなちょこな弾で、ウッドワスでも回避出来る程度のそれではあったのだが。
問題は、コチラの稼いだヘイトの量が雀の涙程度だと言う事実だろう。今の状況で向こうの救援に向かった場合、自分を捨て置いてウッドワスが優先的に巨人の攻撃に晒されかねず、もう暫くの間は彼には単独で逃げていて貰わねばならないのだ。
「まだ斬れないのか!」
それは分かってくれているのだろう彼も、口では文句を言うものの無駄に手を動かす事も無く、静かに逃走に徹してくれているだけありがたい。
コチラの想定通りなら、あともう少しで状況に変化が出る筈なのだが、さてどうだろうか。
折れ砕けた刀身をマナの刀身で包み込むことで形成し直したこの魔剣擬き、切れ味はともかく頑丈さだけならお墨付きのこれで幾遍も斬り付けられた装甲は、最早塗装も剥げて地金の色を覗かせている。
その中に一筋通る刀傷、それこそがこの数分の間に自分が積み上げた成果であり、そしてこれから更なる成果を引き出すための蟻の一穴となるべき代物。
「もう暫くお待ちください、今に面白いものを見せて御覧に入れましょう」
この数分の間散々に見た巨人の挙動から察するに、こいつは元々近接戦闘向けでは無いらしく、斧を振る際微妙に重心が傾いているのだ。
そのため連続で斧を使った攻撃を行えず、足を用いた攻撃も出来ず、挙げ句の果てには素早く移動することも出来ないと、悲しき三重苦を背負った機体である様なのだ。
尤も、敵対している現状敵の隙はコチラの好機。折角チャンスが回って来たのだ、ここは一旦勝負の天秤を元に戻す時だろう。
全身へと巡らせた魔力をそのまま一点へと集中させる要領で、切っ先へのその更なる先へと注ぎ込む。そうして出来た錆色のマナの刀身を振りかざし、全身全霊の一撃をお見舞いするは予てより斬撃を重ねて剥いだ装甲の一点。魔眼に映る景色には、薄く緑色の魔力のラインが繋がるそこへと渾身の一撃を叩き込んだその瞬間。
耳障りな怪音を響かせ傾いだ巨人の体躯。地面を陥没させる程の勢いで着いた膝のその下、人体では脛に当たるその部分から、可視化される程の濃密な魔力が勢いよく漏出していくのが肉眼からでも良く見える。
流石にここまで痛めつけられては即座に動き出すことは出来ないのだろう、或いは片膝を着いた状態では正常なバランス感覚を欠いているのか、両手で上体を支えたその姿のまま緑の巨人は静止してしまっているではないか。見れば銃砲も傍らへと放置され、実に狙い目に見えるがここは先にウッドワスを助けるべきだ。
「良し!もういいだろっ、早くこっちを助けてくれ!」
本人からもこう言われてしまっているのだ、煩くなる前に助けてしまってそれを恩に着せるのが得策だろう。
言っては何だが取り巻き予定のロボットたちに特筆すべき見所などは何もない。単に足を止めねば碌に戦えぬウッドワスが無能なだけで、まともな攻撃手段の一つや二つも持っていれば容易く屠れる程度の相手、向こうの巨人が体勢を立て直すより早く片付ける程度は造作もない。
駆け寄った傍から剣を振るう事数合にて、ウッドワスに群がっていた警備ロボットは鉄屑へとその姿を変え、斧を捨て去った緑の巨人は膝立ちのまま手に持った銃の砲口をコチラへ向けて構えている。
「チッ、早めに退避を。暫くは回避で、装填動作が入ってから攻撃を」
引き金を引く動作に入ろうとする今、残された時間もあまり無い為説明は簡潔になってしまったが、通じている事を願って一足先にその場を離れる。ここで時間を食ってしまって二人一緒に攻撃を喰らうのが一番まずい、出来れば被害を逸らすためにもなるだけ向こうとは離れた位置で受けたいのだが、その時間があるだろうか。
せめてと投げ放った鉄剣が、初弾と衝突し在らぬ方へと逸れたのは不幸中の幸いとして、続く連射がコチラに向いたのは当然の事と受け止めよう。とは言え膝立ちになったからなのか、数分前と比べて攻撃の精度が上がっているのは痛し痒しと云うもの。
インベントリから剣を引き抜く暇も惜しく、回避の合間に霊薬を喉へと流し込む事数秒、明滅する視界の中で即座に魔力が充填されて行くのが分かる。武器や防具は盗られた物の、インベントリ内の小物までには累が及ばなかったのは日頃の行いが良かったからに違いない。この特製の回復剤のおかげで少なくとも、この戦闘の間は魔力切れに陥る事は無いだろう。通常の強化ならいざ知らず、あの魔力撃もどきは消耗が想定以上に嵩むのだ。
火力を出し惜しんで倒せる相手ではないのだから、常に最大火力を叩き込める状態を維持していなくては。みすみす好機を逃すような間抜けに、勝利の美酒は味わえない。
空の瓶を投げ捨てつつ、膝立ちになった巨人を見遣り漏れそうになったため息を飲み込む。先ほどよりは低くなったが、それでも首も胴も未だ見上げる程の高さに鎮座しているのだ。剣の届く範囲にあるならまだしも、切っ先の届かぬ箇所に急所があるのが見えるだけに、失望と諦観の入り混じった苦いものが喉元深くから込み上げる気分を想起してしまう。
剣で倒せる敵ならば、剣の届く範囲に居ろよ。クソが。
「ウッドワスさん!次は何時撃てますか」
こうなってくれば頼みの綱はウッドワスの『ファイアーボール』唯一つ。というか他に攻撃呪文は持っていないのだろうか、あの男は。魔力切れが原因ならば撃てなくなるのも仕方がないが、もう少し小回りの利く技を持っていても良いだろうに。
「まだ暫くは先だが、そも何処を狙えばいいんだ!」
小器用にも、遮蔽に隠れながら聞き取れる程度の小声で叫ぶという荒業を見せてくれたウッドワスだが、その遮蔽を構築している残骸は何処から調達したのだろうか。
その手癖の悪さは正に賊として申し分のない行動力だ。その中に見覚えのある鉄屑が紛れていなければ、手放しで褒め阻やす事も出来たのだが。
「出来れば胴体の、正面装甲と側面の継ぎ目を狙えますか!」
中々に無茶な事を言っている自覚は有るのだが、コチラとしてはそこは出来るだけ狙っていきたい箇所なのだ。
「それで如何にかなるのか!?」
「なります。……必ず、成果は出して見せます」
コチラの即答に対して熟考で返してきたウッドワス。無論コチラの視界が分からない以上は当然の反応ではあるのだが、出来れば乗って来て欲しい所だ。
現状少なくとも、コチラの攻撃では止めはさせても急所に届かせる手段が皆無に等しい為、ウッドワスの射程は文字通りに喉から手が出るほど欲しい代物。靴の一つや二つは舐めても構わん。
「あ˝――クソっ!……良いか、こいつは俺の『奥の手』だ。絶対に口外するんじゃないぞ」
なるほど、逡巡の内容は切り札を切るかどうかも視野に入っていたからか。それなら長考の理由も判るし、コチラの言質も取りたい所だろう。
「分かりました。動画にも載せないよう、この会話含めしっかり削除しておきます」
「なら合図出すから、それに合わせろよ。……まだ暫くは時間が掛かる」
頷きを返答に巨人に向けて目線を戻す。ここから先はどちらが先に相手の喉元へと刃を突き立てられるかの勝負という事。
いざ事が始まれば待ったなしの大勝負、いよいよもってこの場とおさらばする時が来たようだ。その瞬間を心待ちにしつつ、それまでは盛大に暴れ散らかす事としようか。
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