第16話 付け焼刃の生兵法
それが起こったのは結局町へと戻りながら規定の討伐数まで兎狩りを楽しんだ後、手持ちのスキルの詳細確認をしていなかったことを思い出し、買い出しがてら町の工房を見に行った時のことであった。
他のスキルとの『共振』目当てで取得した錬金術であったが、ここで使わず死蔵するのはいかにも勿体ないと使いどころを探していたのだ。魔術では無く生産系統に割り振られているこのスキルは、当然の如く街の中などの拠点でしか使えないスキルであったのだ。ついでに言うならそれ専用の工房が必要になる辺り、かなり生産スキルとしても高度な作業を要求されることが丸分かりな代物でもある。
見習い用の工房が町の中にあったのは良いが、時間貸しなのはどうなのだろうか。或いはそれだけの高額であっても元が取れるだけのポテンシャルが秘められているとでも言うのだろうか、そうして期待を胸に抱きながら突入した自分を待っていたのは、想像以上に厳しい現実であった。
「何だこれ、難しすぎるだろう」
何度挑戦しても出来上がるのはゴミの塊。別段役に立たぬガラクタが出来上がるという訳では無い、『ゴミの塊』と名称が表示されるのだ、間違いようもなくそれはゴミでしか無いのだろう。
使用している道具は他の者と変わらない筈なのだが、どうしてこうも違いが出るのか。周囲の様子を窺う限りゴミの塊ができるのは一割二割程度の確率でしかないようなのだが、自分に限って言うならばその確率は九割を超える。
かてて加えて現状唯一成功したと言える代物もこの有り様だ。
『(不完全な)霊薬(E31)』
(これは不完全である。)服用時、時間を掛けて最大HPの一割を回復する。(服用時、高確率で魔力中毒になる。)
ここまで失敗作であると言われるような代物が他に在るのだろうか、ガラス瓶の中に蟠るドドメ色の魔力と綺麗な緑色の液体の対比が実に目に悪い。
他のところを見る限り、液体の色自体はかなり綺麗な色味なのだが一体全体何が悪いのだろうか。込められている魔力の色味が悪いのか、そうですか。
正直なところ何故失敗し続けているのか、おぼろげながらも理由は分かってきてはいるのだ。
他の人の作ったポーションを盗み見た結果がこれである。
『ポーション(E09)』
服用時、即座にHPを3%回復する。(服用時、低確率で魔力中毒を引き起こす。)
因みにこの括弧で囲われた部分は『魔力視』と『郷愁の魔眼』を組み合わせて初めて見えるようになった情報であり、名称の後に付いているロット番号のような表記は内包している魔力量を解りやすく可視化した物になる。
詰まる所自分の作るアイテムは、魔力を込めすぎているから失敗作になっているのだ、とは言えそれが分かったとしてもどうにもならない事がある。ハッキリと言えば機材の限界と云うべきだろう、ここの機材ではこれ以上魔力を
本来であればこのランクの物を作ろうと思えば、恐らくは錬金術のスキル以外にも高い器用度と知力が要求されるのだろう。或いは機材の中には魔力を視認できるようにする装置も在るのかもしれない。それ位には魔力を見ながら作成できる自分の余裕が手に取るように理解できるし、だからこそ今作りたいものが作れない理由も分かってしまって辛いのだが。
とは言えもう少しばかり実験を進めたい所なので、目の前の釜へと追加の素材を投入していく。一束幾らの店売りの薬草に、これまた袋単位で買い浚った屑魔石とを合わせて投げる。
今更ながら錬金術スキルの使用方法を解説すると、ある物質をエーテルと呼ばれる状態に還元し、望んだ特質だけを抽出して他の物質に付与するのが基本的な使い方だ。
その性質上大釜の様な設備に加え、周囲の環境が安定していなければ使用できないのは欠点か。そういった意味でも町中でしか使えない、生産活動用のスキルという位置付けなのだろう。某マンガのような派手な使い方は出来ない訳だ。
もう少し判りやすく説明するなら、アイテムを溶かして作った絵の具で別のアイテムを塗りつぶして作り替えるような物とでも言えば良いのか、取り敢えず面白アイテムを作る為の趣味スキルと考えるのが一番近いか。
それはともかく釜の中へと意識を戻す。備え付けの櫂を使って釜の中身をかき混ぜながら少しずつ魔力を注いでいくと、次第に中身の薬草と石屑がその輪郭をぼやけさせていく。本来であればここの工程で、溶けていく素材の様子を見ながら作業を進めていかなければならないのかもしれないが、自分にはそのような苦労を無縁の存在にしてくれる頼もしきパートナーが付いているのだ。魔力視を発動させればそれだけで釜の中身は色鮮やかな物へと変わり、次いで周囲の風景から色が抜けていく。それだけこの装置が魔力を使用しているという事なのだろう、実際少し離れた通りの方は色とりどりの魔力が漂っているのだから、その考えは間違っていないに違いない。
それはそれとして緑と黒白で満たされた釜の中身はと言えば、どれだけ魔力を追加で送って見ても一向に色味が変わりはしない。であればより濃くなるよう集めてみようとした所で、この櫂ではどう足掻いても釜の中身の魔力に干渉する事も出来やしないのだ、八方塞がりとはこの事だろう。
だが、しかしだ。魔力による干渉を、自分は他にも見たことがあるではないか。
自身の身体を巡る魔力の流れを視認する。魔力視の効果が上昇したことで細かく且つ精確に、それこそ自身の魔力の流れも視ることが出来る様になったのだ。
それを用いてあの時に見たボスの魔力の動きを模倣する事で、あの魔力の鎧のように体外に干渉する術を身に付けられるのではないか。戦闘中には検証も実験も行う余裕は流石に無かったので今更ながらの事にはなったが、それもある種幸運だったと言えるだろう。某かの成果があった場合、あの場では部外者が居た事もあって少々面倒な事になっていた可能性もなくはない。
見よう見真似の拙い代物ではあるが、魔力を操る感覚は設備の櫂を使う事で補う事で、どうにかこうにか朧気ながら形にすることは出来たのだが。ここで新たな問題が一つ。
釜の中に干渉できないのだ。考えてみればある種当然の事か、釜の中身は魔力を高濃度に濃縮したエーテルで満たされているのだ、生半可な技術や魔力量では触れた端から分解され唯々燃料を追加しているだけになってしまう。悲しいかな魔力の残量的にも、これ以上この方向性での検証を続けることは難しいと言わざるを得まい。
故に次の検証に移るとしようではないか。
暫く座り込んで魔力を回復させた後、全回復した頃合いを見計らって傍らのゴミの山を片っ端から釜の中へと投げ込んでいく。確かに『ゴミの塊』の説明文には「役に立たないゴミの塊でそのままでは再利用の方法も無い」としか書かれてはいないのだが、裏を返せば何らかの手法を用いれば、再利用も可能になるということなのでは無いのだろうか。
そしてお誂え向きに今自分の眼の前には、アイテムを再利用するための装置が転がっているではないか。これはここで使えという神様からの天啓に違いない。
ザラザラと投入したり、締めて三十一のゴミの塊は、大釜の中の濃縮されたエーテルの上をふよふよと浮かんで沈む様子の一つもない。他の素材のように直ぐに変化が起こる様子もない辺り、やはりゴミはゴミでしか無いのか、これだけを見ればそう判断しても可笑しくない状況だが、自分の目に映る情報は少々異なる。
大釜の中に浮かぶゴミの塊は、確かにこれまでの素材のように分解されながら魔力を漏出させることはないのだが、しっかりと色付いたエーテル自体は抽出出来てはいるのだ。今までとは違いその反応は実に緩やかなもので、こうして魔力を直接見ていても見間違えてしまいそうになる程些細な物なのだが、それでも反応自体はしているようだった。
問題はこれに干渉することが出来るかどうかだが、うっすら漏れ出た赤色のエーテルを櫂の先で掬い上げるように動かせば、ゆらゆらとエーテルの海の中を漂い始めるではないか。こうなれば儲け物である。後は他の所から漏れ出る赤色のエーテルを集めて回ればいいだけ、他の色も漏れ出ている辺り本当に様々な属性をごった煮しただけのゴミのような代物なのだろうが、色が混ざらないよう気を付けさえすればこれだけで他の特質も抽出出来るのだ、実にお得と言えるだろう。
そう小躍りしそうな程に浮かれていたのが悪かったのであろう、気を付けていたつもりであったエーテルが混じり合っていた事に気付いたのも後の祭り、盛大に釜の中で反応しだしたそれを止める術は今の自分が持ち合わせている筈も無く。
気が付けば噴水の前で横たわる自分の目の前に、とんでもない額の借金の通知が飛び込んできていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます