鳳灰の魔女

じぇにーめいと

一年生編

第1話 教師

 ――魔怪まかい。それは数多いる魔法使いの中で最上位に位置する存在。数は数えるほどしかおらず、魔法使いであればその名を知らぬ者はいないほどに権威をもつ存在である。全員が二つ名を持ち、各々の使命のため世界中を飛び回っている。そしてこれはその中の一人の魔女の物語。


 ――名はウナ・グリージャ。またの名は鳳灰ほうがいの魔女。


 ここはノーボパオロ魔法学校、四大魔法学校と称されるものの一つであり、数々の優秀な魔法使いを輩出してきた。その中には魔怪になったものもいる。千年以上の歴史を持ち、魔法に関する様々な資料が保管される場所でもある。

 そして今ここに一人の魔女が訪れた。狼のような灰色の髪に赤く染まった瞳、雪のように透き通った白い肌、トレードマークともいえるほど大きなとんがり帽子、誰もが一度はふりかえるであろうその美貌。


 彼女の名はウナ・グリーシャ、十六歳の時に試験を突破し史上最年少で魔怪となった。ここノーボパオロ魔法学校の卒業生であり、所属した寮の中に写真が飾られるほどの功績者でもある。


 グリーシャは門をくぐり学内へと足を踏み入れた。迷いのない足取りで庭を抜ける。校舎の中へ入ると目の前にある階段を上り、少し歩くと玉座の絵画の前で足を止めた。


「校長、入りますよ」


 そう言うとグリーシャは絵画を通った。すると大き目な部屋にたどり着いた。


「久しぶりじゃな。グリーシャ」


 白いひげを生やした男がグリーシャへと話しかける。


「三年ぶりですね」


「表世界の方はどうじゃった?」


「いつも通りという感じでした。アメリカのピザもおいしかったですけど私はやっぱりイタリアの方が好みですね」


「まるで旅行気分じゃな」


 この老人はルーブエ・トロイ。ここ、ノーボパオロ魔法学校の校長を務めている。数年前までは魔怪の称号を持っていた実力者であり、教科書に名が残るほどの偉人でもある。


「それはそうとそろそろ本題に入りましょうか」


「それもそうじゃな」


 そう言うとトロイは机の上に一枚の紙を置いた。


「契約書、ですか。まあわかってはいましたが仕事依頼ですよね」


「ああ、おぬしにしか頼めないことなんじゃ」


「どれどれ、仕事内容は~……」


 グリーシャはその紙に視線を移す。


 仕事内容は3年間、ノーボパオロで教師をするというものだった。


「マジですか?」


「大マジじゃ」


「まだ私を教師として雇うのはわかりますよ!  天才ですし教えるの上手いですし魔怪ですしかわいいですし、ですけど何で呪文防衛学なんですか!」


「おぬしが一番呪文に精通してるからじゃ」


「それは、そうかもしれないですけど」


「それがのう、最近前任の呪文防衛学の先生が殉職なさってな、頼れるのがおぬししかおらんのじゃよ」


「わかりました百歩譲ってそれは許容しましょう。でも何ですか三年って長すぎるでしょう! 私はあくまで臨時教師として雇えばいいじゃないですか!」


「いやあ、本採用したいじゃん。優秀だし後釜見つけるのめんどくさいし」


「絶対後釜見つけるのがめんどくさいだけじゃないですか! 絶対お受けしませんから、さようなら!」


「ちょ、ちょっと待った! わかった教師の件は一年、いや半年でいい! おぬしに本当に頼みたいことは別であるんじゃ!」


「手短にどうぞ」


「実は最近、闇使やみづかいが増えておってなそれの対処をお願いしたいのじゃ」


「なるほどそう言うことでしたが、でしたら私が適任ですね」


「なら」


「ええ、お受けします。ただ給料は二倍にしておいてください、闇払いするのに割に合いません」


「はい」


 ――闇使い、それは無断で呪文を使う魔法使いの事である。呪文は魔法とは似て非なる異質な存在であり、ほとんどの呪文は人体に苦痛を与える凶悪なものである。使用には魔法局の承認が必要であるが呪文を使おうとするものが少なく、そのうえ承認を得るための試験は魔法検定準一級並みの知識が必要であるため呪文を公式に扱えるものは多くない。


 十九時半、大食堂にて夕食を兼ねた集会が行われていた。まだ新入生が入学していないため卒業生が開けた席が少し寂しさを感じさせる。

 生徒たちが各々会話しながら食事をしていると最奥の教師用席に座っていたトロイが立ち上がり生徒たちへと呼びかけた。


「食事中のところ悪いが少しこちらを向いてくれるか」


 トロイの呼びかけで全生徒の視線は最奥の席へと集まった。


「今日は皆に紹介したい人物がおる。先月殉職なさった呪文防衛学のディアス先生の後任となる者じゃ」


 トロイはそう言うと後ろを向き座っていた女性に立つよう手を仰ぐ。女性はそれに従い立ち上がると身に着けていたとんがり帽子をとった。帽子の影がなくなるときれいな灰色の髪と赤い瞳が生徒たちへと晒される。その瞬間、場の空気が凍り付いた。


 生徒たちから「マジかよ」や「あれって本物?」「なぜあんな奴が」といった声が聞こえ始める。その驚きは目の前に魔怪がいるからかはたまた別の理由があるのか。


 グリーシャは生徒たちのざわつきにうろたえることなく何ともない口調で自己紹介を始めた。


「初めまして、ウナ・グリーシャと申します。先ほども紹介があった通り呪文防衛学を担当することになりました。私はあくまで ” 臨 時 ” の教師なので短い付き合いにはなるとは思いますがよろしくお願いします」


「ということでウナ・グリーシャ先生じゃ、皆も知っての通りグリーシャ先生は魔怪の一人じゃ。彼女から学べることはたくさんあるじゃろう」


 生徒たちがざわつく中、さっさと二人は席へと戻っていった。すると一人の生徒が怒気を含んだ口調で大きな声を上げた。


「俺は……俺は認めないぞ!」


 少し茶色がかった金髪、そして右目に大きな切り傷を持った緑のローブの学生服を着た生徒。


 まるで親の敵と言わんばかりの怒気を含んだ表情でグリーシャの元へとにじり寄ってくる。


「おい、鳳灰の魔女。俺は今からお前に決闘を申し込む!」


 ――決闘。その一言で生徒たちはより一層ざわついた。魔怪であるグリーシャへの宣戦布告。それは学園内でなければ自殺と言っていいほど愚かな行為。しかし生徒たちの中には先の生徒に勝機があるのではと考える者もいた。確かにそう考えるものがいてもおかしくはない。

 彼、グリーシャに決闘を申し込んだ生徒。名はシエロ・サングエ、現二年生の魔法使いである。学園内で知らぬ者はいないほどの名家の血筋でありそれ相応の実力者でもある、学園内でも五本の指には入るであろう。


「まあまてサングエ、少し落ち着きなさい」


 近くに居た教師がシエロを止めに入った。しかしグリーシャはそれを気にすることなくシエロに近づいた。


「いいですよ」


 グリーシャはシエロの宣戦布告に迷うことなく即答した。


「ルールはこうしましょう。相手を場外に落とせば勝ち、相手に対して直接的なダメージを与える魔法は禁止です」


「ああ、それで問題ない。だが一つ条件を追加させてもらう俺が勝ったら教師はやめてもらう」


「あなたが負けた場合は?」


「好きにしろ」


 そして両者は5メートルほどの距離を取った。


「お、おいグリーシャ。わざと負けるのはなしじゃぞ」


「わかっていますよ校長。私も魔怪としての面子メンツがありますので」


 そう言うとグリーシャは懐から杖を取り出し右手で構えた。


浮かす魔法レジオーロ


 大食堂の真ん中を通っていた細長いカーペットの中央が浮かび上がった。


瞬間移動する魔法ポルディエイテ


 グリーシャとシエロが浮かび上がったカーペットの端に瞬時に移動した。


「開始の合図はわしがとろう」


 トロイは咳払いをした後、数秒の間大食堂は沈黙に包まれた。


「両者杖を構えよ!」


 二人はその言葉で構えをとる。そして杖の先を相手へと向けた。


「準備は良いな。では……始め!」


「――強風を起こす魔法ファー二アス!」


 始めの合図とともにシエロが先手を打った。それに対しグリーシャは瞬時に魔力の壁を作り涼しい顔をしている。


割り込む魔法ディジオーネ!」


シエロの魔法で壁が割れる。その瞬間、シエロは追撃を行う。


炎弾を放つ魔法バダクーダ!」


 炎の弾丸がグリーシャへと襲い掛かる。


割り込む魔法ディジオーネ!」


 グリーシャは焦ることなく冷静にその魔法に対処した。しかし炎が消えたかと思うとシエロはすでに杖を構えていた。


魂を奪う呪文アブラディダーハ!」


空間を削る魔法ザグエラ!」


 シエロが放った呪文はグリーシャによって空間ごと削り取られてた。シエロはグリーシャの呪文への対応の速さに一瞬表情に曇りを見せたがすぐに杖を構え魔法を放とうとする。


「バダク――」


武装解除の魔法アレスキューレス!」


 しかしグリーシャの方が一歩早く、容赦なくシエロから武器を奪った。


炎弾を放つ魔法バダクーダ


 グリーシャが放った炎によりシエロは場外へと放り出され、決闘は終わりを迎える。


「くそっ!」


引き寄せる魔法ガッシア


 シエロは床に落ちた杖を拾おうとしたがトロイによりそれは阻止された。


「シエロ・サングエ、一ヶ月杖の使用を禁止する。それと後で生徒指導室に来るように」


 シエロは拳を握り床を叩くと勢いよく立ち上がり悔しさを残した表情で大食堂を出て行った。


「グリーシャ先生お怪我はありませんか?」


 近くに居た教師が駆け寄ってくる。


「大丈夫ですよ。何一つ、ダメージは受けていませんから」


「それにしても生徒が呪文を使うなんて、いったいどこで覚えたのでしょうか」


「確かに、それが一番の問題ですね」


 その後、教師たちが場を収め事なきを得た。生徒による呪文の発動、前例がないわけではないが決して無視はできないことである。


「グリーシャ、明日の入学式の後ブルフバッハに選ばれた生徒たちの先導を頼みたいんじゃが」


「ええ、大丈夫ですよ」


「うむ、では頼んじゃぞ」


 こうしてグリーシャの教師としての初日は完璧とはいいがたいが何とかして無事に終わりを迎えることができた。この先に待つ未来は誰にもわからない、ただ一つわかることはウナ・グリーシャの魔法教師としての人生が始まったというだけでだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る