獣人嫌いの僕と白い狼
只野くん
白い耳の狼
この街では、耳と尻尾を持つのが普通だ。
獣人は狼もいれば狐もいて、猫や虎だって珍しくない。
俺――
耳も、尻尾も、生まれつき存在しない。
理由は単純だ。俺が人間だからだ。
しかも、この国で唯一確認されている“純粋な人間の家系”らしい。
それが何の自慢になるっていうんだ。
四月、獣人ばかりの新しい学校に転入した。
校舎の扉をくぐった瞬間、獣の匂いが鼻を刺す。
人間の嗅覚でも分かるぐらい、濃い。
校長も、担任も、生徒も全員が獣人――最悪だ。
あいつらはいつ牙を剥くか分からない。
教室の扉を開けると、視線が一斉に俺へ向いた。
「間島蒼生、よろしくお願いします」
自己紹介を終え、空いていた席に腰を下ろす。
そこからは質問攻めだった。
「人間って耳ないんだ!」
「嗅覚ってどうなの?」
――いちいちうるさい。好奇心ってのは、ときに暴力だ。
午前の授業が終わり、購買へ向かった。
教室から別館までの距離はそこそこあるが、獣人たちは走ったり飛んだりして、あっという間にたどり着く。
俺がゆっくり歩く間に、廊下の先がふさがれた。
イヌ科の獣人二人組。でかい体と尻尾をこれ見よがしに揺らしながら、通せんぼをしている。
話し声は他種族を馬鹿にするような内容だった。
「どけよ、でかい犬」
俺の一言に、二人の耳がぴくりと動く。
次の瞬間、周囲の獣人が一斉に距離を取った。
「でかい犬って、俺らのことか? 小さい人間さんよ」
「人間が俺らに勝てると思ってんの?」
嘲るように笑いながら近づいてくる。
俺は格闘技をかじってはいるが、人間の力なんて高が知れている。
振り上げられた大きな拳が、俺の顔めがけて飛んできた――
その拳を、別の腕が受け止めた。
「お前ら、次は停学じゃ済まないだろ」
低く、冷えた声。
真っ白な耳と髪。鋭い目をした狼の獣人――
「月城、いいだろ、分からせてやるだけだ」
「黙れ」
ちょうどそこに教師が飛んできて、場は強制的に解散となった。
状況説明は他の生徒がしたらしく、月城は教室へ戻り、俺は購買へ向かった。
パンを手に教室へ戻ると、兎のような獣人が声をかけてきた。
「さっき犬山君たちに喧嘩売ってたね」
クラス全員の視線が一斉にこちらへ向く。
この子は確か、
俺が最も苦手とするタイプだ。
放課後、皆が集まって騒ぎ出す。
「カラオケ行こ!」
「間島君の歓迎会しようよ!」
「悪い、荷解きがあるんだ」
そう言って教室を出る。
下駄箱には月城がいた。
獣人に感謝するなんて屈辱だが、助けてもらった礼ぐらいは言わなければ人として筋が通らない。
近づくと、月城の白い耳がぴくりと動いた。
目は俺を見ていないのに、足音だけで俺の存在を察知しているかのようだ。
「さっきは助かった。別に、借りを作るつもりはなかったんだけどな」
月城は目を合わせず、短く「そう」とだけ言って去って行った。
白い耳が、夕焼けの中で小さく揺れていた。
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