第12話 離婚

 死にかけていた幼虫の命が尽きたのだろう、私は自分のアパートへ戻っていた。


 〈神代さん〉に吸われた太もものつけ根の周辺が、まだジンジンと熱を持っている。

 毒のせいだと思うけがピンク色に染まっているじゃない。

 〈神代さん〉と顔を合わせば、私の顔もピンク色に染まってしまうだろうな。




 「〈八重〉、ちょっと言いにくいことなんだけど。 いずれは知ってしまうことだから私が言った方が良いと思うんだ」


 「なによ、〈かすみ〉のその言い方。 すごく意味深だね。 もったいぶらないで早く言いなさいよ」


 「〈八重〉が以前付き合っていたあの〈南高さん〉が離婚したのよ」


 「えっ、本当なの? 」


 「うん。 噂は流れていたんだけど最近正式に離婚したみたい。 〈八重〉も給与システムで見れば分かるわ」


 本当はいけないことだけど、私達はたまに興味本位で個人情報を見てしまう時があるんだ。

 だけど今回は見ないだろうな。元カレが結婚した時になにげなく見たつもりが、すごくショックを受けたことがあるんだ。


 今回はショックを受けないと思うけど、変な感情を持ってしまうのがとても恐ろしい。


 「…… 」


 「教えたことに深い意味はないのよ。 もう何年も前のことでしょう」


 〈かすみ〉は私が元カレのことをまだ引きずっているのを知っているから気をつかってくれているんだな。


 「ふぅ、どうしてなんだろう。 子供もいるのになぜ別れるのかな? 」


 「私には分かないけど、夫婦にはそれぞれの事情があるんだと思う。 離婚はもう珍しい事じゃないからね」


 「そうだね。 男女のことは外からは分からないか。だけど子供が可哀そうだね」


 「それは本当だね。 あははっ、私が離婚しないのは子供のためだけだよ」


 〈かすみ〉は無理やり笑って明るい方向にもって行こうとしてくれているけど、私は笑えそうにないな。


 私は元カレの離婚を知り、心臓がドクンとなってしまったんだ。

 なぜ。


 元カレの幸せを望んでいたから。

 いいえ違うわ。私を捨てた人の幸福を祈るほど私は聖人じゃない。


 それじゃどうして胸が高鳴ったの。

 私は何を期待しているんだ。私はまた恋人に戻りたい、とまさか考えているのだろうか。浮気をされてあんな別れ方をしたっていうのに。


 私の心はぐしゃぐしゃになってしまった。

 別れてからもう何年も経っているのに、まだ私を苦しめるのね。





 私はビビッている。


 ビキニアーマーが恥ずかしくないなんて、もうどうでもいい。

 それよりもイラ蛾の化け物が怖くてしかたないんだ。

 今日ほど〈一本桜〉の洞から逃げ出したいと思ったことはない。


 昨日毒棘に刺された恐怖がありありと私を襲ってくる。足がガクガクして動けそうにないよ。


 私は〈神代さん〉の後ろに隠れてただ震えている弱い女なんだ。

 〈神代さん〉お願い。弱い私を守ってください。


 「〈大村さん〉は肌の露出が多いからこのローブを使うと良いよ」


 〈神代さん〉は自分のローブを脱いで私に渡してくれようとしている。

 ローブの下はパンツだけで上半身は裸だ。私は目のやり場に困ってしまうよ。


 それにどうでも良いことも思い出してしまう。

 〈神代さん〉のパンツはチエック柄のトランクスだけど、元カレがはいていたのは白いブリーフだったってことだ。私の脳は白いブリーフに未練があるって言いたいの。

 

 「でも。 〈神代さん〉が裸になっちゃうよ」


 「これで良いんだ。 〈大村さん〉は昨日ひどい目にあったからな。 少しでも防御を固めれば安心出来るだろう」


 「ありがとう」


 私は〈神代さん〉の好意に甘えてローブをまとった。

 このまま私が戦えないと二人ともやられてしまうのだから、これが最善と思えたからだ。


 袖が長いからペキペキと折り返し、裾も長すぎるから半分に折ってローブのベルトに挟み込む。結果短いスカートのようになったが、私の安心感は爆上がりする。

 

 やっぱりビキニアーマーは視覚的に無防備過ぎるんだわ。

 肌の露出がアラフォーの女性にとって色々と厳しすぎるのは当然である。

 ビキニアーマーと比べてローブは本当に良い。安心感が段違いだ。


 安堵感あんどかんに加えて、〈神代さん〉の気持ちがローブの温かさと一緒に沁みてくる。


 鹿くらいあるイラ蛾の幼虫は30匹にも増えていた。

 私達の目の前は黒く禍々まがまがしい化け物に埋めつくされ、まるで地獄にいるようだ。

 鋭い毒棘は四方八方に長く伸び、私達を亡き者にしようと固く黒く光っている。


 私の心臓がドクンと鳴った。

 昨日の刺さされた太ももが、また熱を持っているようだ。


 私は両手で自分を抱くように〈神代さん〉のローブの存在を確かめる。

 このローブが私を守ってくれると信じよう。きっと上手くいくと私は信じたい。


 パンツ一枚だけの〈神代さん〉は私を守ろうとしているのか、少し前に出てイラ蛾の幼虫を睨みつけている。パンツ一枚はどう考えてもカッコ悪いはずだけど、なぜか私にはそうは見えなかった。


 「いくぞ。 熱湯魔法」


 あまりカッコ良い魔法名じゃないけど、私にはそう思えない。頼りにしているんだ。すごく期待もしている。


 この魔法に私の運命が左右されるのだから当然だわ。


 うふふっ、ほら見てごらんなさい。

 30匹のイラ蛾の幼虫は熱湯を浴びて、あんなに動きが遅くなっているじゃないの。

 毒棘はヘニャとなってもう脅威きょういではなくなっているじゃない。


 「いくわよ」


 自分を鼓舞こぶするために叫ぶような声を出し、私はイラ蛾の化け物の中に飛び込んでいった。


 パンツ一枚の〈神代さん〉の後ろに隠れているのは間違っている。

 私には勇気も剣もあるんだ。〈神代さん〉のローブもまとっているじゃない。


 私がやらなくてどうすんのよ。


 一匹二匹三匹と私は剣で叩き切っていくけど、やっぱり30匹はすごい数だ。

 熱湯魔法が効いているうちに全てを倒せるか、だんだん心配になってくる。

 私には無理なんじゃないのかな。

 さっきまでの勢いはどうしたんだ、〈八重〉。毒棘を私はまだ怖がっているのだと思う。

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