第10話 疑問
「おぉ、もう一人は女性なのか。 〈新太〉がうちを使うだけで異常なのに、美しい女性と一緒とは。 明日は雪が降るんじゃないのか」
〈神代さん〉の知り合いの男性はレストランのマネージャーをされているようだ。
高級そうな背広を着て〈神代さん〉を笑顔でからかっている。
同行者の私の居心地も悪くなるけど、美しいと言われればそれが例え商売上であっても悪い気はしない。
「はぁ、今は冬じゃないぞ。 使い古された
〈神代さん〉も言い返しているから、かなり親しいみたいだ。親戚の人なんだろうか。
「こんばんは。 無理を聞いていただいたようで、ありがとうございます」
何とかあいさつの言葉を絞りだしたけど、顔が赤くなってなかったか気になってしまう。
私はそんなに美しくはないのに、面と向かって美しいと言われて照れてしまったんだ。
「いえいえ、どういたしまして、こちらこそご利用いただきまして誠にありがとうございます」
「ところで席はどこなんだ」
「ふふっ、お客様こちらの個室でございます」
「えっ、個室なのか。 ごめんよ。 無理を言ったみたいだな」
「心配しなさんな。 ちょうど空いていたからこっちは大丈夫だし、料金は同じだからね」
私は個室に通されてフルコースをご馳走してもらった。
レストランの個室なんて初めての経験だから、少しドキドキワクワクだよ。
ビンテージって言うのかな。〈神代さん〉はワインも上等なものを頼んでいたな。
個室の客なのを意識したんだと思う。
美味しいワインと豪華な食事の合間に、私はかなり熱く〈一本桜〉の美しさを語っていたと思う。
〈神代さん〉と私の共通項は〈一本桜〉だけなんだから、そうなるのは当然でしょう。
私は〈一本桜〉のことならいくらでも話せる自信があるんだ。
他の人にはこれだけは負けない自信がある。
ただ世の中には桜の話にあまり興味が無い人もいるんだ。好きなものは人それぞれだからそれはしょうがないと思う。
桜の話をしたことで場がシーンとしまったことがあるため、私は相手の反応を探りながら話すようになった。
空気が読めないの、なにこの女って、目が今も忘れられない。
それが意外なことに〈神代さん〉は私の話を感心しながら聞いてくれている。
私の話にいちいち
私の〈一本桜〉の話を嫌がらずに楽しそうに笑っている〈神代さん〉が悪いんだ。
さらに調子に乗った私は〈一本桜〉以外の桜の話もしてしまう。もう舌に勢いがついてしまったのでどうしようもない。
〈一本桜〉だけで
舌に勢いがついてしまったのは、豪華で美味しい食事とお高いワインのせいだと思う。
それに私の桜の話をこれほど興味を持って聞いてくれる人は初めてだったんだ。
元カレにさえ「桜の話はもう二度とするな」と激しく怒られた事がある。
すごくショックを受けたから、私は言いつけどおりに桜の話題を元カレに話すことはしなくなった。
今もその時のことを思い出すと悲しくなる。
「へぇー、河津桜は2月にもう咲くのですか? 」
「濃いピンク色で木全体が花で
「それは綺麗なんだろうな。 一度見に行きたいね」
あっ、共通項はもう一つあった。同じ会社に勤めているんだった。
少し酔った私はシステムエラーが多くて困ると愚痴も言ったと思う。
「それは大変ですね。 課のシステム担当者に一度原因を聞いてみるよ」
〈神代さん〉が言ったことに、私はどう答えたのかな、思い出せないや。
自分で言ったくせに曖昧な返事を返しただけの気がする。
だって愚痴を言っただけなんだもん。
〈神代さん〉にタクシーでアパートの前まで送ってもらい私は今お風呂に入っている。
少し酔った頭に浮かんでくる疑問は、どうして私の中で〈神代さん〉が不潔な印象から急にまともな人になったかだ。
圧倒的な理由は見かけをちゃんとしたからだ。
髪を整え無精髭が無くなり新品の服を着ていたからだ。
ベストセラーになった本に、人は見た目で他人を判断すると書いてあったが、そのとおりだと思う。
私がそれを証明した形になった。
他人の内面など見ようがないのだから、当たり前と言えば当たり前のことだ。
私はお湯にブクブクと沈んで反省も行う。
死ねと私が言ったことに〈神代さん〉あれほど怒ったのは、親友が死を選んだからだと思う。
想像に過ぎないけど、その親友さんは心無い人に死ねと言われたんだと思う。
私はその心無い人と同じ言葉を〈神代さん〉に向かって吐いたんだ。
もう二度と言わないようにしよう。
〈神代さん〉は髪を切った効果が大きくて神官のローブが前よりも似合っている。
コスプレとしてもかなりのクオリティになっている感じだ。
イケメンとは言えないが、渋くてちょっと良いと思う人も少しはいると思う。
私は変わらずに桜色のビキニアーマー姿である。
かなり恥ずかしいかっこうだ。
アラフォーの女性が露出過多のコスプレをしたら、イタいと笑われるがまさにそれが今の私だ。
せめてマントがあったらな。
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