第4話 王子様

 長いローブをまとった神官のかっこうで杖を持っているんだ。役割は戦闘のサポートである後衛職こうえいしょくに決まっているじゃないの。

 華麗に私を守ってくれる人を求めていたのよ。それなのになんでよ。


 「あっ、大村さん」

 「えっ、神代さん」


 どうして〈神代〉なのよ。

 王子様とは真逆の人じゃないの。


 〈一本桜〉の精は人間の気持ちが理解出来ないのか。よりによって私が一番嫌いな男が現れてしまった。不潔なのは生理的に無理なんだよ。


 きゃっ、また攻撃をされてしまった。

 よそ見をしてしまったすきをつかれたんだ。〈神代〉が現れたから気をとられてしまったよ。

 この男をもっと嫌いになってしまう。


 だけど今は文句を言ってる場合じゃない、

 あと三回で私は死んでしまうんだ。


 「〈神代さん〉、助けてよ。 この虫の化け物をやっつけてほしいんだ」


 「はぁ、状況が良く分からないんだけど、これは一体どうなっているんだ。 僕は変な夢を見ているらしいな」


 「ぜんぜん違う。 これは現実なんだから。 あと三回で私は死んじゃうんだよ」


 「うーん、〈大村さん〉の声が真に迫っているな。 すごくリアル夢だ。 現実に起こっているとしか思えない」


 「バカ。 私が信じられないのなら、攻撃を食らってみたら良いわ」


 すごく腹が立った私は、〈神代〉の後ろに隠れることにした。

 〈神代〉の体を前に押し出すこともしてやった。

 私を信じてくれないのが悪いんだ。


〈神代〉の体が盾になり、これでしばらく私は攻撃にさらされることは無くなった。


 「ぐわぁ、この大きなアブラムシは攻撃をしてくるんだ。 〈後7回で見えざる防壁は霧散します〉って、どこからこの声は聞こえてくるんだろう」


 えっ、後7回なの。

 〈神代〉は後衛職だから、防御力が私の三分の一なんだわ。

 奇妙なことだけど、この考えが私の頭にスーッと降りてきた。


 「あと三回攻撃が当たれば、本当に死ぬんだよ。 なんでも良いから、魔法的なものはないの? 」


 残り7回-(3×3回)=△2

 おつりが余って死んでしまう計算になる。


 「魔法って、どうかしているよ。 何を言っているんだ。 そんなものあるはずが無いじゃないか。 ゲームじゃないんだよ」


 「うるさい。 目の前の化け物が見えていないの。 それに夢なんだったら、魔法が使えても不思議じゃない」


 「おっ、その考えは、一理あるような気もするな」


 「まだそんなことを言っているの。 このバカが」


 「くっ、また攻撃が当たった。 〈後4回で見えざる防壁は霧散します〉って、ちょっとヤバい気がしてきたぞ」


 「こんなマヌケに助けてもらおうとした、私がバカだったわ。 もういいわ。 本当に不潔で何も出来ない無能」


 「はっ、〈大村さん〉、不潔で無能は言いすぎだ。 謝まるか、訂正しろよ」


 「誰がするもんですか。 無能だから死んでいく人間に、謝っても無駄じゃない」


 「はぁ、僕は無能なんかじゃない。 ちっ、また攻撃に当たって、〈後1回で見えざる防壁は霧散します〉になったぞ」


 「ご愁傷様しゅうしょうさま。 早く死になさいよ」


 この状況に放り込まれたにもかかわらず、何もしようとしないで、まごまごしているだけのこの男に、私は心底腹が立ってしまった。


 マジで役立たずだ。


 動揺しているのか、ビビッているのか、理解力が皆無なのか、頭の回転が弱いのか、適応能力がまるで無いのか、自分の考えに凝り固こりかたまって人の意見を聞くことが出来ないのだろう。

 こいつは、その全てなんだと思う。


 次に殺されるのは私なんだと分かっているけど、そのことを棚上げにして、こいつに憎しみを覚えてしまう。

 困難な状況なのに何もしようとしない。言い訳ばかりする。

 私はこんなグズが大嫌いなんだ。


 「なんだと、人に〈死ね〉といったな。 それだけは、絶対に言っちゃいけないんだ。 いい加減にしろ」


 ひっ、怒った。

 私に怒鳴ってきた。


 真剣に怒った〈神代〉は、いつもと違った顔になっている。

 のほほんとした緩い、いつもの顔じゃない。

 真っ赤に怒った鬼のような形相に変わった。


 本当に髪が逆立ち、血を流しているような赤い目をグワリと見開いているため、私は怖くなり体が震えてしまう。

 〈神代〉の体から白い霧状のものがき出しているのは、私が引き起こした憤怒ふんどがフツフツとき上がっているのだと思う。

 ここが異なった世界だからか、感情が物理現象として現れるのだろう。


 決して許さない、と私を目が糾弾しているみたい。

 なによ。

 私は悪くないわ、と思うのだけど、こんなにむき出しの怒りをぶつけられたことが無い私はその迫力に気圧されてしまった。

 風船がシュルシュルと縮むように私の腹立ちは急速に萎んでいく。


 腹立ちが消えて冷静に考えると、私は困難な状況なのに他人に頼ろうとして、しないとキレて暴言を吐く自己中な女でしかない。


 正直なところ、私は言いすぎたんだ。

 いくらなんでも面と向かって、〈死ね〉は無いと思う。

 何も悪いことをしていないのに、〈早く死ね〉と言って良いはずがない。

 死への恐怖で私の精神状態が、普通じゃなかったとしても〈死ね〉は無茶苦茶だよ。


 まだ〈神代さん〉の体からは白い物が噴き出し続けている、私に顔にもかかってきた。

 口に入ったそれは不思議なことに濃厚なミルクの味がする。

 えっ、この白い物は牛乳なんだわ。


 意外すぎる展開だ。

 意味が分からない。


 虫のような化け物にも大量に、その牛乳が降り注ふりそそぎ、徐々に動きが少なくなっていく。


 これほど大量なのは、〈神代さん〉の怒りの量に比例しているからだと思う。

 私がひどい事を言って怒らせたんだ。そう思うと私はいたたまれなくなり前方へ飛び出してしまった。

 恥ずかしい気持ちが勝ち、〈神代さん〉の近くにいたく無かったんだ。

 虫のような化け物の動きが弱ってきたから、何とか出来るとも思ったこともある。


 大量の牛乳に包まれて動きが鈍った化け物を、私はサクサクと切りいていく。

 化け物を退治たいじして、この異なった世界から早く脱出したい。

 〈神代さん〉と顔を合わせたくないんだ。


 最後の化け物が甲高い悲鳴をあげながら燃えきた直後、私は自分の部屋に帰っていた。もちろん、前に感じた爽快感はない。


 



 会社のお昼休みにいつものお店で〈かすみ〉といつものランチを食べている。

 会社の愚痴を言い合うのは会社員にとって最大の娯楽だとは思う。

 ただこれを、後何十年もするのんだと考えると憂鬱ゆううつになってもくるよ。


 「ねぇ、〈八重〉聞いてよ。 〈深山係長〉にまた入力が間違っていたって、グチグチ言われたのよ。 自分は手伝いもしないくせに、ほんとムカついてさ」


 「うわぁ、それいつもことだけど、ほんと嫌になっちゃうね。 気にしちゃダメだよ。 年下の旦那さんと上手くいっていないみたいだから、幸せな〈かすみ〉に八つ当たりしているんだよ」


 「私もそんなに幸せじゃないのに、隣の芝生が青く見えるってヤツか。 〈八重〉の言うとおり気にしないようにするね」


 「その方が絶対に良いよ。 苦手意識を持つと苦しくなってしまうからね」


 「苦手と言えば、〈八重〉が苦手な〈神代さん〉の機嫌がすごく悪いって、IT推進課の人が驚いていたわ。 普段は穏やかすぎるから、とても珍しいんだって」


 うぅ、〈神代さん〉の機嫌が悪いのは昨夜の私のせいだと思う。


 「へぇー、そうなんだ」


「〈神代さん〉とは、私もほとんど話したことが無いんだけど、〈八重〉が苦手なのも分かる気がするよ」


 「なんかすれ違うだけで緊張しちゃう感じかな。 別に何かをされたわけじゃないんだけどね」


 私の方がひどい事を言ったんだけど、もう二度と顔を合わせたくない。


 「人って、不思議だね。 フィーリングとか相性って、確かにあるよね。 私と〈深山係長〉みたいに、 〈八重〉と〈神代さん〉は合わないってことね」

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