新たな必殺刀法

屍体しかばねが増えている。男神おがみ真之介がおもむくところ、屍体の山である。

「これぞ、したい放題……というわけじゃの」

 呑気にいうのはおヨネ婆で、その傍らには文太がいる。

 誰も深手ふかでの傷は負ってはいない。けれども浅手あさでの傷が四つ、五つと増えていえば、それは致命傷になりかねない。とりわけ忍びの者はどんなにささいな切り傷であっても、それを受けることを嫌う。かすり傷でもすかさず逃げる……というのは、正しい判断であったろう。

「けれど奴らは……逃げない、去らない、動じない……想定以上にやっかいな相手じゃの」

 それでもおヨネ婆の顔つきは変わらない。むしろ隣で始終話しかけてくる木下太左衛門にいささかうんざり気味のようであった。

 婆が……老中ろうじゅう阿部備後守の手の者と聴いた太左衛門は、急に距離を縮め、さながら年来の旧友であるかのごとく喋り続けている。敵の襲来さえなければ、二人の翁媼と孫の真之介、その子の文太…といった四人旅の一行にみえたであろう。

 幕領側の船着き場関所は難なく越えられた。これまで木下太左衛門は数回、代官長谷多聞たもんと会っているらしく、藩の公務という名分が受け入れられた。後続で、従者の矢七やしちらも来る予定なので便宜を図ってほしい旨を真之介は忘れずに告げておいた。本人の希望があれば、小野寺次郎右衛門も同道するかもしれない。

 宿は船着き場にはなく、半里ほど先の代官陣屋近くにある。

 それまでの道中で四回襲撃された。一度めは舟に乗った直前である。雪で視界が遮られたとき、黒装束の集団が襲ってきた。白と黒と……そして鮮血。とはいえ鮮やかな赤ではない。闇へとつつぐ道しるべのような赤。この三つの色が宙を舞い……散った。

 二度目は河の上であった。

 別の舟が二艘、襲ってきた。雇われ舟人夫以外は白装束に身をつつんでいた。このとき真之介はほとんど何もしなかった。文太を護るほかは何もできなかった……といっていい。驚かされたのは、木下太左衛門の身軽さと小筆を手裏剣のごとく自在に使うその技の冴えである。おそらく孫の琴絵に小筆技を伝授したのは、この祖父であったのだろう。身軽さでは折り紙付きのおヨネ婆との連携技のような動きで、賊どもの屍体は水中へ投じられた。

 おヨネ婆は、若い頃には藪坂の芸妓をしていたそうだと真之介は八杉八右衛門から聞いていた。あるいは、その当時、太左衛門とはなんらかの関係があったのかもしれなかった。三度目は、宿へ向かう山道で、浪人とごろつきの若者らが襲ってきたが、なんなくあしらった。そして、宿が視界に入ってきたその瞬間、焦茶柿色の筒袖をまとった連中に襲われたのが四度目。このとき、おヨネ婆も太左衛門も応戦はせず、真之介は一人で対峙した。修得した新たな刀法を試したかったのである。

 名付けて、朧舟おぼろぶねさざれ波。秘剣朧舟は対手あいて一人いちにんのときは有効だが、多勢に囲まれたときにはほとんど功を奏さない。その弱点を克服するべく、真之介は井上善右衛門の一羽流、寺田文右衛門の奥山新陰流の二人の師から学んだ基本すじを応用し、朧舟に奥行きを持たせ、一閃いっせんでその多勢の殺気を霧散させる……のである。

 宿に着き、二階奥の広間に通された一行は、まず茶をすすって暖をとった。

よ……さきほどの技は……凄まじかったの。以前とはまるで別人のようじゃっ

た……」

 ゆったりした口調でおヨネ婆がつぶやいた。皮肉は含んでおらず、むしろ満足げに笑っている。

「いかにもいかにも……」

 すかさず太左衛門が相槌あいずちを打った。

「……あれは、複筋ふくすじの剣技が混在していたようにみえたのぅ」

 さすがに太左衛門は老齢にもかかわらず胆力は失われていないようであった。

「ひゃ」と、真之介は照れ笑いを浮かべ、

「見抜かれました……まさしく、さようです」

「それで、はこれからどうなさる? 代官陣屋に乗り込むのも一興じゃが、長谷はせ多聞たもんは柳生新陰流随一のつかい手ぞ。しかも……幕閣にその人ありと知られた酒井雅楽頭うたのかみ様によしみを通じる剛の者……」

「さかい……?」

 露骨に首をかしげた真之介は、老中筆頭の酒井忠清ただきよのことは露ほども知らない、わからない。のちの大老たいろうである……。

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