プロローグ 10円ガム(甘露Side)
たまにデリカシーのない大人から「苦労したでしょ?」とか「イジメられてない?」なんて言われることもあるけど、パパとママがつけてくれたこの名前を、自分では結構気に入ってるんだよね。
仲の良い友達はウチのこと「ココ」って呼んでくれて、その呼び方もなんか可愛くて好き。
あ……でも、せっかく仲良くなったのにウチのことをまだ「甘露さん」って呼ぶやつが一人だけいる。
隣の席に座ってるそいつの名前は、
毎日ハネてる場所がバラバラなカワイイ寝癖と、どこで買ったの? って聞きたくなるくらい分厚くてまん丸な眼鏡が特徴的な男子。
ウチが塩野と仲良くなったきっかけは、2年生になってすぐの英語の授業だった。
今ではもう笑い話だけど、あの時はガチで死ぬかと思って超テンパってた。でも塩野は、そんな困り果ててたウチを何も言わずに助けてくれた。あの日の出来事は、今でもハッキリ覚えてる。
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ヤバ……お腹鳴りそう……
早くなんか食べなきゃ。でも上寺先生、怒ったら超怖いらしいし……どーしよ。
今日買ってきたオヤツ、食べる時に絶対音でちゃうよね。でもお腹の音誰かに聞かれるとか超恥ずいし……うん、バレて怒られるよりも、そっちの方が断然イヤだ。ここはいっちょ、気合い入れてやっちゃいますか!
ってな訳でウチは、今朝コンビニで見つけた新商品の激辛ポテトスナックを、先生の目を盗んで授業中にこっそり食べることを決めた。
コンビニの新商品を見つけたら即チェックせずにはいられない性分のウチは、仰々しいパッケージを見ても「ま、言うてそこまで辛くないっしょ!」なんて軽い気持ちで買っちゃったんだよねー。
膝の上にお菓子をセットして、いざ、開封の儀!
筆箱からいつも愛用しているハサミを取り出して封を開けると、なにかのスパイスみたいな香りがした。
うわぁ……これ結構匂いするやつだ……にんにくとか入ってないよね? 入ってたらヤダな〜。ま、もし入ってたとしても、ワンチャンこのあと誰とも喋らなきゃ乗り切れるよね?
じゃあ早速、いっただっきまーす!
ウチ的には慎重にそーっと手を突っ込んだつもりだったのに、ガサッて大きめの音が鳴っちゃって、しかもちょうどそのタイミングでクラスはしーんとしてるし、終わった……って思ったけど、奇跡的に先生にはバレてなかった。
その後なんとか先生の隙をついてお菓子を食べることに成功するんだけど、それが想像の100倍くらい辛くて飛び上がりそうになる。
飲み物も持ってないし、辛いし、痛いし……遂に我慢できなくなって我を忘れたウチは無心で机を叩いてた。
気付いたら先生が怖い顔してこっちを見てて……あ、ウチの高校生活終わったわ〜って諦めかけてたところに、ヒーローみたいに突然手を差し伸べてくれたのが、塩野だった。
今まで話したこともないウチを助けようと先生に嘘までついてくれた。塩野、真面目そうなのに悪いことしたな~、今度お礼しなきゃって思ってたら、こっちがお礼する前にガムまで貰ってしまった。
え……優し過ぎだろ神かよって。
――これが、ウチと塩野との出会い。
しかもこの話にはまだ続きがあって、さっき貰ったガムについてたクジがなんと、当たりだったの! すごくない!?
だからウチは、次の国語の授業中に思い切って塩野に喋りかけてみた。
「ねえ、これ当たりだったんだけど、どこのお店で買ったの?」
「え……甘露さん? もしかして、僕に話しかけてますか……!?」
この時の塩野、推しのアイドルに街で偶然出会っちゃったみたいなキョドり方してた。超ウケるんだけど。
「そ、そだけど、そんな驚く?」
「そりゃあ驚きますよ……それで僕に何か御用でしたか?」
「だからコレ、当たったから」
「あ、おめでとうございます! 運いいですね!」
「どこで買ったの?」
「僕んちです。今住んでいる祖母の家が駄菓子屋をやっていまして」
「ガチ!? 駄菓子屋さんなんてどこにあるの? ってかてか、今日の放課後、塩野んち行ってもいい!?」
「は……!? あ、えーと……今日は、都合が悪いので、こ、今度でしたら……」
「約束だかんね! 楽しみにしてる!」
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それからは授業中にお互いが持ち寄ったオヤツを交換したりするのが日課になって、話す機会も増えていった。
でも塩野はまだ、ウチを駄菓子屋に誘ってくれない。
あれから1ヵ月くらいは経ったし、その間にかなり仲良くなれたと思うんだけどなぁ。いつ誘ってくれてもいいように、あの当たり、ずっと大切に持ってるんだけどなぁ。
早くあの時のお礼、したいんだけどな……
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