第7-2話 宮川先生はモフモフがほしい。
突然、天狐さんがいなくなった。
数秒前まですぐ後ろにいたはずなのに、振り向いた時にはもう天狐さんの姿はなかった。
――は?え……?天狐さんを消した……?
宮川先生は確かに「慧は私が消した」と言った。
でも、私には「消す」という言葉の意味が理解できくて、ただただ頭が混乱する。
――もしかして、妖術……?だとしても、そんな修正ペンみたいに簡単に人を消せるなんて……。
私の脳裏を過ぎる不吉なイメージ。
私は簡単に人を「消せる」術と、それをなんの躊躇もなく使った宮川先生に恐怖を覚えた。
「Oh!?Your face is very pale!お顔が真っ青です!どうしましたか?」
「どうしましたって……むしろ、どうして宮川先生は天狐さんを消して、平気なんですか?」
「What?何が聞きたいのか分かりません?」
宮川先生は怖くなるくらい、いつも通りだった。
「だって、天狐さんを消しちゃったんですよね?ってことは、もう二度と……天狐さんと会えないってことですよね……?」
「え?ワタシが術を解けば、会えますよ」
「……え?」
ここでやっと、お互いにどこか食い違っていると気付く私たち。
「ちょっと待ってください。さっき宮川先生は天狐さんを消したって言ってましたよね……?」
「Yes。そうです。『神隠しの術』で慧の実態を消しました。なので、普通では見たり、触ったりできません」
「……つまり、天狐さんは生きてるってことですか?」
「Of course。もちろんです。慧はずっとここにいますよ」
「あはは、そっか〜。よかった〜」
安堵のあまり、私はその場で崩れ落ちる。
天狐さんが本当にこの世界から消された訳じゃなくて、本当に一安心。
そんな私を見て、目を丸くする宮川先生。
「もしかして、慧死んじゃったと思ったんですか!?Sorry!本当にごめんなさい!ワタシの説明不足でした!」
「わわっ!?」
宮川先生は何度も「Sorry!」と言いながら、私を抱きしめる。
――や、柔らか……って、息ができない!
宮川先生のアメリカンサイズな巨乳が顔にピタッと密着して、私の呼吸を邪魔する。
しかも、私の頭は宮川先生の腕で完全ロック状態。
一ミリたりとも頭を動かせない。
「〜〜っ!?〜っっっ!!」
――苦しい!このままじゃ、私が死んじゃうーっ!
全力で手足をバタつかせる私。
宮川先生はハッとして、慌てて私を解放する。
「Oh!ごめんなさい!強く抱きしめ過ぎました」
「あと数秒遅かったら、死んでました……」
「I'm so sorry……本当にごめんなさい」
「悪気がないなら大丈夫です……」
新鮮な空気を求めて、何度も深呼吸。
なんとか冷静さを取り戻す私。
「宮川先生、仕事に戻るって約束でしたよね?何でこんなことをしたんですか?」
「それは友理と交渉するためです」
「こ、交渉……?」
宮川先生はニッと不吉な笑みを浮かべる。
その小悪魔的な表情は天狐さんのと少し似ていて、やっぱり同じ半妖さんなんだなと思わされる。
「友理、ワタシにモフモフしてください!そうすれば、慧にかけた術は解いてあげます!」
「え?モフモフ!?……まさか、モフモフを諦めきれなかっただけ!?」
「That's right!その通りです!」
――どんなけモフモフに興味あるの!?
まあ、自分からモフモフして欲しいと言ってくれるのは大変ありがたいことなんだけど。
だとしても、それで巻き込まれた天狐さんはたまったものじゃないだろう。
「By the way。ちなみに、慧が自力で術を解くことはできませんよ。慧は妖術がとても苦手ですからね!五段階評価なら、一か二です!」
「……そうなんですか」
――これ、聞いていいやつだったのかな?
真面目でプライドが高い天狐さんのことだ。
自分の弱みが言いふらされたと知れば、絶対にブチギレる。
――とりあえず、聞かなかったことにしよう。
もし問い詰められたら、全力で惚けて乗り切ると心に決める。
「と、いうわけで!ここからはワタシと友理の時間です!さあさあ、存分にモフモフしてください!」
ポフンと変身を解いて、狐の姿に戻る宮川先生。
太陽の光をキラキラ光る金色の毛並みが、私のモフモフ欲をチクチクと刺激する。
――モフモフしたいけど、したら絶対天狐さんは怒るしな〜……でも、モフモフしないと天狐さんはこのままで……ああ、マジでどうしよう……!
モフモフのジレンマに頭を悩ませる私。
そんな私の苦悩はつゆしらず、宮川先生は後ろ脚で器用に直立しながら、万歳ポーズ。
――ああっ!お願いだから、そんな可愛いポーズをしないで……モフモフしたくなっちゃうから……っ!
一時の激情に流されまいと欲望に抗う私。
そんな私に宮川先生は思いもよらぬ一言を言い放つ。
「Come on!さあ、どうぞ!どこでも好きなだけ、モフモフしてもいいですよ!」
「どこでも好きなだけっ!?」
この一瞬で、私の理性は跡形もなく吹き飛ぶ。
「お、お腹!お腹を触りたいです!顔を押し付けたいです!」
「Oh!?お腹ですか……っ!?」
宮川先生は耳と尻尾をビクッと飛び上がらせる。
「ダメですか?」
「No problem。大丈夫ですよ。少しビックリしただけです」
そう言うと、何の躊躇もなくその場にコロンと横たわる宮川先生。
すると、金色の毛に隠れていた真っ白な毛が……。
――はぁ~~~~っ♡やっぱり天狐さんと同じでキラキラのふわふわだ~~~~~っ♡♡♡
流石は天狐さんと同族。
手入れの行き届いた毛は見ただけで心が踊るくらいフワッフワッ。
――もう我慢できない!
「宮川先生、触っていいですかっ!モフモフしちゃっていいですかっ!?」
「友理、目がすっごくキラキラです。本当にモフモフが好きなんですね」
「好きです!大好きです!だから、早くモフモフさせてください!」
モフモフのことで頭いっぱいにして、鼻息を荒くさせる私はきっと傍から見ればとてつもなくキモい。
でも、宮川先生はそんな私を嫌がるどころか、包み込もうとするかのような柔らかい笑みを浮かべる。
「Okay……Come over here。好きなだけモフモフしてください」
――お許し、出ちゃった!やった、モフモフしていいんだ~~~っ♡♡♡
「じゃ、じゃあ……モフモフしまぁーす!」
「ダ、ダメ……っ!」
宮川先生のお腹に向かって飛び込もうとしたその時、天狐さんの声が響く。
すると、突然背後から現れた腕が私の身体を掴んで、ものすごい力で後ろへと引き寄せる。
そして気が付くと、私は天狐さんの腕の中にいた。
「慧!?術を解いたんですか!?」
「ええ、解いたわよ……できることを全部やってね……」
天狐さんはまるで激しい運動をした後みたいに荒い呼吸を繰り返す。
「……バカ従妹、もういい加減にして」
「……」
今、天狐さんは一体どんな表情をしているのだろう。
その表情を見た宮川先生は鳩が豆鉄砲を食ったように呆然として、言葉を失う。
「I had mistakenly thought that Kei liked fluffy things.」
「……If you understand, then don't try to take her away from me.」
――何で英語!?何て言ってるの!?
突然、英語だけで話し始める天狐さんと宮川先生。
しかも、会話はネイティブの超ハイスピード。
授業のリスニングにも苦戦する私の英語力では、これっぽっちも理解できない。
「……She's mine, and I'll never give her to you.」
天狐さんは抱きしめる力を強くしながら、尻尾を私の身体に巻き付ける。
――え!?天狐さん!?
天狐さんが何を言っているのかは、やっぱり分からない。
でも、なんだか「化狩さんは渡さない」って言っている気がして……。
私はちょっとドキッとしてしまう。
「Wow, this is the bittersweet taste of youth……!」
何かすごく面白いものを見つけたみたいに目を輝かせる宮川先生。
「Thank you!二人ともありがとうです!ワタシ、すごく満足しましたので、帰ろうと思います!Goodbye!さようなら!」
そうして、何故か上機嫌で颯爽と屋上から去ってく。
もうついていけなくて、ポカンと放心状態の私。
「天狐さん、これは終わったってことでいいのかな……?」
「……そのようね」
「そっか、終わったんだ……」
安心したからか、ドッと疲労感が押し寄せてくる。
「天狐さん、災難だったね」
「……何を他人事のように言っているの?」
「え?……わわっ!?」
天狐さんは私を抱きかかえたままグイッと身体を捻って、私をうつ伏せで床に転がす。
そして、そのまま私の上に馬乗りになり……。
「……ねえ、化狩さん。あなた、ずいぶんと楽しそうだったわね。好きなだけモフモフできると分かった途端、目の色変えて」
殺意マシマシな瞳と一緒に、ドスの効いた声で問いかけてくる天狐さん。
「もしかして、全部見てた?」
「……ええ」
――あ、ヤバい。終わった……。
ひと段落ついて緩んだのも束の間、私の心は一瞬で凍り付く。
今すぐ素直に謝れ、と頭の中の私が叫ぶ。
「天狐さん、本当にごめん!何でも言うことを聞くから、今回のことは許して……っ!」
私の言葉にピクンと動く天狐さんの耳。
「へえ、何でもするの?」
「私ができる範囲でなら……」
「ふ~ん。なら、何をしてもらおうかしら……」
天狐さんは指を唇に添えて、静かに考え始める。
不吉な予感ただよう沈黙に、さっきとは別の意味でドキドキする私。
「……よし、決めたわ」
数秒後、天狐さんはゆっくりと口を開く。
そして、私の目をまっすぐ見つめて、こう言った。
「……私、あなたの家に行きたい」
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