三重・滋賀・京都編:第6話
第三十四話
飛び込んだ建物は、家電量販店だったようだ。
ライトで店内を照らしながら、周囲に敵が潜んでいないかを確認する。入り口付近には異常はなく、警戒を保ったまま奥へと進む。
途中、電池やバッテリー類が並んだ棚を見つけ、それらをいくつか回収していく。さらに進むと、冷蔵庫や炊飯器、電子レンジなどが置かれたキッチン家電コーナーを通過する。
そして店の最奥にあるテレビコーナーにたどり着いた。そこにはマッサージチェアや簡易的な休憩スペースも設けられており、夜を明かすにはちょうどよい場所に思えた。
この時点まで、敵の姿は確認されていない。バックヤードの確認さえ終えれば、今夜はここで休息が取れるだろう──そう思った瞬間だった。
『もしかして君は人間かい?』
突然、耳元で声が響いた。
あたりを見回しながら、あたしは慌てて声の主を探す。
「誰っすか⁉ もしかして生き残りの人がいるんすか⁉」
返答はあったが、それは思っていたものとは異なる内容だった。
『驚かせてすまない。それと、残念ながら僕は生存者じゃない』
その声と同時に、テレビ売り場のディスプレイが一斉に起動し始める。すべての画面に、ひとりの少年の顔が映し出された。
あたしはその顔を見つめ、問いかける。
「……あなたは誰なんすか?」
『僕は……誰だったかな。この姿になってから随分と時間が経ってしまってね。人と話すのも久しぶりで、自分のこともあまり思い出せないんだ』
『さすがに名前がないのは不便だね。とりあえず、テレビ君とでも呼んでもらおうかな』
そう言って、画面の中の少年は穏やかに笑った。
『君の名前も、教えてくれないかい?』
「あたしの名前は……水音シズカっす。たぶん」
『たぶん?』
「記憶がないんすよ。目が覚めたとき、持ってた手帳に水音シズカって書いてあったっす。それ以外、何も覚えてないんすよ」
事情を説明すると、画面の中の少年──テレビ君は柔らかな声で言った。
『なるほど。だったら、僕たちは似た者同士というわけだね』
「そういえばテレビ君はどうしてここにいたんすか?」
そう尋ねると、モニターに映った少年は少し目を伏せた。
『僕もね、もうしっかりとは思い出せないんだけど……。ウイルス災害っていうのが起きたときに、ここに逃げ込んだのは覚えてるんだ。でも、気づけばこんな姿になっていたんだよ』
そう言って、少年の映像は小さく苦笑する。
『それにしても、ここに来るのはスライムみたいに粘々したやつか、大きな虫ばっかりさ。人間が訪れたのは、少なくとも僕の記憶の中では君が初めてだよ』
「やっぱり人は見たことなかったっすか」
『うん、全く。だから驚いたよ。まさか本当に人がやってくるなんて』
予想はしていたつもりだった。でも、実際に「初めてだ」と言われてしまうと、やっぱり考えてしまう。人間という種そのものが、もう滅びてしまっている可能性を。
『その反応を見ると、君も今まで誰とも出会っていないってことだね?』
あたしは、黙ってうなずいた。
『……だったらさ、せっかくだし。君が見てきた外の世界のこと、聞かせてくれないかな?』
そう促され、あたしは記憶をたどる。神奈川の病院で目を覚ましたあの日から、今日ここまでの出来事を、順番に語っていった。モニターに映る少年の表情は、まるで漫画でも読んでいるかのように目を輝かせていた。
『すごいね、水音さん。まるでアニメの主人公みたいだ。僕も一緒に旅ができたらなあ』
「小さいディスプレイに移ったりとか、できないんすか?」
近くに並んでいたポータブルディスプレイを指さしてみるが、少年は困ったように笑う。
『うーん、僕がどうしてこのテレビの中にいるのかも分かってないし……今のところ、他の画面に移る方法もわからないんだ』
そのあともしばらく、一緒にあれこれとディスプレイを試してみた。でも、どれもダメだった。
「テレビの中にいる理由がわかれば、なんとかならないっすかね……?」
あたしはそう呟きながら、ふとテレビの裏側に目をやる。ケーブルの束が壁際にまとめられていたが、その中に――
「……なんかのケーブルっすか?」
あたしの目が止まったのは、一本の半透明なコードだった。まるで生き物の神経のように、店内のテレビを一本に束ねるように這っている。それを見た瞬間、あたしの中に既視感が湧いた。
『なにか分かったの?』
テレビ君が尋ねてくる。
「い、いやぁ……なんもわかんないっすね」
あたしは慌てて視線を逸らし、誤魔化すようにそう答えた。
でも――確かに、見たことがある。いや、見たことがあるどころではない。
ここに来るまで何度も見てきた、どこにでも潜んでいるあいつらと同じ……
結局あたしは、テレビ君にあの半透明のケーブルのことを伝えることができなかった。
あれが何なのか、確信はあった。でもそれは、スライムのような化け物の一部だった。
「あなたはスライム状の化け物です」
なんて、とても言えるはずがない。
言葉に詰まっていると、テレビ君が静かに言葉を投げかけてきた。
『やっぱり僕は、水音さんの旅には同行できなさそうだね』
その声には、どこかあきらめにも似た苦笑が混じっていた。
『でもさ。もし水音さんの旅が終わって、目的を果たしたら……そのときは、またここに遊びに来てよ』
あたしはしばらく迷ったあと、しっかりとうなずいた。
「わかった。約束するっす」
テレビ君の映像が、ふわりとやさしく笑った。
『ありがとう。それじゃあ、そろそろ僕は眠るね』
そう言い残すと、モニターの明かりが次々と落ちていった。
あたしは少し離れたところにあるマッサージチェアに腰を下ろし、そっと瞼を閉じた。
今日は戦闘もなかったし、まともに話せる相手と喋ったのも久しぶりで、少し気が緩んでいたのかもしれない。
……だが。
静まり返った店内に、不意に電子音のようなうなりが響いた。
薄く目を開けたとき、テレビコーナーのディスプレイが一斉に明滅していた。
『ウギイィィィッ…ガアアァァァァッ‼』
テレビ君の声とは思えない、異様に歪んだうめき声が耳を裂いた。
あたしは反射的に跳ね起き、小銃を手に取って構える。
目の前で、ディスプレイの列がぐにゃりと歪んでいた。
家電の棚が、電気コードが、冷蔵庫や洗濯機までもが軋みながら動き出す。
それらが一つにまとまり、ガチガチと金属音を立てながら姿を変えていく。
画面が溶け、鉄が組み合わされ、太く重い腕が生え、頭部らしき部分が天井に迫る。
変化が止まったとき、そこにいたのは――
あたしを見下ろすように立つ、鉄の巨人だった。
サイズは優に三メートルを超え、まるで電脳の悪夢が具現化したような異形の存在。
あたしは息を呑み、引き金に指をかけた。
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