静岡編:第4話
第十二話
駒門駐屯地の正面ゲートにたどり着いた時、あたしの胸にはわずかな希望が灯っていた。
――けれど。
その希望は、あっさりと打ち砕かれた。
「……誰も、いないっすね」
ゲートに守衛の姿はなく、施設の奥を覗いても、人影一つ見えなかった。風に揺れる草の音が、静寂をより深く際立たせていた。
「あー……やっぱ、ここも駄目だったっすか」
膝が、少しだけ震える。あたしは唇を噛みしめて空を見上げた。灰色の雲が空を覆っていて、太陽の光はどこにもなかった。
(……もしかして、もうこの世界にはあたししか残ってないんじゃ)
そんな不安が、喉元までせり上がる。
でも――死にたくは、ない。
あたしは気を取り直して、駐屯地の敷地内へ足を踏み入れる。人はいなくとも、物資が残っているかもしれない。自衛隊なら、銃や装備もあるはず。そう思って、廃墟のような基地の奥へと進んでいく。
少し歩くと、破壊された戦車が目に入った。
「……っ!」
その戦車の上や周囲には、無残に死んだ虫型の化け物たちの姿が散乱していた。ほとんどが焼け焦げ、あるいは粉砕されていたが、一部は形を保ったまま死んでいた。
死体とは分かっていても、自然と警戒してしまう。
他にも放棄された装甲車や破壊された格納庫、焦げた壁、散らばる薬莢――すべてが戦いの痕跡だった。
(ここで、激しい戦闘があったんすね……)
格納庫を覗いてみたものの、あたしに使えそうなものは見つからなかった。
ただ――一つだけ、良いものを見つけた。
「……バール、っすね」
これまで使ってきた鉄パイプは、そろそろ寿命。バールの方が頑丈そうだし、くぎ抜き部分が武器にもなる。
あたしはリュックにバールを括り付け、鉄パイプを地面に立てかける。
「今まで助かったっす。ありがとね」
そう呟いて、一礼する。ほんのわずかだけど、別れの儀式みたいなものだった。
基地の建物へと足を踏み入れ、部屋という部屋を片っ端から調べていく。中にはスライムが潜んでいて、そのたびにバールの出番だ。
新しい武器は思った以上に使いやすかった。くぎ抜きの部分がスライムのコアに刺さり、そのまま引き抜ける。鉄パイプよりも安全で確実。これは当たりだった。
探索を続ける中で、ロッカールームらしき部屋を見つける。
「……これ、良さそうっすね」
タクティカルグローブとブーツを見つける。血のような跡がついているのは……見なかったことにする。今の装備と交換し、脱いだ手袋と安全靴は予備としてリュックへ。
さらに各部屋を巡るうちに、便利そうな物が少しずつ集まっていく。
- 詳細な周辺地図とコンパス
- 複数の種類が揃った自衛隊の非常食
- 携帯トイレやおむつなどの衛生用品
「……これで、あの時みたいな失敗は避けられるっすね」
蜘蛛との遭遇を思い出しながら、そっとおむつをリュックの奥に詰め込む。
そして、最後に。
「やっぱりあったっすね……」
あたしの目の前には、9mm拳銃と5.56mm小銃が無造作に置かれていた。鍵もなく、すぐそばには弾薬まで揃っていた。
「……これは、持っていくしかないっすよね」
小銃にはスリングがついていたので、肩から斜めに掛ける。拳銃は、ロッカーの中で見つけたホルスターをベルトに固定して収めた。弾薬は量が多く、そのままではリュックに入らなかったので、自転車のサイドバッグへと運んで詰め込む。
探索を終えようとしたとき、ふと目に入った。
基地の廊下に飾られた、一枚の写真。
戦車の前で敬礼する、笑顔の自衛官たち。
その瞬間、頭の中に鈍い痛みが走る。
視界がぐらりと揺れ、どこか遠い光景が浮かび上がる――
自衛隊の制服を着た見知らぬ男が、あたしの肩を抱いて笑っている。背景には、戦闘機。あたしは、その横でまだ小さな姿で笑っていた。
「……っ!」
意識が現在に引き戻され、あたしはその場に立ち尽くす。
「なん……なんなんすか今の……!」
今の映像は――記憶? それとも幻覚?
あの男は……もしかして、あたしの……。
「……お父さん……?」
呟いたその言葉は、誰に届くでもなく、虚空へと消えていった。
記憶の残滓がすっと胸の奥に沈んでいく感覚とともに、しばらくその場に立ち尽くしていた。けれど、写真の中の笑顔はもう語りかけてはくれなかった。
結局、それ以上の手がかりや物資は見つからなかった。あたしはバールを背負い、そっと駐屯地の敷地を後にする。
――この先、どうすればいいんだろう。
少し迷ったが、地図を開いて別の駐屯地を確認する。しかしすぐに頭を振る。
「……多分、この調子だと他も似たような状態っぽいっすよね」
あたりを見渡しても、風に揺れる木々と、瓦礫の影を蠢く化け物ども以外に動くものはいない。まるで、あたしだけが世界に取り残されたみたいだ。
――それでも、あたしは死にたくない。
唇を噛みしめながら、もう一度地図を見直す。自宅と思われる住所が示す場所。そこには、きっと何かが残っているはずだ。絶望するにしても、その場所を見てからでも遅くない。
「……よし。次は浜松方面っすね。確かあそこにも自衛隊の基地があったはず」
新たな目的地を定め、あたしはペダルに力を込める。乾いた風がモッズコートの裾を揺らし、まるで背中を押すかのようだった。
次の目標へ向かって――あたしは、自転車を走らせた。
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