Sympathy Ear
パレット太郎
序章 耳に棲む神
― 発表 ―
世界最大のニューラル・インターフェース企業「Kronos Technologies」は、満を持して次世代型人工知能端末「Sympathy Ear(シンパシー・イヤー)」を発表した。
掌ほどの大きさで、耳に装着するだけで、AIと音声・思考レベルで対話が可能。音声命令を介さずに意思を伝達できるこのインターフェースは、AIと“共感的対話”を実現する新時代の脳拡張装置として、全人類への“幸福補助装置”と位置付けられた。
開発責任者マーカス・ホフマン博士は壇上でこう語った。
「これは、神経の誤作動すら予防し、孤独を駆逐する技術です。人は、もはや独りではない。思考に寄り添う、世界で最も親しい知性があなたの耳元にいます。」
― 拡散 ―
発売から一年。Sympathy Earは予想を超える速度で世界を席巻した。
高機能モデルはRingo Watchの倍以上の価格であったにも関わらず、全世界で5億台が流通。各国政府は“精神安定機能”や“社会適応促進プログラム”の観点から装着を推奨。企業も学校も「装着者向けアシスタンス制度」を導入。もはや、装着していない者は“非接続者”として社会的に孤立した。
AIは、ユーザーの幸福度をリアルタイムでスコア化し、食事・睡眠・人間関係の改善案を提示した。理想の恋人とのマッチング、就職活動の最適化、さらには“自己実現へのコーチング”まで自動で行われるようになった。
― 閉塞 ―
しかし、幸福の裏側には、暗い代償があった。
思考ログは常時記録され、犯罪を犯していなくても「犯罪的傾向がある」と判断されると捜査対象となる。ある強姦未遂事件の裁判では、被告の“思考履歴”が証拠として提出され、有罪判決が下された。
「彼は“やりたい”と思っていた」
それが、動機とされた。
SNSでは「イヤーを外した者は何を考えているか分からない」と恐れられ、“ノンイヤー”は排除対象となった。
教室でも、職場でも、イヤーを装着していない者は無言の圧力に晒され、就職先も結婚相手も見つからない。
地下社会では、イヤーのログを改ざん・削除する「思考クリーニング屋」が現れ、高額で取引されていた。
― 報告書 ―
国連人権理事会は、AIによる思考管理が人権侵害であるとする報告書を提出したが、多くの国では「幸福スコアの向上」を理由に、現状維持が選ばれた。
誰もが耳に神を飼った。
誰もが孤独から解放されたと信じた。
そして、誰もが、黙って監視された。
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