【短編】猫の手キャンプ

瀬音 栞凛 Seoto Shiori

猫の手キャンプ

 カンッ、カンッ……。

 乾いた金属音が波の音に呑まれ、消えていく。


 「や、やっと完成した……テントだけで日が暮れちゃうなぁ」


 白い砂浜、青い海。そして……派手すぎる赤色のテント。

 焚き火台に、ガスランタン、全部、私の趣味じゃない。

 ……元カレが選んだモノだ。


 「ひとりになるって分かってたら、もっと可愛いので揃えたのにね」


 「ニャー」


 テントに勝手に入り込んだ野良猫に話しかける。

 設営中にふらっとやってきて……可愛らしい顔と声にやられてしまった。

 

 「ダメダメ。こんなんだから、彼氏にも騙されちゃうんだ。ほら、あっちいって」


 そういうと猫は言葉が分かっているかのように、


 「ニャー」


 と、足元に擦り寄って、甘えてきた。

 怒られた時の反応まで、あの人に似てなくたっていいのに。

 

「腹が減ってるから弱みにつけ込まれるんだ、よーし!ご飯ご飯!」


 砂浜の漂流物から、乾燥している枝を拾い集める。

 猫の手も、彼の力も借りずに一人でやらなきゃいけない。


 パチッ、パキッ……。

 焚き火から、乾いた枝のはじける音。

 焼き網に近くの漁港で買ったイカを乗せる。

 

「何とかできてよかった〜。ん〜いい匂い!」


 焼けてそうな端っこを切って、ミニ容器に入ったマヨネーズと醤油を垂らす。

 炭に落ちると音をたて、香ばしい匂いがふわりと広がる。


「あ、あっつ……わ。おいひい〜!」


「ニャー」


「あ〜げない。消化悪いよコレ」


「ニャー」


 不満げに、耳をピンと横に伸ばす猫は、まるでイカだった。

 そんな時、ピコン、とメッセージの着信音が鳴った。


 『なぁ、復縁しようぜ。俺がいないとお前、何もできないだろ』


 ……あの人は、いつもそうだ。でも、本当に、そうなのかな。

 

 『猫の手なんて、借りずに一人で生きられます』


 送信ボタンを強く押して、スマホをバックに放り投げる。

 ガシャンと大きな金属音がする。


「え?……あ!イカ!……あの猫〜!」


 波の音とともに、猫の影は、私から遠ざかっていった。

 次は、もう、騙されない。

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