徨(さまよ)う花の物語~現実的な異世界で懸命に生きる

紫瞳鸛

プロローグ

「ヴモオオオッ!」

「私に任せて!」

 ミノタウロスのような二足歩行の魔物がモモに迫る。生い茂る下草を物ともせずに低い前傾姿勢を保ち、湾曲した牛角に先陣を任せて突っ込んで来た。わたしの大親友モモは、小丸盾を突き出しながら軽く右に身を移す。


 二つの影が交錯した刹那、ブオッと風音を立てて牛男の左腕が薙ぎ払われる。並みの魔物狩には躱し切れない重い殴打。でも【剣術:第五段階】に【俊敏】【剛力】を上乗せした獣人モモには造作も無いこと。魔物の左腕の動きに逆らわずに一回転した彼女は、旋回力を乗せた愛剣を煌めかせた。


「モオオ…ンン!」

 背中側から鮮やかに脇下を切り裂かれた牛頭鬼バイペドルスが悶絶して引っ繰り返る。吹き出すのは妙に赤い血潮だ。感情が読み取れない筈の白目のない暗黒の魔眼には、戸惑いの表情が浮かんだ気がした。止めは、わたしよ!


チュン!

 火魔術第二段階【火矢サギッタ】が正確に牛頭の眉間を貫く。ピクピクと痙攣しながら黒目の生気が萎んでいき、間も無く昏暗に変じて停止した。


「モモ、もうすっかり余裕だね」

「…リカが確実に止めを刺してくれるからよ」

 わたしたちを振り返ったモモは、天使の微笑みと共に剣を振り払って飛沫を散らした。次の瞬間、可愛い獣人を薄青い光が包む。一瞬で返り血などが消え失せて綺麗になった。頼れる森人の光魔法使い、ショウの【清浄エウェッレ】だ。


「モモに限って大丈夫だと思うけど、油断しないで」

「ショウ、有難う!…急いで解体しようか」

「魔石の回収は、わたしに任せて?」

「うん。お願い…血抜きを始めるね」

「モモ、吊るすのは、あの木がいいかな?」


 人型魔物の魔石があるのは、小脳下端の小脳延髄槽という部位らしい。首の後ろ側の付け根にある穴、大後頭孔から硬化石製の解体刀を抉じ入れるのだ。まだまだグロはキツイけれど、この世界で生き抜くためには慣れないとね。


 解体そのものは【狩猟】持ちのモモと【医学】持ちのショウが主に担当してくれる。わたしの仕事は、ショウの水魔術で体腔内を洗う時の【加熱カレーテ】や、枝肉になった素材の【冷却フリゲーテ】などの補助作業だ。


 今日も無事に魔物狩りを終えた三人は自作の「魔法袋」に素材を沈め、意気揚々と「玄奥の森」を出た。ヴェイザ北砦の魔物狩組合出張所に卸して換金してから、北門外の「私設野外診療所」に舞い戻る。


「おお、何時もながら一瞬で!」

「…恩に着るよ。牛頭鬼が、前衛を踏み台にして飛び越えやがって…」

 ショウの【深癒サナーテ】の光が常連の患者である魔物狩アザルさんを白く包む。彼の腕前ならば、単純な骨折は一瞬だ。


「本当に、牛頭鬼には油断できませんよね!」

「ふふ、マナグ隊長もアザルさんも、すっかり顔馴染みですね」

「こりゃ参ったね。光魔術士サンクタルティスタさまと馴染みなんて、自慢にもなりゃあしねえ…」

 わたしは治療代銀貨10枚を受け取って、いい人たちだけれど腕はイマイチな魔狩隊「硬化石の守り」を見送った。


「…リカ、ショウ。お金もだいぶ溜まったよね」

「うん。「白灯」辺りを買い足してもいいかな?」

「そうだね。今日明日にでも、魔具店に行こうか」

 患者さんが捌けたので、お金の使い道を相談する。この「我等世ウィラルテ」に転生して二十五日目だ。漸く新しい生活にも慣れてきたと思う。


(…ね、ショウ。私ね、注文したい下、ううん、お洋服があるの)

(遠慮しないでよ…え、ええっ?)

(…モモ。まさか)(なんのこと~?)

 額を寄せ合って密々ひそひそ話を楽しむ。三人の笑顔は、茜色に変わりつつある斜光を浴びてほんのりと染まっている。わたしの思いは知らず知らずの内に、あの日に…あの場所に…戻っていった。


 高校の修学旅行の帰り。飛行機でモモを慰めていた筈なのに突如、光る玉となって浮いていたあの場所。霧煙る薄明に包まれて、色や音どころか存在すら曖昧で。時間さえ流れていなかっただろう、あの不思議な場所。神様の声を聴いて、この世界に転生することになった、あの時空に…。

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