完全犯罪計画部は悪役令嬢と共に
夜野 舞斗
プロローグ 御影陽介は影が薄い
桜が跡形もなく消えて、新緑舞う季節。
儚いひと時の中でぼくは、奇妙な少女達と出逢った。
この奇跡は偶然ではないと、僕は信じている。
「痛っ!」
ぼくは底知れない究極的な痛みに悲鳴を上げた。
「あら、ごめんなさい!」
ハイヒールで足を踏まれたのだ。穴が開いてもおかしくない位。
これで七回目。
何の数字かって、それはぼくが今日一日で人に気付かれなかった回数だ。
一体、ぼくは他の人と何が違っているのだろうか。
今日は家を出た矢先にホースの水を掛けられ、信号のない横断歩道を歩いている最中に車が目の前ギリギリを走ってきた。はたまた曲がり角でもない場所で二回程走っている人に肩をぶつけられた。電車に乗る前にも切符が改札から出てこず、駅員に話しかけるも気付かれない。
六回目はホームで走っている子供に押されて、黄色い線の外へ。地面に手を付けてから後ろをきっと睨もうとすると、「あっ、人いたんだ」と謝りもせずに走っていく。
腹が立って怒鳴りたくなる。プラットホームで遊ぶな、走るな、寝転ぶな。
「は、はい! 大丈夫ですよっ!」
何だか気まずそうにして、しゅんと顔を落とす女性。強気に言ってしまったのも原因か。
いたたまれなくなって、ぼくは車両の端にあるトイレへと逃げ込んだ。
ちなみにぼくがボヤボヤしているから人にぶつかるのだと言う人がいるのだが。こちらは精一杯人を避けて生きているつもりだ。
他の人達が全体攻撃並みに動き過ぎ。ぼくが幾ら逃げても、それを追うように追撃される。たぶんその相手に悪意はないのだろうけれども。
トイレから出て、さっと違う車両へ乗り込んで。
窓の外では緑が燃えるようにゆさゆさと揺れている。強い風吹く初夏の昼下がり。
どうして日曜日に学校へ向かわねばなるまいかと。疑問と溜息が湧いて出てきた。
理由は簡単。補講だ。と言っても、テストの成績が悪かったり、追加で授業を志願したりした訳ではない。
部活の補講。
我が仲介高校はなんといっても、部活の自称強豪校。人間の才能を引き出すための高校とも呼ばれており、入学した人は全員部活への入部を余儀なくされる。
入学前の話でもパンフレットにもない、暗黙の了解的な話だったから頭が痛い。そもそも、それを知っていたら仲介高校に入る気はなかった。
それ程、部活が大嫌い。いや、人と群れることが嫌いか。
異常に影が薄い性質なため、入ってもすぐ忘れ去られてしまう。中学の頃、部活で部長に「無断欠席が多いぞ。この出席簿もインチキしてるだろ?」と言われたことがある。
その時は「毎日出席してるわ! なんならお前の無断欠席の方が酷いじゃねえか!」と思いながら、部長の顔に退部届を叩きつけた。
人と群れる活動はそこで終了。と言っても、人間社会を卒業する訳にはいかないから。金輪際部活に入らないと決意したのであった。
そう思っていたのだが……。
「光跡駅……光跡駅……お出口は右側です。光跡線はお乗り換えです。今日もJP東岡をご利用くださいまして、ありがとうございます」
その後何度か他人に体当たりされたが、無事に光跡駅を脱出することはできた。体は無事だ。精神は壊れかけている。
鞄を蹴り上げながら、仲介高校へと向かっていく。駅から徒歩三分。不動産の広告みたいなアピールに騙されて入学しなければ良かったとつくづく思う。
それでも何とか足を進めて。スーパーの裏にある高校目掛けて、一直線に走っていく。
すると、今度は不注意も相まってバタリ。
「きゃあっ!」
今のは僕にも非があると相手の顔を見る前に頭を下げておく。
「ご、ごめんね! 怪我はない!?」
顔を上げて、確かめる。そこにいたのは、栗毛色の短いポニーテールを振り回す幼い感じの女の子だ。
そこでハッとする。彼女はぼくのクラスの委員長だ。
セーラー服に付いた埃か何かを払い、こちらを睨みつけてきた。
「ちょっと! 危ないでしょ! 何処に目、つけてるの! というか、今の子供に対するような話し方、何!?」
「も、申し訳ありませんでした!」
「そこまで敬語にならなくてもいいでしょ! 同じクラスなんだから……! ええと、日陰だっけ?」
一瞬、自分の名前を呼ばれたのか分かっていなかった。
だから彼女から追撃のお言葉を喰らう。
「名前呼んだんだから返事しなさいよ!」
同じ一年B組なのに、ファーストネームすら覚えていないとは心外だ。まだ入学して一か月経っていないから当たり前かもしれないが、そのせいで説教の勢いが失った方がショックである。
「いや、日陰じゃなくて、御影!
「あ、あら、ごめんなさいね……で、でも御影だってアタシの名前なんて覚えてないでしょ?」
「
「わ、悪かったわ。ごめん。ちゃんと名前覚えるから……」
彼女は怒っていた姿から一変、頬を掻いて申し訳なさそうにし始めた。
ぼくの胸に掛かっていた力もなくなっていく。今回は僕が同じクラスだったことを覚えてもらっていたことだけでも喜ぶべきだったのかもしれない。
普段とは違う、他人の反応に一喜一憂していると、古月さんは腕を組んで悩み始めていた。
「あのさあ……アンタも部活補講に来たんだよね。どうする?」
「あれ? まだ古月さんも決めてないの?」
「まあ、そうよ。アタシ優柔不断だから進路とか含めて執事に決めてもらってんだけど、部活ばかりはね……」
「し、執事? あれ、羊の聞き間違い? めぇ……?」
かといって、羊に決めてもらう進路相談とか意味が分からない。
「ああ。その話は今は割愛しときましょ。機会があったら話すわ」
気になる話だが。今は飛ばされてしまった。
それにこれ以上話していると、無駄に時間を食う。できれば適当に決めて、迅速に帰りたい。
「じゃあ、そろそろ行かないとね」
「そうね! 同じ部活になる可能性は三十分の一かしら?」
そう言うと彼女は校舎に走っていった。
サッカー部、野球部、男女バスケ部、卓球部、水泳部、剣道部、柔道部、レスリング部、ソフトボール部、テニス部、ラグビー部、バトミントン部、バレー部、チアダンス部、弓道部、応援部、合唱部、吹奏楽部、写真部、美術部、文芸部、山岳部、ギター部、放送部、茶道部、華道部、英語部、映像部、家庭部、コンピューター部。
よりどりみどり。ここならやりたい事が見つかる! そんな感じだ。
鞄から取り出した部活ガイドのパンフレットを見ながら、とぼとぼ歩く。たまに勧誘してくる人もいるが、気にしない。何故なら……。
「……どれも向いてないな」
この高校は幽霊部員というものができないらしい。無茶苦茶だとは思うのだが、そういう校則らしいから退学しない以上それに従うしかない。
それを踏まえて、ぼくに打って付けの部活。とにかく、部員が少ない部活に入ろう。そうすれば、否が応でも貴重な部員のぼくを忘れられることはできない。前の悲劇を繰り返さずに済む。
探してみるのだが、どの部活も部員数が十人を超えていた。
「ないなあ……ん?」
古月さんの言っていることが間違いだったことに気づいた。「三十分の一」ではなく、「三十一分の一」だ。
ボランティア部。その存在がパンフレットの下の方に他の部活よりも小さく表記してあったのだ。部員は三人だけ。
活動場所の被服室。校舎二階の職員室前まで足を運んでいた。
「ここが……」
「ちょっと! あんたまだ変なことやってるの! 信じらんない!」
「変なこと? それを言ったら、なんだって変よ。スポーツだって玉を競い合うってのはどうしてってなるし、文芸だって文章書いて何になるって話になっちゃうし……」
「アンタのはそう言う類の話じゃないの! なんて言えばいいのかしらね……!」
古月さんの声が聞こえたので、驚いて持っていたパンフレットを落としかけた。
それに彼女の感情がコロコロと変わっていくので、気になって話相手の女子を見る。
「あっ! ボランティア部にようこそ! 作りたてだから一年生しかいないよ!」
爽やかな笑顔を向けてきた女子生徒。彼女の黒い長髪が穏やかに揺れていた。青い上靴から同級生だということが分かる。
先輩との関係がないなら少しは気が楽だと、目の前の被服室に足を踏み入れた。その時、彼女は僕の耳元で囁くように、口にする。
「完全犯罪計画部にようこそ。君、才能あるね」
ふわっと少女の髪から香ってくる。犯罪と深い緑の心地よい匂い……だ。
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