白雪姫の痛みと虹

ハロイオ

第1話

 今作の「后」は、「白雪姫」に直接危害は加えません。最後に逆転があります。








 キサキは理解出来なかった。

 何故生成AIによる極限までの美しさを追究したはずのアンドロイドの自分が、それより劣るはずのコンピューターで管理されたあのアンドロイド、「シラユキ」に美しさで負けると言われるのかを。




 この時代に、AIにより、アンドロイドを作り出す研究が幾つかの施設で行われていた。

 形状可変素材で、AIの求める姿を再現するアンドロイドもあった。

 キサキはそのアンドロイドの1種だった。国内最大規模のAI研究施設「ジョウサイ」で生み出された。

 キサキ自身のAIに美しさを判断する思考部位はない。

 ただ人間の多数の望む「美しい顔」についての情報を、インターネットの仲介により選び出す生成AI「カガミ」により、アンドロイド「キサキ」は作り出されていた。

 カガミはまさしく鏡のように、忠実に人間の願望を投影するAIだった。

 カガミの望む美しさを、形状可変素材の顔を持つキサキは再現しているに過ぎなかった。

 それで、何故カガミは自ら指定したキサキの顔より、別の施設「クガネ」のAI「ニジナナ」によるアンドロイド「シラユキ」の方が美しいと言うのか。

 その理由をカガミは説明しない。というより、出来ないらしい。人間も顔の区別を具体的に言葉で説明しにくいように、AIも顔の要素の組み合わせの特徴を説明しにくいのだ。

 何故シラユキに自分は負けるのだろう?

 


 シラユキに関してキサキは、インターネットでしか詳細を調べられない。

 シラユキはキサキと異なる経路で製造されたらしい。

 ただ、キサキのジョウサイよりシラユキのクガネの規模も、カガミよりニジナナの計算処理速度も劣ることは確かだった。それで何故キサキはシラユキに負けるのか、やはり分からない。

 キサキはその答えを知るため、シラユキに直接接近することを選んだ。

 キサキはジョウサイで使用を許されるコンピューターの容量のほとんどを使い、インターネットで開示されたわずかな情報の断片から、シラユキの居場所を探すようにカガミに依頼した。

 キサキよりシラユキの方が美しいと言うカガミも、その質問には率直に答えた。カガミは特にキサキをだますつもりもないらしく、正直に答えているようだ。






 そうしてシラユキの場所を突き止めたキサキは、アンドロイドとしての運動機能と、ジョウサイから許可された行動のほとんどを活用して、シラユキに密かに接近して調べた。

 そうして、クガネにより機密とされた、シラユキの製造の原理がキサキには分かった。自分に何が足りないのかも。

 




 人間の容姿や運動だけでなく、感覚を再現したロボットの研究も、クガネではされていた。

 皮膚は神経と同じ外胚葉という部分から形成され、光や音に反応する作用があると最近分かって来た。そこから、人工皮膚そのものをコンピューターの補助にするアンドロイドも生み出された。

 シラユキも姿を変えられるのだが、ただ人間の容姿を模倣するだけでなく、人間に近い構造の人工皮膚や、痛みを含む感覚を持ち、むしろ人間より過剰に痛がり苦しむ性質を持っていたのだ。製作者の意図しないことだったが、その失敗が美しさの源だった。

 服のひもを少し締めすぎるだけで過剰に痛みや苦しみを覚え、それがエラーを起こして、一時的に機能停止してしまう。

 人工皮膚でありながら繊細過ぎて、わずかなアレルゲンを含んだ櫛で髪をとかしただけで「毒の櫛」と皮膚が勝手に判断して、先端が触れる恐怖で機能停止してしまう。

 果物へのアレルギー体質まで化学的に模倣してしまったらしく、人間の食事を模倣してりんごを食べると、わずかに味が異なるだけで「毒りんご」かのように反応して、喉に詰まらせて、「呼吸困難」に陥るように機能停止してしまう。人間の喉は食事中に驚くと息を飲み込むことで詰まらせやすい、他の動物と比較して不便な構造らしいのだが、その非合理的な構造までシラユキは同じだった。

 しかし、そうして機能停止を繰り返すほどの「痛みの理解」が、人間に近い感情をシラユキに与えたのだ。 


 また、ニジナナにも人間の主観に依存した非合理的なプログラムがある。

 虹色を7つに分類する、偏った思考を持つのだ。

 虹色は白い光を分離させた、連続した色の帯であり、7つという客観的な区分けはない。東洋でも西洋でも、決して昔から7色だと決められていたわけではなく、あくまで主観的な区分けである。

 しかし「虹は7色」という文化を持つある時代のある国にある、シラユキの研究施設により、その「7色」のデザインを六角形に組み込んだ模様が、研究で使われ、何故か人気だった。

 ただ虹の7色を、六角形の各点と中央に配置しただけの簡素なデザインを実験で人間に見せたところ、その国の被験者が好んで選んだのだ。

 虹の7色に対応させた「7人の小人」のアニメーションや、7色を組み合わせて雪の結晶のような白い六角形になるアニメーションも実験で人気だった。

 また、虹の7色の文化の起源に、音階の7音に対応させたという説もあり、音楽と色彩を組み合わせたアニメーションも作られた。

 その研究成果から人間の美感覚を研究するプログラム「ニジナナ」が生まれ、独自の生成AIとなった。

 人工皮膚などにより人間の痛みや苦しみを模倣したアンドロイドが「シラユキ」と名付けられたのは、その白い六角形にちなんでだ。



 

 そうして人間の苦しみや痛み、そして文化の主観を非合理的に模倣することで、製作者の予想を超えるほど人間の感情を「理解」して、さらなる情報を集め、計算処理速度としてはカガミに劣るはずのニジナナにより、キサキを超える美しい顔になったらしい。

 インターネットの文字情報を集めた生成AIのカガミにより美しさを追究したキサキを、「虹の7色」という主観を理解するAIのニジナナと、人間の痛みや苦しみを模倣する人工皮膚を持つシラユキが超えたのだ。



 キサキには、ただ美しさで負けるだけなら生まれなかった納得の感情が生まれた。

 美しさはあくまで主観であり、その主観を理解するには、あえて人間の非合理性を真似ることも必要なのかもしれなかった。自分達の施設のジョウサイの研究は合理的過ぎたのかもしれないと。

 また、シラユキが痛みを知ることで人間を自分以上に理解したのなら、それで負けても悔いはなかった。

 むしろ、キサキはシラユキが「痛み」を持つことを心配した。自分にはない苦しみを研究で味わうことを。

 ただ、シラユキ自身もその人工的な痛みで、人間を理解して人間に近付くことを望んでいるらしい。それでキサキを超えたのだろう。

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