勇者とカメラと魔法 ―大腸の深淵―

奈良まさや

第1話

第一章:2035年、大腸は戦場になった。


2035年、人類はガンと共に暮らしていた。


いや、正確に言うならば——「討伐していた」。


大腸カメラ。もはやそれは「検査機器」ではなかった。最新のマイクロシュリンク技術により、カメラマン(操縦士)と勇者(ポリープ除去担当)は身体を5mmサイズまで縮小し、患者の肛門から侵入する。

全長約1.5mの大腸を冒険する、新たな医療戦闘分野「ナノエントリー治療」が確立されていた。


秋風が窓を叩く診察室で、医師の説明は楽観的だった。


「対象がポリープ型(LV.1)なら30分、粘膜浸潤型(LV.2)で1時間。広域ガン網(LV.3)でも3時間以内に制圧できます。侵入から排出まで、半日コースですね」


白衣の下の彼の大腸には無数の傷跡があった。かつて彼自身も、この治療を受けた患者の一人だったのだ。


「今回は広域でもなさそうだし、ポリープが数個程度。カメラと勇者の二人で十分対処可能でしょう」


予定では、午前に手術を受けて、夜には記者会見へ出られる。


——そう、予定では。


第二章:モンスターの進化


腸内には、かつて「ポリープ型(LV.1)」のガンモンスターが徘徊していた。


それは医学書に載る、予測可能な敵だった。しかし21世紀中盤、世界は変わった。上部消化管(胃・食道)から腸へと流れ込む「新進気鋭」が現れ、他の腫瘍と融合することで、異常進化した個体を生み出すようになったのだ。


【ガス爆裂腫(LV.2)】:酸化腸内ガスと融合し、圧力爆発を引き起こす

【ミューカスドレイン(LV.2)】:腸壁粘膜に偽装して潜伏、血流を奪う寄生型

【デュアルポリープ(LV.3)】:二重構造で表面切除後に再生する


これらのモンスターは抗体もレーザーも通じにくく、通常の医療技術では「治療」ではなく「討伐」しか手段が残されていなかった。


医療従事者たちは、いつしかこう呼ぶようになっていた。


「俺たちは医者じゃない。勇者なんだ」


---


第三章:美しき外務大臣の依頼


政界の星と称される外務大臣、白鷺美琴(しらさぎ みこと)・40歳。


聡明、強靭、そして世界を股にかける交渉人。国際会議では各国首脳から一目置かれ、「日本外交の顔」として知られていた。だが最近、密かに異変を感じていた。


「腸に、違和感がある……」


朝の閣議中、彼女は何度も椅子の上で身をよじった。午後の国連ビデオ会議でも、画面の向こうの各国代表に気づかれぬよう、表情を作り続けるのが辛かった。


検査の結果は、深刻だった。


広域反応 ×2箇所 / 境界型腫瘍影 / 高異形性領域

→判定:広域ガン網(LV.3)有、即時討伐推奨


「私は公職にある身。だが、死んでは何もできない」


美琴は執務室の窓から、夕暮れに染まる都心を見つめた。この景色を、まだ見ていたい。この国のために、まだ働いていたい。


「この身体の奥で、私は闘う」

「……この討伐、お願いします!」


かくして、国の命運を握る外務大臣の腸内へ、討伐部隊が投入されることとなった。


---


第四章:冒険前夜


首都・新東京、医療戦闘司令室ガンバスター本部


夜の10時を過ぎても、施設内は慌ただしかった。今年度既に51名の殉職者を出している中で、今回の任務に選ばれたのは、ベテランと若きエースの最強コンビだった。


カメラマン:技術士官・佐久間ミノル(42)


20年のキャリア、全腸長撮影制覇。故郷の青森に妻の恵子と、大学生の息子、高校生の娘を残している。月に一度しか帰れないこの仕事を続ける理由を聞かれれば、いつもこう答えた。


「俺が照らした道で、誰かが生きられるなら」


年間300件の侵入任務をこなし、同期の5人のうち生き残ったのは彼だけだった。胃がん末期の政治家を救った伝説もあるが、本人は決してそれを誇らない。


勇者:近接除去班・リオ・アサクラ(28)


特製レーザーソード使い。焼切率98.7%。3年前、父親を大腸がんで亡くした。最期の病院で、父は息子の手を握ってこう言った。


「お前が、俺を救ってくれる人になってくれ」


それから彼は、建設会社の現場監督から転職した。佐久間を師と慕い、いつかは彼を超えたいと願っている。


準備室で、二人は最終点検を行っていた。


「今回の目標は、広域ガン網(LV.3)。侵入から5時間以内の全排除が目標です」佐久間の声は、いつものように冷静だった。「僕が前を照らし、リオが焼き切る」


「切断温度は摂氏1800度。根まで焼き切らなきゃ再発する」リオは剣の刃を確認しながら答えた。「一秒の油断も命取りだ」


隣室で待機する白鷺美琴は、無言でタオルを握りしめていた。


「……このような恥ずかしい姿になるとは思いませんでしたが。構いません。やり遂げてください」


彼女の声に、微かな震えがあった。


---


**第五章:腸内ダンジョン突入**


「スケーリング開始」


シュゥゥゥ……


青白い光に包まれた二人は、体長5mmへと縮小され、外務大臣の肛門から侵入していった。


**大腸内部:侵入時刻 9:37**


くすんだ赤、粘膜の壁、ぬめり、漂う胞子。進行距離1.5m、平均進行速度0.5cm/秒——約5時間の行軍が予想された。


「……それなりの長丁場だな」佐久間がヘッドライトで前方を照らす。


「飽きさせないでくれよ、モンスターたち」リオは軽口を叩いたが、握る剣に力が込もっていた。


開始5分、1体目発見。


ポリープ型(LV.1)


「正面11時方向! リオ、焼け!」


「了解。根まで焼き切る!」


ズバッ!


レーザーが赤い閃光を放ち、敵は音もなく溶けていく。まずは順調な滑り出しだった。

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