第11話 石ノ森の解➁
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
3
坂井たちが居るファミレスに戻ると、佐藤と話した内容をそのまま伝えた。
「そうですか。そしたら、そもそもいじめの事実さえ、本当か怪しくなってきましたね」
「狙われていたのは逆って事か?」坂井が私に言った。
「そうなるね。それも、計画的な犯行って事よ」石ノ森は自信満々に言ってみせた。
「過去の事件に何かありませんかね?そう言った事件は」
「調べてみようか」石ノ森が会計を済ませると、その場を三人で後にした。
K大の図書館は、石ノ森しか入れなかった。僕と坂井は正門で待つことにして、一時解散した。
石ノ森は二十五分で戻ってきた。
「それで、何かありましたか」
「うーん、とりあえず必要そうな資料は請求してきたけど、何かあるかどうか」
「資料って?」坂井が質問した。
「新聞よ。これならニュースも載ってるでしょ?」
「確かに」
「えっへん」と、石ノ森。
「えっへんって、何ですか」坂井が訊いた。
「いや、別に」
「変なの」
「年上よ。失礼ね」
坂井の乾いた笑いが、K大に響いたような気がした。
4
僕と石ノ森、坂井の三人は、K大の駅前にあるカフェで新聞を開いた。しかし、当時のF学園のニュースを見ても、何も有益な情報は載っていない。一応のこと過去1ヶ月の新聞も見てみたが、僕の住む県で起きた事件の中で、これといって必要そうな情報は無かった。
「あれ、渚沙じゃん」突然、後ろから声が聞こえた。
石ノ森は声をかけた男性を一瞥すると、「ああ、
「何してんだ?」
「珈琲飲んでる」
慧村は見りゃ分かる、とさっぱり言った。坂井らを一瞥すると、「誰?隠し子?」と訊いた。
「馬鹿。教育実習で行ってる学校の生徒」
「あれ、遠く行ってるんじゃなかったか?」
「遠足だよ。え・ん・そ・く」
「遠足?そうは見えねぇけどな」
「ここで働いてるの?」
「 そう。もう二年になるよ。こういう顔だから、カフェスタッフが似合うよなぁ……」
石ノ森はへぇと適当に返した。慧村というのは、石ノ森が大学二年生のときに出会った男で、文化社会学で一緒だった。石ノ森は誰とも話す気が無く、だんまりを決め込んでいたのだが、
慧村がしつこく話しかけてきたので、それに対応していたところ、仲良し、という事になっていた。
「大学はどう?」石ノ森が質問した。
「そうだねえ、あんまり行ってないかな……。だって、授業なんか一つしかないんだぜ。それなのにわざわざ行くなんて、馬鹿らしいね」
「それで卒業できなかったらどうするの?」
「出来るよ。そんな木偶の
「そうね、でも、あなたに心配されるほど落ちぶれちゃいないわ」
「相変わらず辛辣だなあ。事件のこと、テレビで見たけど、何があったの?F学園でしょう?石ノ森さん」
「そう。慧村くん、知ってるの?詳しくは知らないわ。私はただの学生なの。分かる?」
「どうにもただの学生の態度には見えませんけどね……」
「それはどうも。仕事、何時までなの?」
「もう、終わるよ。そうだ、どこか飲みにでも行かない?」と、慧村。
「嬉しいけど、高校生の引率だし、今はそんな気分じゃないのよ」
「やっぱり、殺人事件で?関わっているという事?」
「関わっている、というほどのことでもないわ。ただ、話を聞いて、うんうんと相槌を打っているだけよ。慧村くんこそ、ミステリ読むんだから、事件とか得意なんじゃないの?」
「うーん、別に得意でも好きでもないよ。ただ僕は、探偵が好きなんだ。ハードボイルドで、洗練された慧眼を持つ、優秀なディテクティブがね……。石ノ森さんは、昔から頭が良かったでしょう?だから、探偵には向いていると思うけどなあ……。どう?」
「向いているって、別になりたいわけじゃないし……、楽しくもなんともないわ」
僕は慧村に目を向けた。「事件について、どう思いますか」と質問してみた。
「どう思うって?なんか、記者みたいだね、君は。名前は?F学園の生徒さんなの?」
僕は首を縦に振り、名前を名乗った。「それで、どう思います?」
「うーん、どうにもディテールが見えないから何とも言えないけど、その、改修工事中の体育館で刺されて死んでたわけだ。鍵はかかっていたの?」
「かかっていました。内側からもかけられるサムターンです」
「じゃあ、窓や格子類は?」
「それもダメです。ロックされていて、開けられませんでした」
慧村はうーんと唸った。「そうかぁ」
「考えられるのは、鍵の複製を作った可能性ね。でも、近隣の鍵屋ではそんな依頼は無かったって……。どういう事かしら」石ノ森が話した。
「そんなことしなくても、中からかければいいじゃないか」慧村は簡単そうに言う。
「痕跡が無かったの。つまり、殺害されてから歩いた痕跡とか、自分でナイフを突き立てた痕跡とかの類が」
「格子の外に紐を垂らして、サムターンの部分に括りつけて閉めたとか?」と、慧村。
「上手く行くかしら。どうやって閉めてから紐を取るの?何か、痕跡が残りそうじゃない?」石ノ森は納得できない表情で答えた。
「行き詰ったな」と、慧村。
「慧村さんは何を勉強してるんですか?」坂井が話題を変えた。
「俺は文学、石ノ森さんと同じだよ。人類と言語とか、そういうのを勉強してるんだ」
「かっこいいですね」坂井が答える。
「顔が?」
石ノ森はムッとした。「もう、行きなさい」
「はいはい」
慧村はその場を去っていった。カウンターに戻ったのだろう。事実、「いらっしゃいませ」という掛け声が何度か聞こえていた。僕は慧村の左手に輝く指輪の模様を、頭の中で考えていた。
「これはさ、どういう事なんだろう」
僕はある記事を指さして言った。それは、H市で起きた暴行事件だった。それも、F学園の生徒が通行人に暴行をしたというニュースである。
「もしかしたら、中川たちを恨んでいる人物が、復讐の為に事件を起こしたとか?」
坂井が言った。
「そうなると、今まで何らかの事件に中川含む五名が関わっているという事だね。でも、そんな事件はあったかな」僕は答えた。
「でもそれだと、小峰くんを殺害した動機にどう繋がる?」と、石ノ森。
「そうかあ」坂井がどうでもないという声で言った。
僕は唸り、そっぽを向いた。
「小峰くんの事件がどのように行われたのか、それを先に考えよう」石ノ森が言う。
「一応、F学園の事件のニュースも見てみましょうか?」僕は石ノ森に質問した。
「そうね」と言って一週間前のニュース記事を見比べた。しかし、どれも『F学園で生徒が死亡』という、簡単なニュースばかり書いてあるだけだった。
5
石ノ森と別れると、坂井と電車に揺られた。夕暮れ時であり、電車は混んでいた。小田原駅には、観光で訪れた外国人が沢山いた。小田原で東海道線に乗り換えると、一時間ばかりまた、無言で電車に乗っていた。僕の携帯に加納から電話がかかってきていたことに気づいたのは、降りてから間もない頃だった。
「もしもし」可能に電話をかけなおすと、すぐに出た。
「あ、今いいか?」
「はい」
「実はな……、また事件なんだ」
F学園に到着すると、図書室の書庫に向かった。N棟の二階にある図書室には、警察官が何人か集まっていて、その近くに教師の姿もあった。
「何があったんですか」僕はロッカーに
「殺人よ」志井は言う。
「殺人?」
「そう。ああ、こちら」と言って木藤の顔を見た。「小峰くんの事件の時の第一発見者の二人です」
「そう。だから加納先生が呼んだのね」
「ええ。事件のこと、お話してもよろしいですか」
「いいけど、あんまり口外はしないこと、いい」木藤は僕を一瞥してそう言った。
「分かりました」
「被害者は
「防犯カメラは?」僕は質問した。
「図書館に入った生徒なら映っていたけど、書庫の前にはないから、誰なのかは分からない」
「それは誰でしたか?」
「言っていいのかしら」
「口外はしませんよ」坂井が自信満々に言う。
「そうね、六人居たそうよ。いや、図書委員を合わせると九人ね」
「僕は図書館に入った人物の名前を一人ひとり聞いていった。しかし、どれも知らない名前だった。名前をメモ帳に書き上げると、「それで?」と質問した。
「そのくらいよ」
「扉に鍵は?」
「かかっていなかった。誰でも入れる」
「足跡はありませんでしたか」
「なかったよ」志井は考える顔をした。「でも、胸元にカードが……」
僕ははっとした。「なんて書いてありましたか?」
『さようなら』
「さようなら?」
「そう書いてあったらしい」
「そうですか」僕は自分がぼーっとしている事に気が付いた。「もう、大丈夫です」
そう言って二人で、暗くなった校舎を歩いて体育館へ向かった。
6
「分かったよ」僕は坂井に言った。「なんとなくだけど、事件のことが」
「本当か?」
「うん。この事件のおかげで、なんとなく掴めた」
「教えてくれ」
「いいけど、石ノ森さんの話してからにしたい。連絡できるか?まだ、起きてるはずだ」
「分かった」
坂井は携帯電話を取り出して、石ノ森に電話をかけた。話の内容は端的だった。洗礼されていて、無駄が無い説明である。
「やっぱり、複数犯なのね」石ノ森の第一声はこれだった。
「ええ、篠崎は事件のことを知っていたんです」
「じゃあ体育倉庫で起きた事件の時も……」
「犯人と話していたでしょうね」
「少し、考えたい」石ノ森は弱々しい声で言う。
坂井は静かに、電話を切った。
僕と坂井の前にスーツ姿の長田が現れると、「おや、事件のこと、聞いたかい?」と質問した。
「ええ、聞きました。まさか二人目とは」僕は答えた。
「困ったもんだよ。もう無ければいいが」長田は嘆願の目を向けた。暑そうなジャケットを羽織っており、汗をだらだらとかいている。
「無いですよ」
「え?どういうことだ。どうして君に分かる?」
「犯人の復習したい相手は、小峰と篠崎の二人だったからです。中川たちについては、まだ犯人が狙っているのかは分かりません。でも、事件としてはおそらく」僕は肩を少し竦めた。
「これで、終わりです。それよりも、長田さんにお願いというか、頼みたいことがあるんですけど……、いいですか」
「内容によるな。なんだい」
「警察なら出来ることです」
「ほう」長田が返事をすると、僕は話し始めた。
「まず、森林公園で暴行を受けた菅田史織ちゃん、分かりますか」
「この学校からつまみ出された五人の生徒が暴行したっていう、あれか」
「ええ、そうです。おそらく、彼女が事件の核心に居ると考えます。したがって、彼女の戸籍謄本を調べてください。もし何も分からなければ、ある人物とのDNA鑑定が必要です。それはまた言いましょう。現段階では容疑がある、それだけですから……。
それと、体育倉庫の現場で、犯行が本当に可能なのか検証したいんです。いいですか」
「最初の質問はまだ何とも言えない。二つ目は現段階では不可能、三つ目は好きにやってくれ」
「ありがとうございます」
「どうして検証する必要がある?」
「そうすれば、ほぼ誰でも犯行が可能だからです。確証はありませんが、可能性はあります」
長田は面白そうな顔をした。「俺も見ていいか?」
「明日はここに来ますか?」
「来たくないが居るよ」
「じゃあ、また声をかけましょう。その時に……」
僕と坂井は並んでF学園を出た。パトカーのランプと、野次馬の声とが、事件が起こってしまったことを、より強調しているように感じた。惨劇の渦中にあることを実感して、僕は少し身震いしていた。
坂井と別れると、最寄り駅のコンビニでアイスを買って歩きながら食べた。僕の家は、駅から二〇分ほど離れている。川が近く、海抜の高い高台に歩いていく帰路だった。少し遠回りして帰ろうと、川沿いに向かった。犬の散歩をしている人や、ランニングをしている人で混雑している。水面はゆらゆらと海月のように月に反射して煌めいていた。水面を見ていると、少し心が落ち着いた。
僕は河原の草原に立ち、虫が居ないことを念入りにチェックした後、その場所に腰掛けた。
中川たちの事件、小峰の事件、そして篠崎の事件、その三つをピースで繋げるにはまだ、材料が足りないように思った。しかし、中川たちは、菅田史織暴行事件の張本人ではないだろう。そうなると、彼らに濡れ衣を被せた人物が居る、という事になる。その人物は、まず小峰、篠崎の殺人を行った人物と同一か、共犯者であろう。僕がもっとも不審に思った点は、やはり鍵の施錠である。しかし、ある方法を用いれば、全く簡単なトリックだったことがわかる。その証拠に、僕と坂井が体育倉庫で小峰を発見した時、そして職員室のキーを使って解錠した時、違和感を感じた。僕は思う。
でもどうしてか、言葉にするのが難しかった。簡単なことばかり言葉に出来ないのが、人間なのかもしれない。
続く→→→
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます