第8話 探偵と助手
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
3
一週間という年月を、僕はテニスと読書と散歩に費やした。
散歩と言っても、自宅の周りをほんの少し歩くだけのもので、きっと小学生の下校で旗を振るおばあちゃんの方が運動量が多いだろうと思う。
その一週間、石ノ森は一度だけ姿を現したが、これといって重要ではない話をしただけだったし、特に話すこともなかった。
明日には、佐藤と自由が丘で会う約束がある。おおかたは石ノ森に任せることにした。
F学園のピロティで休んでいると、坂井が現れた。
「どうしたの?」僕は言った。
「いやあ、暇だから来てみたんだけど、やっぱりいた」
「明日は佐藤と会うんだ。来てくれるよね?」
「もちろん」
僕は石ノ森から聞いた話を、一週間ぶりに会った相棒に話した。
「そうか……、そういう事か」
「じゃあ、何人かは高校に行かずに、保護観察処分って事だな?」
「そうなるね」
「でもまだ、情報不足だな。五人の退学の原因はよく分かった。でも、それと小峰の事件とどう結びつく?」
「もしかしたら、その暴行を受けた少女に何かあるのかもしれない」
「何してるんだい?」突然、声が聞こえた。そちらを向くと、体育教師の山本が居た。
「部活の休憩中です」
「そうか。熱中症に気をつけるようにね」
「はい」
「そういえば君は、事件の時に最初に発見した子か」山本は僕に言った。
「彼もそうですよ」坂井を指した。
「そのことで、話があるんだが……」
「なんでしょう」僕は訊いた。
山本はピロティにあるベンチに腰を落ち着けると、すぅと息を吐いて切り出した。
「御厨さんのことを教えてほしいんだ。実を言うと、教師の間で彼女のことを怪しんでいるんだ。君たち、彼女に現場の状況を教えたかね?」
僕は当時の状況を思い出した。小澤と坂井、宮野しか、現場の状況は知らないはずだ。
「いいえ、伝えてません」
「彼女は小峰と同じ委員会に入っているね。だから、ある程度関係性はあるはずなんだ。それで、どうしてか御厨さんは、体育倉庫の鍵がポケットに入っていたことを知っていたんだよ。誰に聞いたのか質問しても答えなかった。さてどうしたものかと、加納先生と話していたんだよ」
「小澤か宮野に聞いたのでは?」坂井が言った。
「いいや、二人とも御厨には言ってないらしい。だから、君たちが言ってないとすると……、分かるね?」
「ええ」僕は相槌を打つ。「だから、事情を訊いてくれ、という事ですね。御厨にはいつ訊いたんですか?」
「事件があった日の午後に、事情聴取をした。彼女が最後に小峰と会話した生徒なんだ」
「それまでに、誰かと会話をしたのでしょうか」
「メッセージも見せてもらったが、その形跡はなかった。それに、帰宅時は小澤と帰ったそうで、小澤も何も言ってないらしい」
「では、僕と坂井、教師、警察以外に、小峰の現場の状況を知っている人物が居る、という事ですね」
「そうなる」
「事情は分かりました」坂井が頷いて言ってみせた。
「頼まれてくれるか?」
山本は眉間の部分に皺を寄らせた。
「やってみます」
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S棟から連結したN棟への渡り廊下を坂井と二人で歩いていると、向かいから風戸と志井が歩いてきた。
「あら、坂井くんたちどうしたの?」
「あの、バド部って、第二体育館でしたっけ」坂井が質問した。
「ああ、居たわよ。どうして?
「いや、御厨に会いたくて」
「それなら、美術資料室に居たと思う。
「なるほど……、分かりました」
坂井と僕はN棟の階段を降りて、美術室のドアをノックした。
反応はない。
「御厨が何か知ってるのかな」坂井が言った。
「さぁね。もしかしたら、見ていたのかもしれないし、警察が来た時に、こっそり盗み聞きした可能性もあるよ。ただ、現段階で怪しい人が居ないから、とにかく疑ってかかるのが大事なんだろう」
「そうだな……」
美術室のドアが開くと、川村先生が顔を出した。
「どうした?」
「御厨さんいますか?」今度は僕が言った。
「ああ、中に居るよ。入る?」
「いいえ、ここで待ちます」
「じゃあ、呼んでくるよ」
「ありがとうございます」
二分もした頃に、御厨が顔を出した。
「なに?」彼女はバドのユニフォームを着ている。端正な顔立ちで、小澤よりもスタイルが良かった。
「事件のこと、聞いた?」御厨に視線を向けて僕は質問した。
御厨はきょとんとした顔を作って、「うん」とおどけて言った。
「誰から訊いたの?」坂井が今度は訊く。
「宮野くんだけど」
「でも、事件の直前に事情聴取を受けているね?」
「うん。家近いし、加納先生に呼ばれたから」
僕は目を細めて情報を整理した。僕と坂井が宮野に事情を話したのが、事件から六時間が経過した十六時半頃だった。山本が言うには、御厨が事情聴取を受けたのが十四時という。僕は御厨に、小峰と最後にした会話が何だったのかを質問した。
「そうねえ、確か、篠崎くんのことについて話したかな。前にスーパーで、あの、H駅の前のね。そこでお母さんと歩いてるところを小峰くんが見たらしいのよ。だからその事で、元気にしてるかなあって話をしたわね」
僕は肩透かしにあった気分だった。きっと、坂井もそうなのだろう。
「宮野が初めて事件のことを知ったのは、御厨さんが事情聴取を受けた二時間後なんだ。どうして君が知ってたのかな」僕はそのまま訊く。
「そんなことないわ!宮野くんは知ってたもん」
「じゃあ、宮野が嘘をついてたって事かな」
「……」
「僕の考えを言ってもいい?」僕は御厨にやさしく言った。
「うん」
「君は、僕と坂井が事情聴取を受けていた時、その話を盗み聞きしたんじゃないの?それで事情を知っている。若しくは、現場の体育倉庫の近くに居たか、そのいずれかだ」
「……」
「問題はどうしてそんなことをする必要があったのか、そうだね?」
「そうだね」
「君は小峰から、自分の命を狙っている人がいると聞かされていた、違うかい」
「ーーーどうして知っているの」
「簡単なことだよ。君が小峰の恋人だからさ」
「……」
「小峰の遺留品から君との写真が出てきたそうだ。加納先生が君を呼んだ理由はそれさ。君なら何か知っているんじゃないかと思って呼んだんだ」
「そう、付き合ってた」御厨は過去形で話した。
「じゃあ、現場に居たの?」坂井が言う。
「というよりも、終業式の時にどうしても内密に会いたい人がいるって、そう言ってたの。だから、終業式が終わって体育館に行ったら、警察が居たわけ。何かあったのかなと思ったけど……、まさか刺されるなんて……」御厨は泣き出した。僕と坂井は何も声をかけられず、御厨の向かいに押し黙って突っ立った。おそらく、かかしの方がまだ役割があるだろうと思う。
「小峰は何をしていたの?」僕はすすり泣く御厨に訊いた。無神経な人間だと、我ながら思う。
「知らないわよ!何?どうして犯罪者扱いなの?彼が何をしたっていうの?私はただ、小峰くんが居なくなった五人のことを心配して何かしていると思ってたわ!でも、殺されてしまった以上、そういう訳じゃないんでしょ?何も知らない。それしか言えない」
「でも、何かに関与していたことは確かだよ」
「そんなこと言われたって……、本当のことなんて知らないほうがいいじゃん」
「そういう訳にはいかない」
「関わらないで」
「事件に?」
「私に」
「僕らのことをどう思おうがそれは問題外だね。でも、事情を知って、犯人を捕まえることに君の事情なんて関係ないんだよ」
「なに?じゃあお前は警察なの?ねえ?」
僕は御厨を睨んだ。「父が、警察官だ」
5
御厨は諦めたような、恨んでいるような攻撃的な目を僕に向けた。そして少しだけ息を吸ってうーんと唸ると、静かに話し始めた。
「一つだけ、思い当たることはある。勘違いしないで。警察と山本先生が事情を知りたがっているんでしょ?だったら、これ以上疑われないように一つだけ話す」
「なんだい」僕はポケットに手を入れて壁にもたれた。
「
「どんな話をしていたのかは分からないの?」
「分からない。でも、敬語を使って話していたのは覚えてる。デートの時、集合の二〇分前にO駅に着いちゃって、少し散歩をしていたんだけど、高架下で大樹が電話をしてたの。だから柱を挟んで後ろで電話を訊いてたんだけど、今回は十五でどうですか、とかなんとか言ってたわ」
「十五?何の数字だろう?」
「多分だけど……」と、御厨。
「そうだな」坂井が言う。
「お金だろうね」そして僕が言った。
「そうね……」
「高校生で月に十五万は大金だ」
「温室育ちの世間知らずが親の金を渡してるとかは?」
「だったらいくらなんでも気が付くだろう」僕は堂々と言った。
「それで大樹が悪いとは限らないでしょ」
「悪いなんて言ってない」坂井が発言した。
「じゃあ、小峰に金を渡していた人物を割り出すのが最初だろうね。山本先生には適当に説明しておくよ」
「ありがとう。失礼なこと言ってごめん」
「いいよ別に……、じゃあ」
僕と坂井は美術室からそそくさと立ち去った。僕はあちこちに目配せしながら思考した。
どうしたものか……、もしかしたら五人が消えた事情とは関係ないのではないか、そういった思いが混沌と頭の中で巡っていた。
僕はテニスコートに戻っていった。坂井は山本に報告をしに行ったらしい。
真野が待ちくたびれた様子で打ちっぱなしをしている。僕は真野の向かいのコートまで小走りで向かうと、乱打を始めた。一年生がコートから出ていって、静かな午後が幕を開けた。
6
篠崎が保健室に現れたのは、最後に姿を見せてから二ヶ月後のことだった。夏に教師とマンツーマンの講習があるそうで、夏学期の授業を全て学べるそうである。僕がテニスコート裏の水道で顔を洗っていると、向かいに居心地が悪そうな顔をして立っていた。
「君は、篠崎くんだね」僕は質問した。
「うん」
「良かったら、中川たちのことを教えてくれないかな」
「何を?」
「うーん、人柄とか、性格とか」
「どうも思わないけど……」
「そんなわけないだろう?彼らのせいで、君は学校に来れなくなった……、違うかい」
「そう」
「じゃあ、何かあるでしょ?」
「うーん、怖かったかな」
「誰が?」僕はいつもよりも二つほど高いキーで話した。
「秋葉」
「何をされたんだい」
「殴られたりした」
「他の子たちは?」
篠崎は下を向いて悩んだ。「僕の物を取られたり……」
「後期からは戻るの?」
「うん」
「じゃあ、安心だね」
「そうだね」
彼からは大した話は聞けなかった。
篠崎としても、もう思い出したくないのだろう。僕はテニスコートにゆっくりと戻っていった。しかし、まだ何も気持ちの整理が付いていなかった。
続く→→→
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