第5話 ある殺人事件➁
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
5
長田の質問は、そう長くはなかった。それから簡単な質問が終わると、えらく退屈そうな二人の警察官を連れて部屋から出ていった。僕と坂井は歴代の校長が飾られた不気味な部屋に取り残され、不安な気持ちでいっぱいだった。
「長田さんの言ってることが事実だとしたら……、つまり……」坂井がより不安そうな声で呟く。
「うん。そうだね。密室だ」僕は聞きなれない日本語を話した。
「本当に密室ってあったんだ」
「まあでも、そんなに難しいことじゃないかもしれないよ。体育倉庫の鍵のタイプはどこにでもある形の、銀色のやつだったし、あんなの簡単に複製できるよ」
「でも、それじゃあバレちゃうんじゃないの?」
「自分でも作れないことはない。針金を鍵の形に合わせて
「そうだよね……。でも、どうして亡くなっていたんだろう」
僕は腕を組んで唸った。「それはまだ分からないなあ……。ただ、体育倉庫に鍵を掛けたのには必ず理由があるでしょ?でも、今朝、小峰の姿を僕たちは見ているわけだから、死亡時刻をごまかす理由ではなさそうだし、ましてや死体を隠す気もない場所で殺害したんだから、さっぱりだよ」
坂井は不思議そうな顔をしている。確かに、小峰の倒れていたマットは、扉の左上にある小窓から覗けばすぐに見える。したがって、隠す必要はなかったのであろう。つまり、この学校の関係者ではないと考えることも出来る。分からないのは、どうしてポケットに鍵を忍ばせたのかだ。それに、体育倉庫で殺害する理由も分からない。
「じゃあさ、こういうのはどう?先生の中に犯人が居ると思わせたかったの。それで、職員室にあるスペアしか開けることが出来ないから、ポケットに鍵を忍ばせた」と、坂井。
「それなら、職員室の鍵を隠したほうが早いと思うけど……。だって、現段階で職員室の鍵が移動された痕跡はないって……、長田さんが言ってたじゃない?それなら、逆に犯人は職員室に近づけなかった人物って事になるよ」
「そうかあ……」
「ただ、終業式に犯行を行うって事は、教師の中に犯人が居ないと思い込ませたい、つまり、外部の犯行に見せかけたかったという考え方も出来る」
「だとしたら、工事関係者に犯人が居るってこと?」
「そういう考え方もある」
「なんか混乱して来たぞ」
僕はにやりと笑って坂井に向き直った。
「そもそも、どうして殺害されたんだろうか。そこから考えてみよう」
後から分かったことだが、僕にとっても、坂井にとっても自明のことであったので話題には上がらなかったが、小峰は近くの病院に搬送されて間もなく、失血性ショックで死亡と判断されたそうである。死亡推定時刻は、午前九時三〇分から、一〇時三〇分の間らしい。僕と坂井が登校したのが午前八時五〇分であり、小峰と会話をしたのが九時一〇分ごろ、ホームルームが終わってすぐだったので、その後、間もなく殺害されたと考えるべきであろう。
「どうして殺害されたかねえ……」
「誰かに恨まれていたっていう話は?」僕は質問した。
「いや、無いと思う」
「じゃあ、何か秘密を握っていたという可能性は?」
「俺は分からない」坂井は首を振る。「でも、中川と幼馴染だ。もし、五人の失踪事件と関係があるのなら、おそらくその点が重要になるだろうね」
「小峰が事件に関わっていたと?」僕は訊いてみせた。
「じゃあやっぱり、何かあったんだよ」
「そうだねえ……」
僕と坂井は黙り込んだ。特に意見が無いからだ。
ドアが開くと、志井が二人を呼んだ。おそらく、校門まで送ってくれるのであろう。
「大丈夫だった?」志井が言う。
「はい、大丈夫です」坂井が返事をする。僕はこくりと頷いた。
「大変なことになっちゃったわね……」志井は二十七歳だが、随分と大人に見えた。産休で休んでいたことがあったので、子供が居るのであろう。やせ形で、顔の色がびっくりするくらい白かった。
「志井先生は何を訊かれました?」坂井が言った。
「そうねえ……、小峰くんの印象とか……交友関係とか。加納先生が、色々と訊かれてたわよ」
「志井先生は何かご存じですか」
「何を?」
「その、小峰についての心当たりとか……」
「知らないよ何も」
坂井は沈黙した。「その……」思い悩んだ顔で言う。「中川たちと関係があると思うのですが」
「私には分からない。でもそうね、穏やかではないかも」
穏やかじゃないどころではないだろう、とは言わなかった。
僕は志井先生を見つめて、「どうして中川たちのことをひた隠しにするんですか?隠してる場合じゃないと思います」と思い切って訊いてみた。
「あのね、大人の事情があるの。私の一存じゃないわ。もっと上の判断。だから学生にその事情を話すことは出来ないのよ」
その言葉を最後に志井と校門で別れた。僕と坂井はそのまま駅の方面に向かって歩き出した。
宮野からの電話があったのは、志井と別れてから二人で十五分も歩いた時だった。要するに何があったのか聞きたい、という内容だった。僕は駅前のファミレスを指定して、そこに向かった。駅前には人はそれほどおらず、知っている人間にも会わなかった。商店街を抜けた先に大通りがあり、大通りを渡って少し進んだところにファミレスはある。
店内に入ると、なんとも言えない場所にある、それほど広くない四人掛けテーブルに通された。
それほど人気のある店ではなく、テーブルの上にはワインのメニュー表が置かれていた。レギュラーメニューの冊子を手に取ると、僕は端からメニューを見比べて、最終的にコーラとピザを注文することにした。本来ならビールを注文するのがかっこいいのだろうが、制服でビールなど注文したらつまみ出されるだろうし、飲んでみたいとも思っていなかったのでやめた。坂井は散々悩んだ挙句、オレンジジュースとあさりのパスタを選んでウェイターにそれを伝えた。伝えるのは普段から僕だ。彼は僕に注文したいものを言うだけ。そんな決まりが過去一年間に自然のうちに形成された。特段文句は無かったが、僕は少しぼそぼそとした声で話すので、どちらかというと坂井の方が適任である。
注文が届くのと同じタイミングで、私服に着替えた宮野が店内に入ってきた。僕がソファに、坂井が椅子に座っていて、宮野は坂井の隣に腰掛けた。ウェイターが新たな水を一つ運んできたので、彼はメニューも見ずにパフェを注文した。どうやら何回か来てるらしい。よく考えると、ここは馬場の家から近い。馬場の家の近くに宮野が住んでいるわけだから、すぐに着くことがわかった。
宮野が待ちくたびれたような顔をしているので、僕は今日の出来事をかいつまんで話した。
「え!?」宮野の第一声はこれだった。「殺されてたのか?」
坂井は気まずそうな顔を作り、「声がでけえよ」と宮野を制した。
「わりい」
「どう思う?」坂井が訊いた。
「うーん、やっぱり失踪と関係してるんだろうな」
僕はコーラを一口飲み、チーズがたっぷりかかった厚いピザを一切れ口に運んだ。なかなか美味しかった。
「何から解決すべきか分かんないよ」坂井が難しそうに言う。ウェイターがパフェを運んできたので、一度会話は中断した。僕はやけに提供が早いなと思ったが、店内を見渡して合点した。僕が見える範囲内にいるのは、難しそうな顔でパソコンを見つめている肥満の男と、眠そうな顔でビールを飲んでいる老人のたった二人だけである。厨房は暇に違いない。ピザもすごく熱かった。
「おい!何か案はないのか」宮野が僕に向かって言った。
「いやあ、情報不足だよ。五人の失踪と一人の殺人?大きな力が動いているかもしれないとか、そんな馬鹿みたいな発言しか出来ないと思う」
「じゃあ、何から解決すべきかは?」またもや宮野が言う。坂井はパスタに夢中なようだった。
「五人が失踪した理由だね。まぁ、失踪失踪って言ってるけど、正確には除籍とか、退学がニュアンスとしては合ってると思うけど、失踪ってことにしておこうか。どうして高校から消えたのかを理解すれば、おのずと事件の真相も見えて来るかもしれないからね」
「どうしてなんだろうか」宮野が怪訝そうな顔でパフェを食べた。「先生は何か言ってなかった?」
「何も。どうせ知らぬ存ぜぬで通すんだろうね」
「そうだよな」
「あ・・・・・・」僕は思い至った。
「なんだ?」
「小峰のポケットに鍵が入ってたって、言ったっけ?」
「は?言ってないぞ」
「そういうこと」
「もっと詳しく教えてくれよ」
宮野が熱心に言うので、僕は一時的にピザを諦めて、小峰が倒れていた場所の情報を警察に話したようにまた話した。
「鍵も閉まっていて、職員室の鍵は移動された形跡がなく、もう一つの鍵は小峰が持ってたと?」
「そうなる」
坂井がパスタから顔を上げた。どうしてか箸で食べている。行儀がいいとは思えない。
「密室じゃん」
「そうだね」坂井が答えた。
「じゃあ犯人は、小峰をナイフで殺害した後、その部屋を密閉してどこかから出て行ったってことになるのか?」
「別に出てから鍵を閉める方法があるのかもしれないし、鍵が二つしかない証拠もない。今の段階では密室とは言えないよ」僕はきっぱり言う。
宮野は首を横に八回振ると、「ありえない」
と言った。
「だって体育倉庫は、あの扉以外から出られないんだぜ?プールの方からは、出れたとしても鍵はかけられない。だから、扉から出るしかないんだよ」
「じゃあ扉から出たんだね」僕は言う。
「どうやって閉めたんだ?」宮野が訊いた。
坂井は悩む。「さあ」
「さあって・・・・・・」宮野は諦めたようにパフェに視線を戻した。
「それより、このピザ美味しいよ」僕はおどけて言ってみせた。
6
翌日、自宅でエラリー・クイーンの『Xの悲劇』を読んでいると、スマートフォンが震えた。
坂井からの電話だった。僕は栞を挟んでから電話に応答した。
「あ、今高校に居るんだけどさ、長田さんがまだ聞きたいことがあるそうなんだ。今から来れないか?」
「暑いよ……」
「そりゃそうだ」
「どうしても?」僕は面倒くさそうに言う。
「どうしても」
僕が家を出たのは、それから十五分も経過しない頃だった。
気温は、外に居るだけで
僕は幼少期に、江戸川乱歩の『怪人二十面相』にどっぷり入れ込んだ。今思うと異常だった。丸々半年の間、僕は小学校から帰ると何時間も小説を読んだ。もちろん、読んだことのある話でさえ何度も読んだ。別に飽きることはなかったし、新しく買うほどの金もなかったので都合が良かった。あの時は、事件を解決するなんて凄いと、思っていた。しかし、僕が実際に事件を目の当たりにすると、足はすくみ、汗は止まらなかった。無論、暑さのせいだけではないだろう。
僕は小説から視線をあげて、流れる景色を見た。住宅街ばかりで、これといって目立つ建物はない町だった。
僕はそれを気に入っていたし、むしろ好きだった。
上京したい理由は、この町を嫌いにならないように、である。僕は深く深呼吸をすると、小説を閉じて事件のことをもう一度考えた。コマ送りしたDVDみたいに、
続く→→→
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます